小説探偵

夕凪ヨウ

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Case14.隠された真実

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「警察です。少し、お話よろしいですか?」

 翌日、2人は杉浦雄大すぎうらゆうだいの友人のマンションを訪ねた。
 杉浦は腕や頬に火傷を負っていたが、煙は吸わず、入院するほどの事態にはならなかったらしい。本人は病み上がりに押しかけてくる2人が心底迷惑、という表情をしたが、友人は特に気にすることもなく、事情を察して家を出て行った。

「警察は、こんな所まで押しかける権利があるんですか。」
「押しかける、ですか。否定はしませんが、事件解決のためにご協力ください。」
「俺は犯人じゃない。」
「誰もが口を揃えてそう言いますよ。」

 海里と杉浦の問答は、今にも殴り合いが始まりそうな剣幕だった。龍は2人の間に入り、言葉を継ぐ。

「迷惑であることは承知しています。
 しかし、あんな事があった以上、捜査を強化するしか方法がありません。その手立てとして、犯人か否かは考えず、生存者に話を聞く事にしています。ですから、断じて杉浦さんが犯人だと決めてかかっているわけではない。そこを理解した上で、もう1度話をお聞かせ願えませんか。」
「・・・・分かりました。」

 龍は海里の態度をいさめた後、杉浦の事情聴取を始めた。

「昨日の爆発が起こった時間帯ーーーー15時30分頃、自宅にいらっしゃいましたね? ご職業は看護師とお聞きしていますが、昨日はなぜお仕事に行かれていなかったのですか?」
「妹が体調を崩して、看病に行っていたんですよ。職場に風邪を持ち込むのは憚られますから、先輩に一報入れて、妹が落ち着いた後、帰宅したんです。証拠が見たければ、どうぞ。」

 そう言って、杉浦はスマートフォンを開き、メールを見せた。そこには、妹の名前であろう人物から、

“急にごめん、お兄ちゃん。風邪ひいちゃったみたいなんだ。熱があるから、起き上がるのもしんどくてさ。風邪薬とか果物とか、買って来てくれないかな? 仕事忙しいだろうに、ごめんね。”

と書かれてある。時刻は丁度15時。あのビルの近くには薬局とスーパーがあり、レシートは爆発で燃えたらしいが、このメールは証拠になった。

「これでどうです?」
「ありがとうございます。行くか。」
「はい。あ・・もう1つ、お聞きしても?」

 立ち去ろうとする龍を尻目に、海里は尋ねた。杉浦は呆れながらも、彼に先を促した。

「爆弾は甘味あまみさんの部屋に仕掛けられていました。お互いの部屋を訪れる程度に仲が深いことは聞いています。」
「変な言い方をしないでください。」
「失礼。事件数日前に彼女の部屋を訪れていますが、その時、変わった様子はありませんでしたか?」

 杉浦はその質問に首を傾げた。腕を組み、考える姿勢を取る。

「変わった様子・・・は、別にありませんでしたよ。誰かから恨まれるような人でもなかったから、犯人から適当に狙われたんでしょう。」
「・・・・そうかもしれませんね。ありがとうございました。」
                   
            ※

「江本、お前感情的に質問し過ぎだ。あんなの、誰だって気を悪くするぞ。もう少し落ち着いて話を聞け。」
「すみません。つい。」

 杉浦の言動の裏取りを終えた2人は、もう1人の容疑者・古海理恵子ふるうみりえこの別宅へ向かっていた。

「・・友人関係・・・・・」
「ん?」
「亡くなった甘味さんと、杉浦さんは友人関係でした。しかし、先ほどの言葉は心がないと言いますか、残酷では?」
「そうか? 別に幼馴染みでもなく、年齢が近いから打ち解けただけなんだろ? 近所付き合いなんて、今はそんなに重くねえよ。」

 海里は不可解な思いを抱えながら、都内の別宅に到着した。別宅、とは言っても、爆破事件で行く宛のない人々を一時的に保護した避難所だった。親切な誰かが声を上げたらしい、と龍は説明する。

 車から降りた2人は、避難所を見て目を丸くした。中世ヨーロッパの城のように豪華な邸宅は、避難所というより、貴族の屋敷だった。煉瓦造りの3階建てで、敷地も広い。真っ白な塀が長く伸び、黒い門は2mほどである。
 そんな驚きも束の間、龍はすぐにインターフォンを押した。すると、玄関扉と門が開き、1人の青年が現れた。

「警察の方ですか?」
「はい。古海理恵子さんがこちらにいらっしゃるとお聞きしたのですが。」
「古海様・・・? 先日の爆発事件の避難者でしょうか? まあどうぞ。」

 真っ黒な燕尾服と白い手袋をした青年は、執事のようだった。彼の口ぶりからして、この家には2人の想像よりも多くの避難者がいると予想できた。

「こちらのどこかにいらっしゃいます。」

 青年は2人を引き連れて玄関を通り抜け、短い通路を歩いた後、宴会場のような大広間に2人を通した。そこには多勢の避難者がおり、人数に従って作られた仕切りの中で、それぞれの生活をしていた。よく見ると生活用品は全て同じであり、家主が用意したと思われた。随分と親切な人がいるものだな、と海里は感じる。

 2人が広間を見渡すと、大広間の奥の方に、古海理恵子の姿があった。丁度仕切りが少しだけ開いており、姿が見えたのだ。
 海里は執事に礼を言い、古海理恵子に声をかけた。

「古海理恵子さんですね?」
「そうですけど、何か?」

 名前を呼ばれても、古海は振り向かなかった。龍は、いきなり見知らぬ人物から声をかけられたら、誰でもこうなるだろうと思いつつ、海里の後を追い、声をかけて警察手帳を見せた。彼女は渋々と言った表情でパソコンを閉じ、2人の方を向いた。

「先日の事件でお聞きしたいことが。」
「何? 家にいた理由? 前にも言ったじゃないですか。私は、在宅ワーク。仕事をしてたんです。それ以上答えることはありません。」

 古海は苛立った様子で言った。しかし海里は動じることなく口を開く。

「部屋にいたのに、お怪我なさらなかったんですね。」
「は?」

 古海が眉を顰めた。海里は続ける。

「甘味さんが住んでいた40階と、あなたが住んでいた38階。そう遠くないでしょう? 階が離れていたすめらぎさんですら亡くなったのに、無傷とは幸運だったと思いまして。」
「何なの、喧嘩売ってる?」

 海里の言い方は、そう取られても仕方がなかった。しかし龍は止めることなく、黙って成り行きを見守っている。幸い周囲は生活音が響いているため、2人のやり取りは人々の耳に入っていなかった。
 古海の言葉に海里は首を横に振り、答えた。

「いいえ。私はただ、不思議だと思ったことを述べているだけですよ。」

 次の瞬間、古海が海里に掴みかかろうとした。と、同時に、誰かがその腕を静かに止めた。手で女性だと分かる。
 海里は驚いて自身の左側へ視線を移すが、腕を止めた女性の顔はよく見えなかった。

「揉め事はよしてください。騒ぐと他の方の迷惑になりますし、最悪、出て行って頂きますよ。」

 落ち着いた声音だった。若い女性とは思うが、垂れた黒髪が顔を隠していて、年齢は分からない。

「・・・・ふんっ!」

 古海が乱暴に手を離すと、女性は2人に軽く会釈をして、去って行った。出て行ってもらう、と言った以上、恐らく家主である。
 一体、彼女は何者なのだろうか? そんな疑問が頭を駆け巡ったが、海里は思考を戻した。

「そのパソコン。見せて頂いても?」

 突然の龍の言葉に、古海は目を丸くした。しかし、ここで断れば立場が悪くなると思ったのか、彼女は黙ってパソコンを差し出した。

「ありがとうございます。」

 龍は自分のスマートフォンを弄りながら、彼女のパソコンを見ていた。何かを開いたり、凝視したりして、スマートフォンを弄り続けている。

「どうも。行くぞ、江本。」
「えっ・・もういいんですか?」
「ああ。」

 2人は古海と案内をしてくれた執事に礼を言い、邸宅を後にした。

「一体、何が分かったんです? 急に退散するなんて。」
「何も分かっちゃいねえよ。ただ、調べることを明確にしただけだ。」
「はあ?」

 龍はそう言って、自分のスマートフォンを海里に見せた。どうやら部下にメールを送っていたらしく、古海理恵子の過去と、職業について調べるよう書いてある。海里は首を傾げた。

「お前の言葉がヒントだ。“部屋が近いのに怪我を負わなかった。”あの言葉は、確かに正しい。初めの爆発で、30階、もしくはそれより階下の住人でさえ怪我をしたんだ。38階の住人が怪我をしないのは、ビルにいなかった場合だけ。だが、お前も知っての通り、古海理恵子はビルにいた。」
「つまり・・・・犯人は古海さんだと?」

 龍は結論を急ぐな、と言った。

「それをこれから確かめるのさ。古海理恵子は、頑なに職業を言わなかった。加えて、住人との近所付き合いすらなく、経歴も全て不明。
 初めから、他の容疑者より怪しいんだよ。他にも容疑者がいたから、同時進行で調べたけどな。爆発があって容疑者2人が命を落とした以上、杉浦雄大が白だと分かった以上、疑うのは自然の流れだ。」
「それだけで疑うんですか? もっと、こう・・・・決定打になる何かがないと納得できませんよ。」

 海里の言葉に、龍は少しの間答えなかった。そして、

「名前。」
「えっ?」

 出し抜けに告げられた言葉に、海里は眉をひそめた。龍は何食わぬ顔で続ける。

。お前みたいにペンネームを持ってる線も考えたが、外れ。 
 つまり、偽名ってことだ。」
「偽名⁉︎ そんな、まさか! では仕事はっ・・あ・・・・」
「そう。仕事で名乗っている名前が本名だ。恐らくな。
 加えて、さっきの執事の反応。大広間の隅には、身元が分かるよう、名前を書く紙があった。当然、多勢の名前が連なっていたが、家族は代表して書いてあった。お前も、家族が多いのは見ただろ?」
「はい。そう考えると、急激に人は減る。執事の方が1人でも、家主と協力すれば把握できますね。」
「そうだ。もし、あの屋敷で名乗ったのが本名なら、“古海”という名前が分からなくても、不思議はない。」

 バラバラになっていたパズルが、一気に完成したような感触を覚えた。
 “古海理恵子”は、存在しない。彼女が偽名を名乗る理由・・・その答えはーーーーもう、決まっている。
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