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Case9.鮮血の美術室⑤
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「犯人が分かった⁉︎」
楠木田は驚いて目を見開いた。海里は冷静に頷く。
「はい。今から説明しますが・・生徒さんにはお伝えしますか? お望みでしたら、体育館で。」
「いいえ。真実がどうあれ、生徒に聞かせるわけには・・・・」
「待ってください!」
職員室の扉を開け放ち、叫んだのは美希子だった。授業中であるはずの時間に現れた彼女を見て、教師たちは驚く。
「聞かせてください‼︎ 私たちには知る権利があるはずです! みんな・・・真也が大好きだった。人気者で、誰にでも優しい真也をあんな目に遭わせた犯人のことを、知らずにいるなんて無理です!」
激しい主張だった。海里は少し黙ってから、
「分かりました。ただし、あなただけにしましょう。多くを呼ぶと混乱を招く。」
「カイリさん!」
「幸い、彼女は御堂さんの幼馴染みです。過去も含めて、知っておいて損はない。」
海里の言葉に、楠木田は仕方なく折れた。海里は教員と美希子を座らせ、自分は立った。龍は職員室の扉にもたれかかり、どこか遠くを見ている。
海里は一息ついた後、ゆっくりと口を開いた。
「犯人を明かす前に、動機からご説明しましょう。生徒・教師の人気者であり、優秀な御堂さんが、なぜ被害者になったのか・・・。これを説明するには、15年前に時を戻さなくてはなりません。」
「15年前?」
美希子が首を傾げた。海里は頷く。
「皆さんご存知ですか? この学校は、元々刑務所だったんです。そう・・15年前までは。」
数人の教員が驚愕の声を上げた。楠木田は僅かに眉を顰める。
「今から15年前、黒百合刑務所と呼ばれていたこの場所で、ある事件が起きました。一言で言えば、看守が囚人を殺害してしまった、というもの。問題なのは、この殺害が意図的であったことです。
そして、犯人にとって、この事件は囚人の死だけで済むことではなかった。」
海里の視線が紅に移った。彼女に怯える様子はなく、微笑さえ浮かべている。
「殺害された囚人は、数年服役していれば刑務所から出ることができました。その囚人には妻子がおり、当時その子は中学3年生。父親の帰りを待っていたそうです。しかし先程お話しした通り、父親は刑務所で亡くなりました。
その結果、父親の逮捕で悪くなっていた親戚仲が悪化した。母親は義両親から絶縁され、子供だけ奪われた。母親は後に首を括り、自殺してしまった。」
唾を飲み込む音が聞こえた。海里は少し俯く。
「義両親は孫を大切に育てました。しかし、母親を殺したとも言える祖父母を愛せるわけがない。その子は祖父母が亡くなると、家を出て、復讐を決意した。」
「復讐? 祖父母は死んだのに?」
美希子は首を傾げた。
「祖父母への復讐ではありませんよ。犯人が復讐したかったのは、父親を殺した看守です。常識的に考えて、看守が囚人の命を奪うことは死刑以外あり得ませんでしたから、意図的だとすぐに分かったでしょう。
そして、復讐するという執念を胸に、事件を更に調べた。その結果、犯人は看守の名前を突き止めた。その名前が、早島真です。」
美希子の顔色が変わった。竜堂員が恐る恐る口を開く。
「確か・・・御堂君の両親は離婚していマシタ。今は母方の姓を名乗っていて、父方の姓が、早島・・・。」
「ええ、その通りです。犯人は、この学校に赴任して、御堂さんを見つけた。そして彼が、ただの同姓ではなく、父親を殺した看守の息子だと突き止めたのです。」
沈黙が流れた。海里は俯いていた顔を上げる。
「今言った通り、殺人の動機は復讐です。父を殺され、母の命まで奪った看守を、犯人は絶対に許せなかった。
しかし、本人を殺しても気持ちは収まらない。そこで犯人は、離婚したとは言え、看守・早島真が大切に思っている息子・御堂真也を傷つけることにした。かつて、幼い自分の心を傷つけた、仕返しとでも言うかのように。」
海里は1度言葉を止め、言った。
「そうでしょう? 紅百合子先生。」
全員の視線が紅に向いた。彼女は苦笑する。
「ええ、あなたの言う通りよ。復讐する相手を変えたの。息子を傷つけた方が、あいつの心の傷も深いはずだもの。」
紅の口調に、以前の穏やかさはなかった。高圧的で、怒りを帯びた口調。彼女は続ける。
「でも、あなたは動機を説明しただけで、私が手を下した証拠は挙げていない。そもそも、私はできないはずよ。だって、事件当日、学校にいなかったんですもの。」
