82 / 112
第四章
17
しおりを挟む「相変わらず佐野の匂い充満~」
その言葉に気持ち悪くて眉を寄せた。
言葉の主は遠慮なしにずかずかと部屋に入り、ソファにどっかりと腰を預けた。勉強を教えてもらったときも南とこの部屋で2人きりだったが、以前とは状況が違うためにそわそわと落ち着かない。
「ちょっと、俺客なんだけど。飲み物とかないわけ」
「勝手に入ってきたんだろ」
「えー。俺だけ勉強のお礼してもらってすらいないんだけど、俺に酷くない」
確かに松浦と北村にはお礼をした。南だけにはしていない。松浦が言ったのだろうか。面倒くさいことこの上ない。
身の危険を感じるので南に近づくことなく足を進め、冷蔵庫からお茶のボトルを取り出してはその場所から南に投げた。
笑顔で受け取った南は「モノを粗末にしちゃダメでしょー」と憎たらしいことを言っている。近づきたくないだけだっての。
炭酸が飲みたかったが、買わずに帰ってきたので俺もお茶を手にした。
俺の部屋でテレビをつけて寛ぐ南に違和感がありすぎる。そこだけぽっかりと浮かんで見えるほどに。しかしながらさすがミスターコン2位ということもあり、俺の殺風景で雑然とした部屋にですらイケメンは色あせない。順風満帆で人を僻むこともなかっただろう人生を、どうしたらこんなに性格を悪いほうへとこじらせてしまうのだろうか。俺のほうが生活も性格もよっぽどまともだと思う。
「失礼なこと考えているだろ~」
南はペットボトルから唇を離し、色気のある横目でチラリと俺を流し見た。ぎくりとしたがそ知らぬ表情を貫いた。
「それより何の用だよ」
「佐野ってバカだなーと思ってさ」
「はぁ? 前から知っていることだろ。今に始まったことじゃない」
成績は平均よりもずっと上だが生徒会としてはバカだから素直に認めた。
「よく分かっているじゃない」
ふふふと機嫌よさそうに笑っているが、これは決して機嫌がいいわけじゃないだろう。これからいい話をしようという雰囲気がまったく感じられない。
足を組みなおし、南は俺に向かって手招きをするが俺は動かなかった。近づかない俺にフンと鼻で笑い、付けたばかりのテレビを消した。
「俺さー能登さんに近づくなって言ったよね」
去年末のことを言っているのだろう、まさか見られていたのか。
南は持っていたリモコンを壁に投げつけ、大きな音を立てて床に落下した。普段ならどうってことのない音だが、今は爆発音に聞こえるほど俺の頭で木霊し、同時に恐怖を与えてくれた。
だが、南の考えているだろうことはすべて誤解でしかない。俺と能登さんがどうなるかなんてありえない話なんだから。
ふわっとした髪の毛に手を入れてぐしゃりとつぶし、南は見たことのない歪んだ笑みで俺に向き直った。
「八つ当たりさせてよ」
「……やだよ。……それに、俺と能登さんの関係を疑うならそれは全部誤解だから。俺たちには生徒会を通じての先輩後輩以外何もない」
「何もないのに佐野の部屋に2回もくることないだろ。俺が高等部に入って、半年も過ぎたあたりから能登さんは誰の部屋にも行かないのに」
ストーカーかよ。どうしてそこまで分かるんだよ。ちょっと気持ち悪いんだけど。と口に出したいけど出せない。
キレイな動作で立ち上がった南は中身が入ったペットボトルを床に落とした。思わず「あっ」と声を出したのは中身がまだ半分以上も入っているのに蓋も閉めずに落としたからだ。緑色の透明の液体は波を作って口から溢れだしては床を濡らしていた。
文句を言ってやろうにも近づいてくる南が怖くて言えない。というか、体が竦んで動けない。薄く笑みを浮かべてゆっくり迫ってくる。やっとで動いた足は、二歩ほど後ろに下がっただけで進路を壁に阻まれた。
あっという間に距離を詰められて南の影が俺を覆った。
いわゆる壁ドンのような体勢を取られる。しかも両手で挟まれているし。睨めば睨むほど南は楽しそうだ。
こんなに目の前でジッと南を見つめたこともないなとどこか冷静でもあった。普段鳶色の眼は、今は逆光で真っ黒にしか見えない。こいつ黒だとちょっと真面目に見えるんだな。
その黒い瞳が近づく。やばいと思い顔を背けた。南の顔はそのままするりと俺の耳まで抜け、体が密着した。
ガチガチに緊張してしまっている俺は、耳元でスンスンと鼻を鳴らす南にさっさと飽きてどこかへ行ってくれと祈った。
「もしかして風呂入った? 風呂上りみたいな匂いするし」
「準備がいいね」と耳元で囁かれて鳥肌が全身を駆け巡る。ゾワゾワと悪寒や気持ち悪さも次から次へと体を襲う。危険を感じ、両手で南の胸を押しやるが吉岡同様、こいつもびくともしない。俺の抵抗が始まると、南は壁についていた手をすべり下ろして俺を抱きとめた。恐怖でさらに背筋が震えた。
「ちょ、ちょっと待てよ。マジで、能登さんのことは誤解なんだって」
「そういうことにして上げる」
「じゃなくて、本当に誤解だから。能登さんが俺に好意なんてあるわけないだろっ。俺は相談されていただけだし!」
「だとしても、部屋に上げた時点で俺にはアウトなんだけどさ~。2回目の時なんて、佐野から能登さんを部屋に押し込んだだろ?」
「はぁ? 覚えてないし……てか、なんでそんなことまで知って……。それに、部屋に入った時点でアウトなら、お前の行動はどうなんだよ!? 散々好き勝手しているけど、それはいいのかよっ」
あまりにも身勝手な南に苛立ち、抱きしめられていて危機は脱出していないが棚上げしていることを責めた。
11
お気に入りに追加
240
あなたにおすすめの小説



鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる