生徒会書記長さん

梅鉢

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第五章

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皆に背中を向け、とりあえず咳を落ち着かせようとするがなかなか治まらない。

「おいおい、大丈夫か~?」

コクコクと首だけを縦に動かす。ただのセムなんだから、時間が経てば大丈夫だ。
渡部が立ち上がったのか、テーブル越しに俺の背中を適当にトントンと叩いてくれた。

叩いてもらうとちょっと楽になったから、まだ咳き込みながらだが渡部に向かって手を振った。「変なとこに入るときついんだよなー」という言葉と共に背中から離れていった手。
喉の調子を整えるために一つ咳をすると、すぐにまた背中に手が添えられる。今度は優しい手つきで背中全体をさすられた。手の感触がどこかで感じたものと一緒で全身に鳥肌が立った。怖い、気持ち悪い、そんなものじゃなく、体が待ち望んでいたかのように心に満たされるものがあった。

「大丈夫ですか?」

渡部のときと同様、こくこくと頷いてもういいと手を振った。
それでも背中から離れてはいかない。妙な嬉しさは俺を動揺させるものでしかないし、こんなにも優しい素振りを見せられるとどうしたらいいか分からなくなる。

「翔馬、ソノ人も大丈夫って言ってるみたいだし、さっさと帰ろう」
「先行ってろよ」
「次体育だし、着替えておかなきゃだろ」
「まだ休み時間はあるんだから大丈夫だろ。先行ってろって」
「……あっそ。じゃー行ってるわ」

どうやら吉岡はここに残るようだが、用はなんだ。さっきから背中をさすることをやめない吉岡に振り返って「もういいから」と声を掛けた。事実、もう咳は治まっていて最後に咳払いをしたらすっきりとした。

体の向きを直し、テーブルにつく。吉岡はすぐそばに立っていた。まっすぐに俺を見下ろしてくる視線が痛い。最近はこんなにジッと見つめられたことも、そばにいることもなかったから落ち着かない。

「……なんか用があったんじゃないのか」

吉岡に呼ばれて驚きで咳き込んだんだ。あの時は何を言おうとしたのだろう。
真っ直ぐに俺を見る吉岡の表情から感情は読み取れない。もともと分かりやすいやつでもなかったが、こうも表情が変わらないと何を考えているのかさっぱりだ。
負けじと見つめ返すと、すっと吉岡の目が細められた。

「今日の生徒会行けませんが、俺の仕事はそのままにしてください。明日やるので」
「分かった。松浦にも言っておく」
「お願いします」

吉岡は渡部にぺこっと頭を下げると早歩きで食堂から出て行ってしまった。
茶髪の男、白崎だっけ、そいつを先に行かせてまでの会話だったのだろうか。用事があって生徒会に行けないということだけなのに。
よく分からない。

「お前らってナニかあんの……?」

上目使いにチラチラとこちらを見やる渡部に首を傾げた。言っている意味がよくわからん。

「あ? なにって、何よ」
「いや、だから、ナニ……」

ごにょごにょと言い澱み、まったくいつもの爽やかさがまるっきり消え去っている渡部の言いたいことが分かりそうで、知らないフリを通すことにした。
ナニかはあったし、さっきの吉岡の優しい手つきに体が嬉しさを感じ取ってしまった今は隠すほかない。
いたって真面目な顔で「なんもないし。変な渡部」と言って、屈託のない笑顔を作ってやった。渡部も根が単純なため、ほっと息を吐いたのをみてうまく誤魔化せただろうか。

しかし今のやり取りだけで鈍感な渡部が怪しいと思ってしまうことだったのか少し疑問が残る。生徒会の先輩後輩以上の親密さがあっただろうか。吉岡に変なことをされすぎて普通の距離感が忘れてしまっているのか。
背中をさせられて嬉しい気持ちが沸いてしまう時点で先輩後輩以上の何かをおれ自身が出してしまっていたのかもしれない。
危ない。
この気持ちを吉岡だけには知られたくない。






放課後、生徒会室に行くと北村と二ノ瀬がすでに仕事をしていた。
入り口すぐのラックにかばんを置いて机に向かう。PCを立ち上げている間、暇で備品の在庫をチェックしようと立ち上がる。普段見ない救急箱の中を見ていると北村に呼び止められた。
暇ついでにまだ来ない田口のいすに座って北村の席まで移動した。

「吉岡とケンカでもしたのか? 今日俺と廊下であったときにいきなり仕事の話をしてきたんだよな。今まで挨拶しかしたことなかったのに。お前たち最近妙によそよそしくないか」

まぁ、そうだよな。とくに北村は俺たちがこうなってからは吉岡に話しかけられる率が増えたわけだし疑問にも思うわな。ここにいるのは北村と二ノ瀬しかいないからいいや。

「ケンカってわけじゃないけど。なんだろうな、分からないわ。俺がムカついてるって話かな」
「一方的なのか? それなら吉岡がかわいそうだからさっさと許して今までの態度も吉岡に謝っておけよ」
「今は一方的でも仕掛けてきたのは吉岡だし、俺に謝って欲しいのになんで俺が謝らなきゃならないんだよ」
「佐野が大人気ないからだろ。何をされたのかは分からないけど、お前は年上なんだから広い心で持って接してやれ」

普段俺に甘い北村だが、なにやら大人の意見を言っている。俺には理解不能で、広い心とはなんだと問いたい。
年上と言っても一つしか変わらないわけだし。俺が折れて俺だけが我慢するなんて絶対無理。

「カナタもとっくに気がついていて何だか楽しそうにしていたぞ。遊ばれる前に仲直りしておけよ」
「まじ……?」

北村の大人の話はまったく頭に入ってこなかったが南が絡むとなると話は別だ。弱みになる前になんとかしなければならない。
でも面倒だからなんともしたくない。
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