「そうですね。あなたは復讐心を抱いていただけ・・・・計画を立てて、共犯者を唆しただけです。
実際に御堂さんを傷つけたのは、葉山葵先生。あなたですよね?」
紅以外の全員が信じられないと言う顔をした。葉山は情けない笑顔を浮かべる。
「何で僕なんですか? 事情聴取を聞いていました?」
「もちろん、聞いていましたよ。」
「僕は美術教師で、美術部の顧問ですよ?」
「だからこそあなたなんです。あの犯行には、あなたでなければできないことがある。」
海里はそう断言した。葉山の顔が不満の色に変わる。口元を歪め、嘲笑とも取れる笑いをした。
「もしかして、あの遺書らしき紙ですか? あんな物、右利きであれば誰でも書ける。右利きの方が多いんですから。」
「そうですね。あの紙はあなたが書いた物ではない、それは認めましょう。
あれは久米さん。あなたが書いた物です。」
美希子はハッとした。
「もしかして・・・・昔、私が自殺しようとした時の?」
「はい。あの紙のことがどうしても気になって、東堂さんに尋ねました。その結果、筆跡はあなたの物で、書かれたのは数年前だと判明。事件の内容は存じませんので、深掘りはしません。
何はともあれ、あれは久米さんが書いた物です。文中の“僕”、という文字以外は。」
葉山の額に汗が滲んだ。海里は続ける。
「あなたは、自殺に見せかけるための一手として、“偶々”あれを見つけた。久米さんが落としてしまって拾った、とかですかね? 実に丁度良い物が手に入ったと思ったでしょう。
しかし、1人称が“私”だと、普段の彼と重ならない。そこで、あの部分だけ書き換えましたね? 似せたつもりでしょうが、筆跡鑑定は誤魔化しが効かなかったようですよ?」
「くっ・・・!」
葉山は顔を歪めた。海里は息を吐く。
「話を戻しましょうか。私があなたを犯人だと断定したのは、御堂さんが握っていたカッターナイフです。」
「えっ、何で? あれが真也の物じゃないなら分かるけど、真也のカッターナイフなんでしょ?」
すぐさま状況を分析した美希子の言葉に、海里は内心感心しつつ頷いた。
「ええ。これも自殺に見せかけるための一手です。しかし、この学校には刃物についてある校則が存在する。
東堂さんから元は刑務所だったと聞かされて、校則を見直しました。生徒は校則の多さに辟易している上、一部の生徒を除いてあまり関係のないことなので、久米さんが知らないのも無理はありません。
しかし、あなたならご存知ですよね? 楠木田校長。」
海里は、どこか挑発するような口調で尋ねた。楠木田はようやく理解し、重い口調で答える。
「・・・・ええ。この学校は、刃物の持ち込みを禁じているんです。元刑務所ということもあり、世間から過去を掘り返されることもあるため、初代校長が禁じました。
鋏は必要な時だけ渡し、使い終われば返却させています。数を数えて、全部返っているかも、常に確認を。カッターナイフは美術部の活動のみで使うことを許可していますが、学校に保管しなければならない、と。」
海里はにっこりと笑った。
「その通り。そして、部員全員のカッターナイフの置き場所を把握し、貸し出しを行うのは顧問の役目。持ち出すのにも顧問の許可が必要であり、生徒は置いてある場所すら知りません。
したがって、御堂さんのカッターナイフを使うことができたのは、葉山葵先生。あなただけなんですよ。」
もう逃げ場はなかった。2人は何も言わず、黙って俯いていた。やがて、葉山が口を開いた。
「・・・・焦ったんだ。あの時・・生徒の声が聞こえて、早く立ち去らないといけなくて。用意してあった花を取りにいかなくちゃいけなかったから、 自分から見て左側の手に、咄嗟に・・・」
海里は分かっていたと言わんばかりに頷いた。葉山を見下ろし、彼は続ける。
「あなたが紅先生に手を貸した理由はシンプルです。彼が邪魔だったのでしょう? 同じ絵を描く者として、自分より優秀な彼が許せなかった。」
美希子は目を丸くした。葉山は歯軋りをして叫ぶ。
「・・・・ああ、そうさ! あいつが邪魔だったんだ‼︎ 何でもかんでも卒なくこなして、人気者で、絵の技術も自分より上で! このままだと、自分の立場が無くなる・・・・そう思ったんだよ!」
次の瞬間、美希子は反射的に殴っていた。葉山は椅子から転がり落ち、驚きながら美希子を見る。彼女は、涙を流していた。
「ふざけないで! そんなくだらない理由で・・・・真也を傷つけていいわけがない‼︎ 大人のくせに、何で僻むの⁉︎ できるって分かってるなら、そこから伸ばしてあげる努力をしなさいよ!
