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第三章
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俺というヤツは。
あんなことがあって、あんな場に吉岡がいて、あんだけ腹が立って形容し難い思いでいたのにも関わらず、のん気に吉岡の部屋で甘いフレンチトーストを食しているなんて。言い訳をすれば吉岡に罪はあっても食べ物に罪はないということだ。だがしかし、あまりの調子のよさに吉岡も驚きなのではないだろうか。と思うが目の前の吉岡はそんなことなど考えていなさそうにナイフとフォークを動かしていた。
「おいしーなーこれー。マジでうまい」
感動しながら食べても吉岡はチラリと俺の確認するように視線を向けただけだった。お世辞じゃなく、本当においしいんだけどな。この感動が何故伝わらない。
食べているときの吉岡も背筋が綺麗に伸ばされていて、まったくと言っていいほどしゃべらなかった。もともと口数の多いほうでは無いだろうけれど、俺が話しかけても「はい」としか言わず、それかさっきみたいに返事も無く無視といった感じ。食べるときは静かに食べたいのか。南とは真逆だな。
「ご馳走様でした。ふわふわで超うまかった」
「それは良かったです」
ご馳走様でしたと吉岡も手を合わせ、二人分の食器を片付けてくれた。上げ膳据え膳とお気楽な俺はソファへ移動し、肘掛に頭を乗せて横になった。初めてきた部屋だというのにこの寛ぎようといったら。あまり物がおいてなくてシンプルな部屋は北村の部屋を彷彿とさせるのか初めて来たように感じられなかった。ただ今は甘い匂いがたちこめているが入ったときは吉岡の匂いがそこかしこからして少し落ち着かなかったのは内緒だ。
よく眠ったはずなのに腹が満たされると睡魔が襲ってきた。こんな吉岡のような獣の部屋で眠ってしまったらいつ何時襲われるか分かりゃーしない。眠い眼を擦りながら起き上がった。
よし、帰ろう。
洗い物をしている吉岡に「帰るわ、ご馳走様」と声を掛けた。
玄関に向かうと濡れた手のまま吉岡が近寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「何がよ」
いや、色々あったしまだ納得していないものもあるし、体も痛いけどさ。何でも無いフリをしてフロア用のサンダルを履くが後ろから「メンタル的に」と聞こえて少し噴出した。振り向くと不思議そうに見られていた。
まぁそうね、怖い思いもしたし。でも吉岡と話をし、北村とも話をして、そしておいしい朝食を食べたおかげであのことが随分前のことにも思えてきている自分もいた。だから心配をしてくれている吉岡がもっともだと思い、さらに俺のメンタルの軽さがおかしくて自分でも噴出してしまったのだ。軽いというより強いのだろうか。
「大丈夫じゃねーよ、ムカついているし、あちこち緊張したせいで筋肉痛みたいに痛いし。……後半は記憶無いけど、あれで終わったんだろう? 吉岡がアレだけで済ませてくれたんだろ?」
多分、そうだ。思ったことを口にしてみれば吉岡ホッとしたように息をはいた。そして雪を溶かす春の柔らかい日差しのようにふわりと笑って。
だからさ、それ。それ反則なんだってば。お前みたいに仏頂面で鉄火面みたいなヤツの無自覚の笑顔ってなんかもうさ、ああ、って俺は何を考えているんだ。だいたい俺の返答の何がお前を笑顔にさせる要素があったんだと問いたい。
「……いや、もう忘れたいし、いいよ。つか、あの組織自体今すぐに解体しろといいたいけど……。まぁ、もういいから」
ドアレバーに手に手をかけて下を向き、ぼそぼそと独り言のようにつぶやいた。聞こえなきゃ聞こえないで別によかった。
「佐野さん」
「……なに」
「佐野さんがよければ、いつでもご飯作りますよ」
「マジ!?」と、思わず飛びつきたくなる言葉を体内に押しとどめ、ぐっと我慢した。偉い俺。
盗み見た吉岡はまだあの笑顔の名残を貼り付けていて、我慢していたものがうっかり「お願いします」と出てきてしまいそうだった。なんだか吉岡に餌付けでもされている気がする。食べ物で転がる安い俺……。
「うん、また今度。吉岡の気が向いたときにでも。じゃあな」
