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第四章
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しおりを挟むなんとか俺についてきていた吉岡だが、屋上に向かう途中で数名の生徒に見つかり、追い払うためにちょっとだけ正当防衛をした。暴力反対だが過度なものでもなく、急所を狙って一発で伸していた。初めて見たけど、体育祭で俺に偉そうなことを言うだけのことはあってさすがです、吉岡さん。
階段を上るが息も絶え絶えだ。
やっとで屋上前の踊り場に着いたときには2人とも無言だった。
急に立ち止まるとどっと体が熱くなる。
ぜえはあとそこら中の空気を吸いながら屋上へ足を踏み入れる。くそったれ南に言いたいことがたくさんあるからドスドスと怒りを露にして歩いた。
完全に頭に血がのぼっていたのに、屋上の惨状を見てその勢いもなくし、唖然と立ち止まってしまった。
南はまだいた。準備室から出てきた俺たちを見下ろしていたときのまま、同じようにフェンスに寄り掛かっていた。少し離れたところには二ノ瀬が胡坐をかいてスマホを弄っていた。
驚いたのは南と反対側のフェンスに数十人の生徒が転がっていたからだ。それも生徒達はそれぞれ片手に手錠を掛けているが、繋がったもう一方はフェンスへと掛けられていた。生徒達の体格は様々で、俺だったら負けてしまいそうなやつらも多い。さすが南、そして二ノ瀬なんだろうか。恐ろしすぎる。
俺に暴力は振るうことはないだろうが、さっきまでの怒りはこの生徒達のせいで殺がれて消えてしまっていた。
「おお、無事だったんだ~?」
南は変わらないへらへらとした笑顔で「牢獄へいらっしゃい」と迎え入れた。二ノ瀬も俺たちに気がついて「佐野さん」と笑顔で立ち上がった。
「佐野さん達も大丈夫だったんですね、良かったです」
いつもならこんなにこやかな二ノ瀬を前にしたら南のようにへらへらとしてしまうが、今は笑顔も引きつってしまう。
「……すげー数だな」
「まぁ。副会長が“見つけてくれ”とでも言うように屋上から姿を見せていたので、ここはすぐに生徒達が集まってきてしまった感じで……。でも副会長がほとんどしてくれました」
「まじか……」
今まで生徒会のやつらのこんな姿を見たことがなくてどうしたらいいか分からなくなる。南はまだ遠くから俺を見ているし、とっさに視線を下ろした。するとところどころに血痕なのかなんなのか、赤い点がポツポツとあり凝視してしまった。
「佐野~好きなの選ばせてあげるよ」
言葉の意味が分からなくて顔を上げた。ポケットに手を突っ込んだ南が近づいてきていた。
「そこに繋がれている奴らから、好きなの選んでよ。佐野にくっつけてあげる」
「何言って……」
「より取り見取りだと思わない?」
南が大げさに両手を広げ、フェンスに繋がれた生徒達に振り返える。
「佐野を捕まえたい人~?」という南の言葉に反応した数名の生徒が顔を上げた。ギラついた視線が怖くて一歩後ろへ下がった俺に、吉岡が一歩前に出た。俺の姿を隠すように。
「佐野にはステキな王子様がいるんだね、良かったね。じゃー吉岡、お前が選べ。佐野とくっつけてもいい奴を」
まだ言うか。
二ノ瀬も状況が分かっていないのかオロオロとしている。いつもだったらそこは田口のポジションだが、確かにこんな南は誰も見たことがなかったのではないだろうか。表情はいつもと変わらないのに声色だけは恐ろしく冷たい。
「すみません、副会長。誰にも捕まらないために隠れていたし、逃げてきたんです」
「まぁそうだよね」
「あと数分なんでこのまま逃げ切らせてもらいたいんですが」
「つまんないじゃん、それ」
吉岡が南と対峙してくれていたが、あんまりな南の言葉に「つまらなくていいんだよ!」と声を上げてしまった。吉岡に隠れていたから言えた言葉だったかもしれない。
「だいたいお前の電話のせいでせっかくうまく隠れていたのに見つかってしまったし!」
「あ、本当? よかった~電話した甲斐があったわ」
「ふざけるなよ……」
吉岡の後ろは安心だが、距離をさらにつめてくる南のせいで語尾が小さくなった。力では絶対に敵わない。つい目の前に立つ吉岡のブレザーの裾を掴んでしまった。ちらりと俺に振り返った吉岡はスッと少しだけ横にずれ、完全に南の姿を隠してくれた。情けない話だがそれだけでホッと息を漏らしてしまう。
「……副会長」
「なに」
今まで静観していた二ノ瀬がぎこちない声で南を呼ぶ。俺からは2人が見えない。
「あの、佐野さんとあいつらをくっつけるんですか?」
「さぁ。どうだろうね。佐野次第かな」
「佐野さん次第? よく分かりませんが、なんでそんなことをするんですか? せっかくうまく逃げ切っているのに……」
「単純に俺の趣味だけど」
趣味って……。完全に俺を玩具にしていやがる。少し前も南の機嫌が悪かったことがあったが、まだ俺と能登さんのナニカを疑っているのだろうか。何もないというのに。こんなに陰険なやつとも思わなかった。
「佐野も選ばない、吉岡も選ばない。せっかくチャンスをあげたのに」
「俺が選ぶから、文句言うなよ」と付け加え、生徒達がいるフェンスへと歩き出した。途中、二ノ瀬が止めてくれたが南はお構い無しでポケットから何かを取り出し、一番近くにいた生徒に近づいた。
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