教師は生徒を導く存在・・・いくら完璧に見えても、完璧じゃないところが誰にだってある! それなのにっ・・・・」
美希子が葉山の胸倉を掴んだ。教員の制止など気にしていない。
「何もかもできると決めつけて、あんなこと・・・・! あんたなんか教師じゃない‼︎ ただの自分勝手な人間! 自分の保身を優先して、教師としての立場すら顧みず、傷つけたことをことを悪びれない・・・・最低最悪の人間‼︎」
そこまで言って、ようやく彼女は葉山から手を離した。何かを抑え込むように大きな溜息をつき、両手で顔を覆いながら、大粒の涙をこぼしながら、椅子に腰を下ろした。
海里は椅子に座った美希子を一瞥すると、紅の方を見た。
「紅先生。葉山先生は自分の犯行を認めました。あなたも、もう言い逃れは出来ませんよ。」
「言い逃れはしないわ。私が仕組んで、彼にやらせたことだもの。」
「話が早いですね。では。」
海里は龍の方を見た。龍は体を起こし、手錠を出しながら紅に近づいた。しかし、手錠をかけようとしたその時、紅が龍に向かってカッターナイフを振り上げた。その場にいる全員が唖然とする。
「死んで!」
「東堂さん!」
紅の絶叫と、海里の叫びは、同時だった。他の職員は目を背け、悲鳴を上げたが、龍は全く動じなかった。
「えっ?」
直後、彼はカッターナイフが振り上げられている右腕を掴み、捻り上げた痛みを利用してカッターナイフを落とさせた。そして、間髪入れずに左腕も掴み、勢いよく床に捩じ伏せた。
冷静すぎる対応に、全員が驚きのあまり言葉を失った。
しかし、龍は周囲の視線を全く気に留めず口を開いた。
「そんな簡単に警察官が殺せるわけないだろ。体格差から見ても明らかだ。無謀だって分かるだろうに。」
紅は歯軋りをし、憎しみと怒りを含んだ声で叫んだ。
「・・・・ふざけないで! 私は、まだ復讐を終えていないわ! あなたを殺さなければ復讐は完成しないのよ‼︎」
「あんたの探している東堂は俺じゃない。15年前の事件に関わっていないからな。」
その言葉を聞いて、紅は項垂れた。海里を含む全員、意味が分からず、唖然としてその光景を見つめていた。
龍はやはり海里たちを気に留めず、紅に手錠をかけた。同時に彼の部下が職員室へ入り、床に倒れている葉山にも手錠をかけた。
「20XX年6月27日、午後15時32分。紅百合子、葉山葵。御堂真也の殺人未遂で逮捕する。」
龍と彼の部下は2人を起こし、職員室を後にして、颯爽と校門まで歩いて行った。
「・・・・どうして、殺させてくれないの。」
紅が口を開いたのは、パトカーに乗り込む寸前だった。龍は溜息をつき、答えた。
「勘違いで死にたくはねえよ。何より、あんたの心はもうボロボロだ。これ以上壊れないためにも、復讐なんてやめておけ。」
「復讐は私の生きがいよ。15年間、ずっと復讐の達成を胸に生きて来た。」
「終われば死ぬのか? 生憎、この世界はそんなに甘くない。被害者に謝罪して、刑を受けて、一から生き直せ。それが死刑以外の刑を受けた、犯罪者の生き方だ。
何より、動機に隠れた過去の事件を掘り返せば、情状酌量の余地ありと見られる可能性が高い。父親の名誉を回復させるためにも、死んでる場合じゃないんだよ。」
龍の曇りのない瞳を見て、紅は弱々しい声で呟いた。
「・・・・本当・・嫌いよ。警察なんて・・大嫌いだわ・・・・。」
そう呟いた紅の声は、微かな安堵が滲んでいた。
楠木田は驚いて目を見開いた。海里は冷静に頷く。
「はい。今から説明しますが・・生徒さんにはお伝えしますか? お望みでしたら、体育館で。」
「いいえ。真実がどうあれ、生徒に聞かせるわけには・・・・」
「待ってください!」
職員室の扉を開け放ち、叫んだのは美希子だった。授業中であるはずの時間に現れた彼女を見て、教師たちは驚く。
「聞かせてください‼︎ 私たちには知る権利があるはずです! みんな・・・真也が大好きだった。人気者で、誰にでも優しい真也をあんな目に遭わせた犯人のことを、知らずにいるなんて無理です!」
激しい主張だった。海里は少し黙ってから、
