生徒会書記長さん

梅鉢

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第三章

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「いいよ、北村。座って。なんか飲む?」
「気使わなくていい」
「俺が持ってきますよ。何がいいですか? 佐野さんも」
「いや、お前はもう帰れよ」
「お茶でいいですね」

不思議だ。帰れと言ったはずだけど。
俺の話を聞いちゃいない吉岡は自分の部屋のように当たり前に冷蔵庫をあさりペットボトルのお茶を取り出した。その様子を北村も少し驚いたよう目を瞬かせて眺めていた。腹が空き始めた俺はこんな液体よりも固体のものがいいのだが、動くのも億劫で吉岡から受け取ったお茶を飲んだ。

「本当に悪かったな。お前のほうが先に約束していたのに、途中で彼女のところへいくなんて」
「いや、だからいいって。北村は真面目すぎ、考えすぎ」

まったく、こうも真面目だとかえって面倒くさくもあるぞ、北村よ。
呆れる俺を見て、北村がふっと表情を緩めて笑った。笑える要素など何一つ無いだろうにどうしたんだと窺う。

「俺も佐野に甘いからな。なんだろうな……松浦や、ああみえてカナタもだけど、体育祭の時1人で出歩くなと言っていただろう。俺もアレには同意なんだよ」
「いきなり何の話だよ」
「なんだかんだとほっとけなくてさ。カナタが構いたくなる理由も分かるし、松浦が世話を焼くのも分かるんだ。俺がお前のわがままを聞くのもそういうことなんだろうなって」
「……俺が情けないという話でしょうかね」
「佐野にはそう聞こえても仕方ないとは思うけど、みんなお前のことを心配せずにはいられない何かがあるんだと思うわ。それぞれの思いが違っていても」
「はあ……」

分かるような、分からないような。

「だから悪く取らないでくれ。みんな好きでお前のことを構っているんだから」
「南だけはお断りします」
「ははっ。そういうなよ、あれでもお前のことを気に入っているんだから」
「いやー嬉しくないわ、ちっとも。南のファンに変わってあげたいくらい」

心のそこから嫌そうな顔で北村を睨むと、目の前の北村は緩んでいた表情を真面目なものに直し、俺の背後へと視線を移した。

「吉岡もそうなんだろう?」

ああ、そういえばいたんだった。俺も吉岡に振り返ってみれば、腕を組んだまま壁に寄り掛かっていた姿は北村がこの部屋に来たときと同じだなと思い出した。北村の前でこんな姿をしているのも珍しいんじゃないだろうか。北村同様、吉岡もいつでも真面目な姿で生徒会室にいたのだから。
北村の問いかけに指一本動かさず「どうでしょうかね」と返事とも取れない曖昧なもので返してきやがった。

「そうだな……俺たちには佐野に対して恋愛感情が入っていないからお前とはちょっと違うのかな」

北村が物騒なことを言って立ち上がった。
深く突っ込むと面倒なことになりそうなので聞き流す、もとい、聞こえなかったことにした。

「さて、帰ることにするわ。思ったよりも佐野が元気そうだし、何より吉岡が介抱してくれてるみたいだし」
「ああ、わざわざありがとねー」

俺も釣られて立ち上がるが、昨日ずっと体を強張らせていたため全身が筋肉痛のように軋み、痛みで爺さんみたいに唸ってしまった。つかさず吉岡が俺のそばにやってきて脇を支えるがやっぱりなんだかムカついてその手を振りほどいてしまった。しかしなんでもない風に吉岡は俺を支えようと再度腕を取ってきた。もう振りほどくのも億劫で俺は諦めて好きにやらせることにした。
俺たちの様子を見ていた北村は俺と吉岡を交互に見やって苦笑した。

「吉岡、お前の気持ちも分かるけどあまり佐野を困らせるなよ」
「そんなつもりもありませんけど」
「まぁ、お前はそうだろうな」

「じゃあまたな」と言い残して北村は去っていった。

ここは俺の部屋だし俺がいるのが当たり前であるのに、なぜか北村に置いてきぼりを食らったように感じた。何故だ。ああ、隣に吉岡がいるからに決まっているからか。しかも余計なことまで言いやがって。俺が変に意識してしまったらどうしてくれるんだよ。って、考えてしまうってことはもうこれは余計な思考だ。意識し始めたら捕まれた左腕が急に熱くなって緊張が集まる。何か言わないと、と思うと何を言えばいいのかも分からなくなってしまう。北村が来るまで妙な雰囲気で妙なことをしていたのも手伝っていた。

「……お前はいつ帰るんだよ」
「帰って欲しいんですか?」
「またお前はなんでいつもそう……」

質問を質問で返すなといおうとして声よりも大きい音で腹の虫が鳴った。わざわざ吉岡にまで聞こえるように腹ペコをお知らせしてくれなくてもいいものを。恥ずかしさで眉を寄せてしまう。

「もういい時間ですね。何か食べますか? 簡単なものならすぐに作れますけど」
「え」

いいの?
現金な俺は寄せていた眉を上げ、瞳を輝かせて吉岡を見上げた。こんなことで恥ずかしさも変な雰囲気もすっ飛んでしまう俺って単純すぎていいんだか悪いんだか。
吉岡は俺から手を離し、「冷蔵庫を確認させてください。何もなかったように思うんですが」といいながら冷蔵庫へ向かう。まったくもってその通り。自炊などただの一度もしたことのない俺の部屋の冷蔵庫は飲み物くらいしか入っていない。あとはアイスやチーズだのその場ですぐに食べられるものだけだ。ずっと部活をやっていたから自炊などする暇も時間も無かったというのもあるわけだが、食堂だと片付けだってしなくてもいいからつい楽を選んでしまう。

「何もありませんね」
「まあ、俺料理できないし」
「あ、俺の部屋来ませんか。昨日の夜、仕込んできたのを忘れていました」
「仕込む?」
「フレンチトーストです。朝に食べようと思って」
「食べる!」

あのシフォンケーキもおいしかったわけだし、絶対うまいはず。腹は早く寄越せとばかりにグーグー鳴っている。体が痛くてギクシャクしながら歩くが心の中ではスキップしながら吉岡の部屋にお邪魔した。
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