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第四章
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しおりを挟む吉岡の唇も舌先も冷たかった。
そういえば今は12月。変な緊張で寒さも忘れていたようだ。俺の首筋をなぞる手も冷たくて体を振るわせた。
小さくついばんでは離れていく唇。出来るだけ音のしないよう舌を絡め、声の出ない程度ですぐに離れていく。すぐ横ではまだ鬼がいて話し声も聞こえてくるというのに、心臓をバクバクと言わせながら吉岡を受け入れる。
この短期間で何度キスしただろうか。そもそも何故俺はいつもこう吉岡とキスをしているのだろう。こいつがしてくるから、だけど……。今まで俺を襲ってきたやつもこうやって迫ってはきたけど全力で逃げ出していたのに吉岡相手にはそれをしていない。知った相手だったから、だけではない気もする。感情の読めないこの瞳が和らいだり色気を含んだりと、時々見せるものに眼が離せなくなっていたのかもしれない。
“俺たちには佐野に対して恋愛感情が入っていないからお前とはちょっと違うのかな”
聞かなかったことにした北村の言葉を思い出してしまう。
吉岡からはそういった感情が俺に向けられているとは思わないが、二人のときや、こういったピンチのときなど性的な匂いを出してくるからよく分からない。もしかして釣り橋効果でも狙っているんだろか。それならキスを受け入れてしまっている時点で効果覿面かもしれない。
ぼんやりとキスを受け入れているとした唇をがぶりと噛まれた。痛みはそれほどでもないが、思わず声を出したらどうするんだよ。
目の前の吉岡は集中しろとでも言うように眼を細めていた。
いや、お前とのキスに集中なんてしていられるかって話だ。もう終わり。きっと赤面中の俺だか、暗くて顔色までは分かるまい。
吉岡の顎をぐいっと押して体を引き離すと、準備室からけたたましい音楽が流れ出した。
やばい、いつもはマナーモードにしているのに、今は冬休みだからとマナーモードを解除していたんだった。
何でこんなときに。普段からそう忙しくない俺のスマホなのに。
焦ってポケットに入っているスマホを取り出そうとするがしゃがみこんでいてすんなり取れず、そうなるとさらに焦ってしまって手がおぼつかない。
「なんだこれ、音鳴ってんじゃん、ここ。やっぱり誰かいるんじゃね」
「いるよな? 鍵壊してもいいのかな、これ」
「会長様ですか!? かいちょーさまですか!?」
準備室ドアの外が一斉に煩くなる。そして鍵を壊そうとしているのかガチャガチャしていたドアノブはミシミシと音を立てて揺れていた。
やばい。
マジでヤバイ。あとちょっとだったのに。
やっとで手にしたスマホの画面には着信中の画面、そして相手は南だった。
思わずスマホを壁に投げつけたくなる衝動にかられるがグッとこらえて電源を落とした。
「仕方ないですね、倒しますか? それとも逃げますか?」
ここに誰かしらいることがばれてしまったせいか、吉岡は普通に俺に話しかけてきた。外は自分らがやかましくしているせいでその声は届かなかったようだがもうここにジッともしていらそうにない。
「逃げる。とりあえず暴力反対で」
「分かりました」
立ちあがった吉岡は俺の手を引いて俺も立たせた。そして窓をガタガタとはずしにかかる。幸いここは一階だ。窓の外から飛び降りてもなんの支障も無い。手際よく窓をはずして吉岡が先に外に飛び降りた。そして準備室を見上げて両手を広げる。
「いや……大丈夫だし」
さすがにそれは無いわ。両手を広げて待っていた吉岡の横に大きくジャンプしながら着地した。
「運動神経は良かったんでしたね」
感心したようにつぶやかれたが、降り立った場所は2棟と3棟間の中庭だ。校舎から丸見えの場所にいるためここからは早々に離れたい。ぐるっと中庭から校舎を見渡すと3棟のてっぺん、屋上に人影が見えた。ギクリと体を強張らせるが、それは見知った姿だった。というよりこうなった元凶の姿。無駄に視力もいいため見えてしまった。フェンスに寄り掛かってこちらを見下ろしている南を。
南も俺が見つけたことに気がついたのか手を振っている。
着信のことで頭が煮えたぎっているためのん気に手を振る南を見て奥歯をギリっと噛み締めた。あと少しで終了だったのに南のせいでそれもなくなった。こうやってまた逃げなければならなくなってしまった。
しかし南を睨んでたところでこの状況が良くなるわけでもない。
後ろでガラッと窓の開く音がして「いたー!!!」と大声で叫ばれた。
開かれた窓は生物室だったため、さっきまで準備室のドアを開けようとしていたやつらだろう。叫んだやつの後ろにさらに2人の生徒が顔を出した。知らない顔だから1年だ。
「佐野さんと吉岡だ!」
「佐野さん!?」
「会長様は!? かいちょーさまはいないの!?」
「俺佐野さんがいい」とゾッとするセリフが聞こえて「逃げるぞっ」と吉岡の腕を取って校舎内へと走り出した。
本気走りだ。部活の練習のときでもこんなに本気をだしたことはない。吉岡がついてこられるか不明だが、バスケ部で選抜に選ばれて今でも喧嘩に明け暮れているわけだから体力はあるはずだ。きっと大丈夫。
とにかく後ろを気にせずに走った。
向かうは3棟、南がいる屋上だ。
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