「分かりました。ただし、あなただけにしましょう。多くを呼ぶと混乱を招く。」
「カイリさん!」
「幸い、彼女は御堂さんの幼馴染みです。過去も含めて、知っておいて損はない。」
海里の言葉に、楠木田は仕方なく折れた。海里は教員と美希子を座らせ、自分は立った。龍は職員室の扉にもたれかかり、どこか遠くを見ている。
海里は一息ついた後、ゆっくりと口を開いた。
「犯人を明かす前に、動機からご説明しましょう。生徒・教師の人気者であり、優秀な御堂さんが、なぜ被害者になったのか・・・。これを説明するには、15年前に時を戻さなくてはなりません。」
「15年前?」
美希子が首を傾げた。海里は頷く。
「皆さんご存知ですか? この学校は、元々刑務所だったんです。そう・・15年前までは。」
数人の教員が驚愕の声を上げた。楠木田は僅かに眉を顰める。
「今から15年前、黒百合刑務所と呼ばれていたこの場所で、ある事件が起きました。一言で言えば、看守が囚人を殺害してしまった、というもの。問題なのは、この殺害が意図的であったことです。
そして、犯人にとって、この事件は囚人の死だけで済むことではなかった。」
海里の視線が紅に移った。彼女に怯える様子はなく、微笑さえ浮かべている。
「殺害された囚人は、数年服役していれば刑務所から出ることができました。その囚人には妻子がおり、当時その子は中学3年生。父親の帰りを待っていたそうです。しかし先程お話しした通り、父親は刑務所で亡くなりました。
その結果、父親の逮捕で悪くなっていた親戚仲が悪化した。母親は義両親から絶縁され、子供だけ奪われた。母親は後に首を括り、自殺してしまった。」
唾を飲み込む音が聞こえた。海里は少し俯く。
「義両親は孫を大切に育てました。しかし、母親を殺したとも言える祖父母を愛せるわけがない。その子は祖父母が亡くなると、家を出て、復讐を決意した。」
「復讐? 祖父母は死んだのに?」
美希子は首を傾げた。
「祖父母への復讐ではありませんよ。犯人が復讐したかったのは、父親を殺した看守です。常識的に考えて、看守が囚人の命を奪うことは死刑以外あり得ませんでしたから、意図的だとすぐに分かったでしょう。
そして、復讐するという執念を胸に、事件を更に調べた。その結果、犯人は看守の名前を突き止めた。その名前が、早島真です。」
美希子の顔色が変わった。竜堂員が恐る恐る口を開く。
「確か・・・御堂君の両親は離婚していマシタ。今は母方の姓を名乗っていて、父方の姓が、早島・・・。」
「ええ、その通りです。犯人は、この学校に赴任して、御堂さんを見つけた。そして彼が、ただの同姓ではなく、父親を殺した看守の息子だと突き止めたのです。」
沈黙が流れた。海里は俯いていた顔を上げる。
「今言った通り、殺人の動機は復讐です。父を殺され、母の命まで奪った看守を、犯人は絶対に許せなかった。
しかし、本人を殺しても気持ちは収まらない。そこで犯人は、離婚したとは言え、看守・早島真が大切に思っている息子・御堂真也を傷つけることにした。かつて、幼い自分の心を傷つけた、仕返しとでも言うかのように。」
海里は1度言葉を止め、言った。
「そうでしょう? 紅百合子先生。」
全員の視線が紅に向いた。彼女は苦笑する。
「ええ、あなたの言う通りよ。復讐する相手を変えたの。息子を傷つけた方が、あいつの心の傷も深いはずだもの。」
紅の口調に、以前の穏やかさはなかった。高圧的で、怒りを帯びた口調。彼女は続ける。
「でも、あなたは動機を説明しただけで、私が手を下した証拠は挙げていない。そもそも、私はできないはずよ。だって、事件当日、学校にいなかったんですもの。」
「そうですね。あなたは復讐心を抱いていただけ・・・・計画を立てて、共犯者を唆しただけです。
実際に御堂さんを傷つけたのは、葉山葵先生。あなたですよね?」
紅以外の全員が信じられないと言う顔をした。葉山は情けない笑顔を浮かべる。
「何で僕なんですか? 事情聴取を聞いていました?」
「もちろん、聞いていましたよ。」
「僕は美術教師で、美術部の顧問ですよ?」