ドアを閉めてふーっと長い息を吐き出した。
あんなことがあって、あんな場に吉岡がいて、あんだけ腹が立って形容し難い思いでいたのにも関わらず、のん気に吉岡の部屋で甘いフレンチトーストを食しているなんて。言い訳をすれば吉岡に罪はあっても食べ物に罪はないということだ。だがしかし、あまりの調子のよさに吉岡も驚きなのではないだろうか。と思うが目の前の吉岡はそんなことなど考えていなさそうにナイフとフォークを動かしていた。
「おいしーなーこれー。マジでうまい」
感動しながら食べても吉岡はチラリと俺の確認するように視線を向けただけだった。お世辞じゃなく、本当においしいんだけどな。この感動が何故伝わらない。
食べているときの吉岡も背筋が綺麗に伸ばされていて、まったくと言っていいほどしゃべらなかった。もともと口数の多いほうでは無いだろうけれど、俺が話しかけても「はい」としか言わず、それかさっきみたいに返事も無く無視といった感じ。食べるときは静かに食べたいのか。南とは真逆だな。
「ご馳走様でした。ふわふわで超うまかった」
「それは良かったです」
ご馳走様でしたと吉岡も手を合わせ、二人分の食器を片付けてくれた。上げ膳据え膳とお気楽な俺はソファへ移動し、肘掛に頭を乗せて横になった。初めてきた部屋だというのにこの寛ぎようといったら。あまり物がおいてなくてシンプルな部屋は北村の部屋を彷彿とさせるのか初めて来たように感じられなかった。ただ今は甘い匂いがたちこめているが入ったときは吉岡の匂いがそこかしこからして少し落ち着かなかったのは内緒だ。
よく眠ったはずなのに腹が満たされると睡魔が襲ってきた。こんな吉岡のような獣の部屋で眠ってしまったらいつ何時襲われるか分かりゃーしない。眠い眼を擦りながら起き上がった。
よし、帰ろう。
洗い物をしている吉岡に「帰るわ、ご馳走様」と声を掛けた。
玄関に向かうと濡れた手のまま吉岡が近寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「何がよ」
いや、色々あったしまだ納得していないものもあるし、体も痛いけどさ。何でも無いフリをしてフロア用のサンダルを履くが後ろから「メンタル的に」と聞こえて少し噴出した。振り向くと不思議そうに見られていた。
まぁそうね、怖い思いもしたし。でも吉岡と話をし、北村とも話をして、そしておいしい朝食を食べたおかげであのことが随分前のことにも思えてきている自分もいた。だから心配をしてくれている吉岡がもっともだと思い、さらに俺のメンタルの軽さがおかしくて自分でも噴出してしまったのだ。軽いというより強いのだろうか。
「大丈夫じゃねーよ、ムカついているし、あちこち緊張したせいで筋肉痛みたいに痛いし。……後半は記憶無いけど、あれで終わったんだろう? 吉岡がアレだけで済ませてくれたんだろ?」
多分、そうだ。思ったことを口にしてみれば吉岡ホッとしたように息をはいた。そして雪を溶かす春の柔らかい日差しのようにふわりと笑って。
だからさ、それ。それ反則なんだってば。お前みたいに仏頂面で鉄火面みたいなヤツの無自覚の笑顔ってなんかもうさ、ああ、って俺は何を考えているんだ。だいたい俺の返答の何がお前を笑顔にさせる要素があったんだと問いたい。
「……いや、もう忘れたいし、いいよ。つか、あの組織自体今すぐに解体しろといいたいけど……。まぁ、もういいから」
ドアレバーに手に手をかけて下を向き、ぼそぼそと独り言のようにつぶやいた。聞こえなきゃ聞こえないで別によかった。
「佐野さん」
「……なに」
「佐野さんがよければ、いつでもご飯作りますよ」
「マジ!?」と、思わず飛びつきたくなる言葉を体内に押しとどめ、ぐっと我慢した。偉い俺。
盗み見た吉岡はまだあの笑顔の名残を貼り付けていて、我慢していたものがうっかり「お願いします」と出てきてしまいそうだった。なんだか吉岡に餌付けでもされている気がする。食べ物で転がる安い俺……。
「うん、また今度。吉岡の気が向いたときにでも。じゃあな」
ドアを閉めてふーっと長い息を吐き出した。
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