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卒業(佐野が二年の時)
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ガヤガヤと騒がしい校門前。
卒業式も終わり、泣いている人もいたし笑っている人もいた。さっさと帰る人もいればダラダラとしゃべって帰る気のない人と様々だ。
「さ、佐野ちゃん、あ、赤ください!」
「赤いっちょー」
三年生を送る、今年度の生徒会最後の行事とでも言うのだろうか。
毎年恒例である生徒会役員からの卒業生への花贈り。玄関前に長テーブルでスペースを作り、帰る間際の三年生に花をプレゼントする。ただし、貰う側は自由で要らなければ貰わずに帰ってもいいのだ。
生徒会二年の松浦、南、北村、俺の順番で横に並んで花を手渡ししていた。
三年生達は好きな役員から思い思いの色のチューリップを受け取っている。贈る花はチューリップと決まっていて、色は生徒会で好きに選べるといったものだった。なので赤、ピンクといったポジティブな意味合いの色を中心に準備した。紫が不滅の愛とやらで面白くてそこそこの量を用意した。
「赤」と指名されたため、透明のフィルムとシンプルなリボンで結ばれた、簡単に包装されただけの赤いチューリップを渡す。
それらは紙袋に大量に入っているが、赤も多めに頼んであるのですぐに取り出せるのだ。
「御卒業おめでとうございます」
「……さ、佐野ちゃん、」
「次の方どうぞー」
こんなに人のごった返している中で感極まられても困るから次を促した。
しばらくするとだいぶ人も少なくなり、並んでいる人もほぼいなくなったときだった。
時々1人、2人と来るくらいになり、そろそろお開きか、と思ったときだった。
在校生から貰ったのか、それとも同級生からなのか、大量の花やらプレゼント包みが入った袋を手にした能登さんがフラフラとこちらへ向かってきていた。
手伝ってあげたい気もするが、北村を挟んだ隣には南がいるためそんなことはできない。むしろ南は手伝ってやらないのかよとチラリと覗き見た。
さっきまでヘラヘラしていた笑みを溢しまくっていたのに真面目な顔をして能登さんを眺めていた。背もたれにどっしりと体重をかけて悠々と足を組み、手伝う気なんて一切なさそうだ。
しかし、5メートルくらい離れたところで能登さんはすべての荷物を地面にゆっくりと落とした。
そして焦ったようになにかを探して。俺たち4人は能登さんの行動に釘付けだったと思う。
しばらくしてホッとした表情になり、そして何かを掴むと今度は真面目な目付きになった。
持っていたのは一本の赤い薔薇。儚い美人にはなんだかあまり似合わなかったが、こちらに向かってあるいてくる能登さんはいつになく迫力があった。
立ち止まったのは南の前。
「か、か、カナタ、これ……」
マジか。
真っ赤な顔をした能登さんは、今にも逃げしそうなほど手も震えていた。
あれだけ俺にしつこく南のことを聞いてきて、自分からはこんなこと死んでも出来ない、って感じだったのに。
「あ、これは、ち、ちちちゃんと俺が用意したんだ、も、もももらったものじゃなくてっ」
ああ、大量のプレゼントから引き抜いてた訳じゃないとの弁解か。どもりすぎたろ。なぜこの人がミスコン一位になったのか不思議に思うレベルで不審者だ。
視線をウロウロとさ迷わせていた能登さんはぎゅっと目をつぶった。
真っ赤な薔薇を差し出して腰を折る能登さんはまるで告白タイムのような感じだ。
そして南と言えば、動かず上目使いでジーッと能登さんを見ている。笑顔もなく、珍しいくらいの真面目な顔で。
おい、さっさと受けとれよ、空気悪いだろ!
と怒鳴りたいのを我慢し、イライラしながら南を見た。言えない俺は根性なし。北村も松浦も能登さん、と言うより南に意識が向いている。
「ありがとうございます。先輩たちの卒業式に、まさか俺が花を貰うなんて思ってもいませんでした」
久々に聞いた南の敬語。
能登さんや前生徒会長にはいつも敬語だったが、久しぶり聞くとなにか良からぬことでも考えているのでは? と気味が悪くなる。
南が真っ赤な薔薇を受け取り、能登さんはようやく顔を上げた。泣きそうに目を潤ませて。
薔薇を手にした南は優しく微笑んでそれに口付けた。
伏し目がちにしたもんだから睫毛が影を作り、どういうわけかエロくさく見えてしまった。
「あ、あの、チューリップ、……カカ、カナタに選んで欲しい……」
大丈夫か、能登さん。去年、生徒会の時はもっと普通に喋っていただろ。心臓がおかしくなっているんだろうか。告白というものはここまで人をおかしくさせるのか。いや、別にはっきりと告白しているわけでもないわ。
「……じゃあ、これをどうぞ」
少し間があって、チューリップが入っている紙袋から、さらに細長い紙袋を取り出した南。そこから出てきたのは真っ黒なチューリップ。
うっかり「えっ」と声を出してしまって慌てて口を閉じた。南と俺の間にいる北村も首を前に出して驚いているようだった。松浦だけは呆れたように横目で南を流し見た。白、黄色、黒といったものはあまり良くない花言葉を持っていたからやめたはずだ。どんなものだったかは忘れたけど。
だから黒いチューリップなぞ発注していなかったのに、なぜ南はそんなものを。
「今までありがとうございました、副会長」
名前を言わず、昔呼んでいた「副会長」と呼ぶのもわざとなんだろう。酷い野郎だ。
にっこりと俺でも分かる作り笑いの南は固まる能登さんに黒いチューリップを差し出した。
「……あ、り、がと。カナタ……」
「御卒業おめでとうございます」
未だ震える手で黒いチューリップを受け取った能登さんはさっきまでの赤ら顔は消え、青い顔で今にも倒れそうだ。去年能登さんたちも花言葉を調べただろうしまだ覚えているのだろうか。この感じは覚えていそうだ。
何か声をかけようにも、どうかけたらいいかも分からないし、かけないことが正解のような気もする。
おぼつかない足取りで、地面に置いたままの花束やプレゼントの山を残して能登さんは校門を出ていってしまった。
忘れ物です、とも誰も声をかけることはなかった。
少しすると誰もいなくなり、スペースの5メートルくらい先にはまだ山がそのままにある。
微妙な空気の中、テーブルやイスなどを片付けた。
いつも軽口の南も淡々とひとつの紙袋に余ったチューリップを集めている。
皆、南に聞きたいことや言いたいことはないのだろうか。俺が聞けない分、聞いて欲しいし問い詰めて欲しい。しかし相手が南なだけに触らぬ神になんとやら、か。
「黒いチューリップ、わざわざ用意したのか?」
少し固い声色で、北村が問いかけた。
確かに松浦なんかは絶対南のやることに口を挟まないし、聞くとしたら北村しかいなかったとは思う。
「えー? 別にー」
頭のおかしい南はしれっと言い放ち、何でもないことのように作業を続けていた。
「能登さんのためか?」
「誰のためって訳でもないよ。赤をくれって言われたら、赤を。ピンクをくれって言われたらピンクを渡しただけだし」
「渡せるかどうかは明確じゃなくてもわざわざ用意していたんだな」
「やだなぁ海斗。そんなに俺が気になる? ん?」
「いや、お前じゃ……」
「北村、南には何を言っても無駄だ」
珍しく口を挟んだのは松浦で。
二人の会話を聞いていたくなかったのだろうか。さっさと諦めろ、とでも言うような口調。
松浦は南と二人で話をすることがよくあるけど、松浦も今まで何を言っても無駄だったのだろうか。
二人にしか分からないとこだけど。
「どうでもいいじゃない。俺のことなんて」
まったくだ、そう思う。
ただ、皆はお前のことじゃなくて能登さんのために聞いていたんだよ、と言いたいけどそれもきっと南は分かっている。
「じゃーお先ー」
何事もなかったかのようにいつものトーンで南は告げ、チューリップの入った紙袋をもって校内へ入っていった。
しーんと静まりかえったブースには何だか取り残された感が。
能登さんの荷物をどうするか聞こうと思ったが、松浦がテキパキと空いた紙袋に入れてくれた。
「まだ寮にいるだろうから、あとで渡しに行く」
「あ、ああ。ありがと」
北村はむっつりと黙ったままだ。
雰囲気は最悪だ。新歓の準備もそこそこしているし来年度までの少しの間、休みがあって良かったと心から思う。
時間が解決する訳じゃないけど、能登さんがいなくなれば少しは違うんじゃないだろうか。能登さんも被害者に見えるが、能登さんがいなければ、と思わずにはいられない。
「……なんで両思いなのに南は遠ざけるようなことをするんだ?」
「それは本人に聞いてみろ」
「えー、一番無理だろ」
「分かっているなら聞くな」
松浦も松浦で冷たい。
結局その後は誰もが口を開かずに片付けをして終わった。何とも晴々しい気持ちの一切ない卒業式の思い出となってしまった。
おわり
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