殺意の扉が開くまで

夕凪ヨウ

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32 欠片探し

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 風に揺れる草花は手入れが行き届いていた。
 翔一郎は目の前にある一戸建てを見つめ、手にしているメモに視線を落とす。外観の特徴である真白い外壁、西洋風の黒い門戸、橙と茶の屋根、季節に合わせて咲き誇る青・紫のリンドウ。間違ってはいなかった。
 辺りを見渡した翔一郎は、ゆったりと鍵の空いている門戸を潜り抜け、表玄関を素通りして裏へ回った。草花は門戸から表玄関に伸びる道以外に広がっており、リンドウを踏まないように歩くのは一苦労だった。
「よお、火宮」
 裏口で迎えたのは拓司で、彼は裏口の側に置かれているベンチに腰掛けていた。不用心ではないかと思った翔一郎だが、咲き誇るリンドウを見ていると分かり、景色を楽しむ場所として最適だと感じた。
「やあ、水守君。松土次長から、資料が届いたんだよね?」
「ああ。取り敢えず中で話そうぜ。みんな待ってる」
 そう言いながら立ち上がり、拓司は裏口を開けて翔一郎を中に入れた。すぐさま後に続いた彼は、裏口を施錠し、ついてくるよう伝えて廊下を歩き始める。
 家の壁もまた白く、写真や絵も飾られていないため、新築のように綺麗だった。フローリングにも傷一つ見当たらず、誰も足を踏み入れたことがないように見えた。
「ここも風口君の?」
「別荘みたいなもんだな。お袋さんから譲り受けた家の1つだってよ」
 一体彼は何者なのか。そんな疑問が浮かんだが、口には出さなかった。
 以前、翔一郎は悠のことを警視庁で調べていた。しかし、「風口悠」という人物はヒットしなかったーーーーすなわち偽名だったのだ。それ以上調べようにも何も分からなかったため、やむなく探るのをやめたのである。

 
 廊下の突き当たりに到着すると、拓司は目先の壁を押した。すると、どんでん返しのように壁がくるりと回転し、彼はその中へ入った。翔一郎が驚きつつも同じことをして入ると、全員が揃っていた。
「久しぶり。迷わなかった?」
 部屋の奥でキャスター付きの椅子に腰掛けている悠は、振り向かずに尋ねた。彼の前にはパソコン、背後にはソファーが置かれており、蒼一と春海、一路の3人が腰掛けている。
 翔一郎は3人に会釈をした後、深く頷いた。
「問題ないよ。人目につかない道を通って来たから、時間はかかったけどね。それで・・・届いた情報って?」
 悠が無言でキーボードを叩くと、彼の頭上にあったスクリーンに松土が送った資料が映し出された。翔一郎はソファーに腰掛けることもなく資料を見つめ、要点を確認した後、思わず「は?」と声を漏らした。
「・・・・氷上警部。これは事実ですか」
「裏取りは終わっている」
 それだけで十分な答えだった。翔一郎はスクリーンから視線を外し、ソファーの空いているスペースに座る。同時に悠が椅子を回転させ、彼らに向き直った。
「松土正の亡き妻・土門菫どもんすみれ|の心残り。これを解決すれば、ボクらはもっと自由に動ける。今思うと、春江さんが朱雀会と関係があるのはラッキーだね。事が進めやすい」
「それは同意するよ。でも、具体的にどうするつもりなの? これが事実なのは分かったけれど、認めさせるのには苦労するんじゃない?」
「認めさせる必要はないわ。松土が私たちの手を取ったことすなわち、司法を介さないやり方を選んだということ。人知れず方をつけてしまえばいい」
 春海がすかさずそう言った。ソファーの前にあるテーブルに置かれたティーカップを手に取り、一口啜る。その時ようやく、翔一郎は部屋に紅茶の香りが漂っていると気がついた。
「人知れず・・・つまり、完全に裏の世界の力を使うってことか」
「その通り。でも、まだ情報が足りない。ここで調べているだけじゃ、肝心なことは確信が持てないんだ」
 どうするのかと尋ねる前に、一路が答えた。
「聞き込みだな」
「聞き込み? 誰にです?」
 紅茶と一緒に置かれているクッキーを食べながら、拓司が答えた。
「ハイエナって呼ばれてる殺し屋。元々裏社会の事業の仲介人をやってたらしいけど、元ある暴力性が幸いして今じゃ恐怖の対象さ。
 重要なのは、15年前の事件にがっつり関わってるってことだ。そいつから事件のことを聞き出して、確信を得たい」
 翔一郎は資料に足りない情報を思い出し、納得したように息を吐いた。しかし資料にそんな名前はないため、そこは悠の情報網だと推測できた。
「出入りしてる場所も分かってるし、明日にでも会いに行くよ」
「風口君が行くの?」
「蒼一さんたちは表向きの顔が明確だからね。聞き込みの場所には行けないよ。何より、情報屋としての情報を信じてもらうためには、ある程度のリスクが必要だ。ボクの場合は顔を見せることだから、直接会うのが一番いい。
 心配せずとも、拓司と一緒に行くから、戦闘面も問題ないさ」
「でも相手は殺し屋でしょ? 万が一があるんじゃ?」
「心配性だな。まあ、普通に考えりゃ叔父さんと一路さんの方が強いし、悠の護衛には適切だ。
 でも、聞き込みにおいて重要なことは自分を強く見せることじゃなくて、相手に警戒されないことなんだよ。殺し屋なんて嗅覚の優れたやつが、叔父さんや一路さんを警戒しないわけがない。俺が丁度いいんだ」
 理解はできるが納得できない、と翔一郎は感じた。そんな彼の気持ちを汲み取ってか、蒼一が口を開く。
「だったら火宮。お前も待機場所についてくるか? 今回は相手が相手だから、元々万が一備えて会合場所の近くで俺と一路は待っているつもりだった。一路の代わりに来るか? それなら問題ないだろ」
「いいんじゃね? 若い奴の方が瞬発力はありそうだ。どうよ? 火宮」
「それなら構いません。というより、安心できます」
 決まりだね、と悠が締め括った。彼は会うのは明後日と告げ、待機場所を蒼一が口にする。そこは、治安が悪いと言われている違法賭博場や半グレ、ヤクザの下っ端の溜まり場だった。
「情報は絶対に手に入れるけど、本当に相手が殺しに来た時は、迷わず突入して構わないよ。警察官であることは事実だし、蒼一さんに通報してもらえば丁度いい。その時ボクらは逃げるから、同僚が来たら言い訳してね」
「分かった。気をつけて」



 求めるは情報。相手は殺し屋。命がけの会合が始まる。
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