生徒会書記長さん

梅鉢

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第三章

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「とうとう童貞のまま処女喪失~?」

縁起でもないセリフがどこからとも無く聞こえ、まさか人がいるとは思わなかった俺は驚きでべたっとドアに張り付いた。
なんてことはない、下品なセリフはそのまま存在が下品な男から発せられていたものだった。

ゆらゆらと泳ぐように歩く姿なのに雰囲気含め全体からいい男オーラを醸し出している南は全身で俺に喧嘩を売っていた。下卑たことを言ってもさわやかな笑顔が性格の悪さを打ち消す。これは一種の魔術なんじゃないだろうか。もしくは妖術?

「おめでとう、お祝いしてあげようか?」
「処女のままだわどあほ」
「あら、そうだったの。まさか童貞喪失じゃないよね」
「うるせー!」

どいつもこいつも童貞童貞うるせーんだよ。
南は王子のような笑顔を無駄に振りまき、少しかがんで俺をからかってくる。

「朝帰りだから、てっきり」
「違うわ。朝メシ作ってもらっただけだし」
「仲良しだね」
「普通だし」

普通? 普通なんだろうか。自分で言っててよく分からなくなるが、南がうざくてプンスカと音が出そうなくらい睨んでいると、王子の笑顔を消し、キョトンと不思議そうな表情でジッと見つめられた。

「なに、佐野、体調悪いの?」
「はぁ? 悪くねーし」
「あ、そう」
「いっ!」

遠慮のない力で腕を取られる。普段ならそう痛いことは無いだろうが今は別だ。筋肉が引きつるような痛みに声を上げてしまった。すぐに手は離されたが、突発的な動きと痛みにまた全身がギシギシと痛んだ。

「死ね!」
「あははっこわーい。ごめーん」

まったく悪いとも思っていない謝罪にイラっとする。
俺が痛がっているのをみて心底楽しそうにしているのが分かる。だいたいこいつは人の嫌がる姿を見て喜ぶようなやつだ。神経疑うわ。

「受け入れる側って初めては体に負担掛かるからね、体調が良くなってから許しなね」

耳元で甘ったるい声で囁かれ、背中がぞわっとした。咄嗟に耳を防御して南から体を離すと声と同じく甘ったるい笑顔がそこに。屈託の無い爽やかな笑顔から発せられたとは思えない内容に否定をするのも突っ込むのも疲れてくる。
こいつの脳内はなにでできているのだろう。頭の良さは一体どこに隠されているのだろう。南と話をしていると9割がた頭が悪そうな話しかないというのに。
目の前にいる残念な脳内のイケメンを見ているとふと笑顔が消えた。

「佐野って能登さんと仲いいの?」
「いや、別に。普通だけど。会えばしゃべるし」
「ふ~ん」

会えばしゃべるってコトは別に会う約束をする仲でもないってことだったりするか。直接俺に話しかけてくるあたりあの日のことが気になるんだろう。北村に聞いても分かんなかっただろうから。
能登さんは南の弱みとなるのだろうか。いつもやられっぱなしの俺が弱みを握られるのだろうか。握れたら最高だな。
ジッと南の様子を窺うとまたいつものようにいやらしく口元を歪めた。

「あんまり能登さんに近づかないでよ。嫉妬しちゃうから」
「え?」
「今まで能登さんて特別な人を作らなかったからさ。それなのに佐野の部屋から出てきちゃうし」

「八つ当たりで佐野をどうにかしちゃうかも」とあっさりと南がナニカを認めるような発言に驚きで眼を丸くした。弱みどころか、俺が責められるようだ。南の視線もその通りで俺を威嚇でもしているかのように鋭い。
今までバカにされたりからかわれたりするくらいでいつでもへらへらとしていた南から初めて向けられた敵意。たじろいでしまったが、俺は無罪だ。むしろ能登さんはお前を気に掛けていたというのに。

「な・ん・て・ね。俺はこれからデートだから。じゃ~ね~」

パッと表情を崩し、見慣れたへらへらした笑顔に戻した南は俺の肩をポンと叩いて通り過ぎて行った。
振り返ることなく、俺はその場に立ち尽くしてしまった。初めて見た南の様子に驚いてしまって動けない、のかもしれない。無実ではあったがなんだか心臓がドキドキして動けないのだ。

自分は好き放題しているくせに、能登さんは南のものでもないくせに、なんて傲慢なやつなんだろう。
あんなに節操も無く、誰かにつけて愛を囁いているのなら、俺に嫉妬して嫌味や脅しをしてくるならさっさと能登さんを口説いてやれよといいたい。そして能登さんだけにしてしまえと。自分勝手で自己中な南に腹が立つ。能登さんもどうしてあんなのがいいのかまったく分からない。

何度か深呼吸をして息を整える。
すると数分前に俺が出てきた部屋の扉が開いた。黒いコートを羽織った吉岡は俺の姿を見るなりあからさまに驚いていた。どちらも言葉を掛けず、数秒の間見つめあったと思ったら吉岡は自室に戻っていく。ガチャリと鍵のかける音までして。

出かけるはずじゃなかったのかよ。
もしかしてまたあのビルに向かう予定だったとか。俺のことを気にして部屋に戻っていったのだろうか。そんなことなど気にしなさそうなのに、さすがに昨日の今日ではそうもいかないか、本人を目の前だしなと1人廊下で噴出してしまった。
でも、俺を見て行くのを留まってくれたのなら俺はそれだけでも嬉しさがこみ上げた。
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