「だからこそあなたなんです。あの犯行には、あなたでなければできないことがある。」
海里はそう断言した。葉山の顔が不満の色に変わる。口元を歪め、嘲笑とも取れる笑いをした。
「もしかして、あの遺書らしき紙ですか? あんな物、右利きであれば誰でも書ける。右利きの方が多いんですから。」
「そうですね。あの紙はあなたが書いた物ではない、それは認めましょう。
あれは久米さん。あなたが書いた物です。」
美希子はハッとした。
「もしかして・・・・昔、私が自殺しようとした時の?」
「はい。あの紙のことがどうしても気になって、東堂さんに尋ねました。その結果、筆跡はあなたの物で、書かれたのは数年前だと判明。事件の内容は存じませんので、深掘りはしません。
何はともあれ、あれは久米さんが書いた物です。文中の“僕”、という文字以外は。」
葉山の額に汗が滲んだ。海里は続ける。
「あなたは、自殺に見せかけるための一手として、“偶々”あれを見つけた。久米さんが落としてしまって拾った、とかですかね? 実に丁度良い物が手に入ったと思ったでしょう。
しかし、1人称が“私”だと、普段の彼と重ならない。そこで、あの部分だけ書き換えましたね? 似せたつもりでしょうが、筆跡鑑定は誤魔化しが効かなかったようですよ?」
「くっ・・・!」
葉山は顔を歪めた。海里は息を吐く。
「話を戻しましょうか。私があなたを犯人だと断定したのは、御堂さんが握っていたカッターナイフです。」
「えっ、何で? あれが真也の物じゃないなら分かるけど、真也のカッターナイフなんでしょ?」
すぐさま状況を分析した美希子の言葉に、海里は内心感心しつつ頷いた。
「ええ。これも自殺に見せかけるための一手です。しかし、この学校には刃物についてある校則が存在する。
東堂さんから元は刑務所だったと聞かされて、校則を見直しました。生徒は校則の多さに辟易している上、一部の生徒を除いてあまり関係のないことなので、久米さんが知らないのも無理はありません。
しかし、あなたならご存知ですよね? 楠木田校長。」
海里は、どこか挑発するような口調で尋ねた。楠木田はようやく理解し、重い口調で答える。
「・・・・ええ。この学校は、刃物の持ち込みを禁じているんです。元刑務所ということもあり、世間から過去を掘り返されることもあるため、初代校長が禁じました。
鋏は必要な時だけ渡し、使い終われば返却させています。数を数えて、全部返っているかも、常に確認を。カッターナイフは美術部の活動のみで使うことを許可していますが、学校に保管しなければならない、と。」
海里はにっこりと笑った。
「その通り。そして、部員全員のカッターナイフの置き場所を把握し、貸し出しを行うのは顧問の役目。持ち出すのにも顧問の許可が必要であり、生徒は置いてある場所すら知りません。
したがって、御堂さんのカッターナイフを使うことができたのは、葉山葵先生。あなただけなんですよ。」
もう逃げ場はなかった。2人は何も言わず、黙って俯いていた。やがて、葉山が口を開いた。
「・・・・焦ったんだ。あの時・・生徒の声が聞こえて、早く立ち去らないといけなくて。用意してあった花を取りにいかなくちゃいけなかったから、 自分から見て左側の手に、咄嗟に・・・」
海里は分かっていたと言わんばかりに頷いた。葉山を見下ろし、彼は続ける。
「あなたが紅先生に手を貸した理由はシンプルです。彼が邪魔だったのでしょう? 同じ絵を描く者として、自分より優秀な彼が許せなかった。」
美希子は目を丸くした。葉山は歯軋りをして叫ぶ。
「・・・・ああ、そうさ! あいつが邪魔だったんだ‼︎ 何でもかんでも卒なくこなして、人気者で、絵の技術も自分より上で! このままだと、自分の立場が無くなる・・・・そう思ったんだよ!」
次の瞬間、美希子は反射的に殴っていた。葉山は椅子から転がり落ち、驚きながら美希子を見る。彼女は、涙を流していた。
「ふざけないで! そんなくだらない理由で・・・・真也を傷つけていいわけがない‼︎ 大人のくせに、何で僻むの⁉︎ できるって分かってるなら、そこから伸ばしてあげる努力をしなさいよ!
