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第三章
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しおりを挟む眼が覚めるとカーテンの隙間からは光が漏れていて、鈍い頭で壁掛けの時計を見れば針は7時を指していた。
12月の今だったらこの明るさは朝だろう。
スマホでも見ようかと身じろぐと全身に痛みが走る。筋肉痛のような、ギシギシと体がきしむような痛みにゆっくりと息を吐いた。
起きようにも体が痛いしだるいし、それに頭痛もする。今時期はあまり頭痛がないのだけれど。
「起きました?」
音もなく扉が開かれ、言葉と一緒に部屋に入ってきた人物に全身を硬直させた。
考えるより、思い出すより先に体が勝手に反応してしまっていた。手首がジンジンと脈を打つタイミングで痺れる。
「大丈夫ですか? だいぶ眠っていましたけど」
「……な……ん」
なんでお前がここに。
言葉には出来なかった。
言いたいことはたくさんあるし聞きたいこともたくさんある。でも何から言えば、聞けばいいのか分からない。すべてが非日常的で非現実的で夢のような気もした。
吉岡だってあの暗い部屋で見た時と違って、何事もなかったかのようないつも通りのきっちりとした七三分けの真面目な姿。
しかし重ならないわけがない。髪型は違えどあのときも、今の吉岡も、表情に一切の変わりはないのだから。
そう言えば寮までどうやって戻ってきたのか覚えていない。あの場をどう過ごし、どう治めたのかも、俺がアレだけで済んだのかも何もかもが分からない。記憶がごっそりと抜け落ちてしまったように覚えていない。
壁掛けの時計も、慣れた心地の良いベッドも、本棚にあるほとんど開くことのない辞書や参考書たちもすべて見慣れたものだ。ここは生徒会寮の俺の部屋だ。
確かめるように視線を彷徨わせていると、吉岡が近づいてベッドの端に腰を掛けた。
「佐野さん」
名前を呼ばれて視線だけを向けた。あの時も呼ばれたが、こいつは救世主ではなかった。
「大丈夫ですか?」
何が?
何が大丈夫なのか。それは何を差しているんだ。
「……お前はなんなの?」
真面目な顔して、生徒会の仕事もちゃんと取り組んで、学年が上の俺にも勉強を教えられちゃって、でもあんなところに自由に出入りできるお前は一体誰なんだ。
お前が質問する番じゃない。
しかし俺の問いかけの意味は自分でもよく分からない。
吉岡も答えることなくさらっとスルーしている。
吉岡が手を伸ばして俺の額に触れた。前髪を一度掻き揚げ、そっと掌で包むように。
この手が俺を縛りつけたのだとまざまざと思い出されるが怖さはなかった。むしろ心地いいくらいで。腹が立っているはずなのに、信用だって出来ないはずなのに暖かなそれに瞼を下げてしまった。
「熱はなさそうですね。何か飲みますか?」
言われて喉がカラカラだと知る。ゆっくりと頷くと「分かりました」と言って吉岡は部屋から出て行ってしまった。
吉岡に腹が立っている。本当だ。あんな場所に出入りしてあんな仲間と一緒になってあんなことをしているなんて騙されていたような気になってしまって。プライベートなどどうでもいいし個人の自由だと思うがあの行為は男相手に成立するかどうかは置いておいてれっきとした犯罪ではないか。そんな集団の中にいる吉岡に嫌悪が沸く。
でももし吉岡があの場にいなかったら俺はどうなっていたのだろう。ボロボロになるまで痛めつけられたかもしれないしグチャグチャに犯されていたかもしれないし、ないとは思うがそうではかったかもしれない。今では憶測でしかないが吉岡のおかげでアレだけで済んだのか。記憶が飛んでいて分からないが、尻に違和感がなかったためあれ以上の発展はなかったのではないかと思う。
吉岡のおかげで助かったのか。でも吉岡のせいであんなことになったのではいかと思考回路がおかしくなる。
頭の中がぐるぐるする。
「どうぞ。冷たいですよ」
静かに部屋に戻ってきた吉岡はペットボトルに入ったお茶を渡してくる。きしむ体を起こし、素直に受け取った。ご丁寧にキャップがあけられていてそのまま液体を流し込んだ。手で持って感じる以上に冷たいそれは喉からすーっと体を冷やしてくれて頭が少し冴える。
吉岡はベッドサイドには座らず、パソコン用デスクの椅子を引っ張り出して腰を掛けた。さっきよりも離れた位置のため冷静に吉岡を見ることが出来た。
滅多に見ない吉岡の足組み。そこに頬杖を付いてため息をついていた。
「さぁ、何から説明しましょうか」
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