教師は生徒を導く存在・・・いくら完璧に見えても、完璧じゃないところが誰にだってある! それなのにっ・・・・」
美希子が葉山の胸倉を掴んだ。教員の制止など気にしていない。
「何もかもできると決めつけて、あんなこと・・・・! あんたなんか教師じゃない‼︎ ただの自分勝手な人間! 自分の保身を優先して、教師としての立場すら顧みず、傷つけたことをことを悪びれない・・・・最低最悪の人間‼︎」
そこまで言って、ようやく彼女は葉山から手を離した。何かを抑え込むように大きな溜息をつき、両手で顔を覆いながら、大粒の涙をこぼしながら、椅子に腰を下ろした。
海里は椅子に座った美希子を一瞥すると、紅の方を見た。
「紅先生。葉山先生は自分の犯行を認めました。あなたも、もう言い逃れは出来ませんよ。」
「言い逃れはしないわ。私が仕組んで、彼にやらせたことだもの。」
「話が早いですね。では。」
海里は龍の方を見た。龍は体を起こし、手錠を出しながら紅に近づいた。しかし、手錠をかけようとしたその時、紅が龍に向かってカッターナイフを振り上げた。その場にいる全員が唖然とする。
「死んで!」
「東堂さん!」
紅の絶叫と、海里の叫びは、同時だった。他の職員は目を背け、悲鳴を上げたが、龍は全く動じなかった。
「えっ?」
直後、彼はカッターナイフが振り上げられている右腕を掴み、捻り上げた痛みを利用してカッターナイフを落とさせた。そして、間髪入れずに左腕も掴み、勢いよく床に捩じ伏せた。
冷静すぎる対応に、全員が驚きのあまり言葉を失った。
しかし、龍は周囲の視線を全く気に留めず口を開いた。
「そんな簡単に警察官が殺せるわけないだろ。体格差から見ても明らかだ。無謀だって分かるだろうに。」
紅は歯軋りをし、憎しみと怒りを含んだ声で叫んだ。
「・・・・ふざけないで! 私は、まだ復讐を終えていないわ! あなたを殺さなければ復讐は完成しないのよ‼︎」
「あんたの探している東堂は俺じゃない。15年前の事件に関わっていないからな。」
その言葉を聞いて、紅は項垂れた。海里を含む全員、意味が分からず、唖然としてその光景を見つめていた。
龍はやはり海里たちを気に留めず、紅に手錠をかけた。同時に彼の部下が職員室へ入り、床に倒れている葉山にも手錠をかけた。
「20XX年6月27日、午後15時32分。紅百合子、葉山葵。御堂真也の殺人未遂で逮捕する。」
龍と彼の部下は2人を起こし、職員室を後にして、颯爽と校門まで歩いて行った。
「・・・・どうして、殺させてくれないの。」
紅が口を開いたのは、パトカーに乗り込む寸前だった。龍は溜息をつき、答えた。
「勘違いで死にたくはねえよ。何より、あんたの心はもうボロボロだ。これ以上壊れないためにも、復讐なんてやめておけ。」
「復讐は私の生きがいよ。15年間、ずっと復讐の達成を胸に生きて来た。」
「終われば死ぬのか? 生憎、この世界はそんなに甘くない。被害者に謝罪して、刑を受けて、一から生き直せ。それが死刑以外の刑を受けた、犯罪者の生き方だ。
何より、動機に隠れた過去の事件を掘り返せば、情状酌量の余地ありと見られる可能性が高い。父親の名誉を回復させるためにも、死んでる場合じゃないんだよ。」
龍の曇りのない瞳を見て、紅は弱々しい声で呟いた。
「・・・・本当・・嫌いよ。警察なんて・・大嫌いだわ・・・・。」
そう呟いた紅の声は、微かな安堵が滲んでいた。
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