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第三章
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しおりを挟むこの部屋の暗さに慣れた眼で、俺に興味を失った男達が部屋に置かれたイスに座ったりソファに座ったりするのを横目で捕らえた。見学するとでもいうようにそれぞれが俺たちに注目している。
「お前、かわいいね」
「……はなせよ」
「ははっこんな状況で強気だな」
「いっ!」
もう1人の男が俺の前髪を掴んでマットに体を叩きつけた。
マットのおかげで体は痛くないが遠慮なく掴んでいる前髪が引きつるように痛む。
喧嘩は強くないし、5対1では喧嘩が強くても負けるかもしれない。でもあっさりと好きなようにされるのだって嫌だ。
「大人しくしていたら悪いようにはさせないかもよ?」
「リツ、押さえとけ」
「へえへえ」
前髪を掴んでいた男は「リツ」と言うらしく、俺の横に来て両腕を掴んでマットに沈ませた。がっちりと掴まれ、試しに手首を動かそうとしたがひねることすら出来なくて、むしろ痛みしか沸かない腕に眉を顰めた。俺の抵抗なぞへとも感じない力強さ。赤子の手をひねるより簡単なことのようで。
もう1人の男が俺に腰に跨りじりじりと顔に近寄ってくる。眼の前まで男の顔が近寄って息が掛かることが気持ち悪くてとっさに横を向くとそこには俺たちを興味なさそうに見下ろす3つの顔が。どれも冷たい眼で体が震えた。間接照明の青さがさらに怖さを増していて不気味だ。こんな眼で見られた事など一度もない。だいたいこんな連中と今まで出合ったこともないのだ。あの学園は温室で俺が何も知らずに育ってきたとでも言われているようだった。
横を向いたことで露になった俺の首筋に生ぬるい何かがはう。
「ひっ!……や、やめ……」
ぐっと肩を竦めるがこんな状況では抵抗にもなりやしない。俺の首元にはつるつる頭が顔を埋めているのか、覆いかぶさられてもうよく分からなかった。
「ああ、それそれ。その顔がいいんだよ。ははっ」
踊るような口調のリツは楽しそうに怯えているだろう俺の顔を覗く。趣味が悪すぎる。だいたい男の首を舐めて何がいいのか分からない。
そういった趣味なのかもしれないが、こんな男たちこそ女好きだったりするんじゃないのだろうか。
そこでガチャっとドアの開く音がした。それなのに誰も何も言わず、俺の首を舐める男も振り返りもしないし、リツだって顔も上げずに誰が来たのかも確かめない。仲間が来ても別にどうでもいいのか。そもそも仲間じゃなく外部の人間の可能性もあるのに、この部屋には知った顔しか来ないとでもいう信頼なのか、誰が来たって興味も関係ないとでもいうのか。こいつらのこの関係性もゾッとさせた。
しかし俺は新たに増えてしまった人間に、さらに逃げられないことを知る。今までだって十分逃げられはしないがでもどこかあきらめきれない何かがあった。
ギッと古いイスのきしむ音がした。今来た男も座ったのだろう、そして俺たちを周りの男たちと同じように冷たい眼で見下ろすのだろう。誰かが組み敷かれているのに何事もなくこの部屋に馴染むあたり、きっとこんなことは日常茶飯事なのかもしれない。俺にとっては非日常すぎるがこいつらにとっては何事も普段と代わりのないことなのだと。
やりきれない苛立ちと気持ち悪さに歯を食いしばるが跨る男が後ろに手を伸ばし、俺の中心をぐっと摘むとあっさりと歯を食いしばるのをやめた。
ただただ焦りが全身を走る。
「やめろ!」
「小せえ。もともと? それとも怖くてちぢこまってんの?」
バカにするような声に悔しさで顔がカっとなる。
言い返したいが言い返したところでまた何か言われるのも、されるのも嫌だ。でも我慢したところでこの戒めが解かれるわけでもなく行為が進むだろう。
何でこんなことになっているのかわけも分からず目頭が熱くなってくる。
眼を閉じたら涙が垂れてしまいそうだ。そう思ってまた横を向いたらガタっと音がして「佐野さん!?」となんだか自分の名前を呼ばれたような気がした。
ついさっきまで北村といて「佐野」と呼ばれていたがこの空間に入ってからは自分がなんなのかもよく分からなくなってしまっていたようだった。「佐野」が何を指すのかもぼんやりとしてしまうほどに。
「ジョウジ、やめろ。リツも離せ」
どこかで聞いた声にその先を探す。顔を動かしたら溜まっていた涙が一筋流れた。その刺激で瞬きするとまた一筋。
俺の中心を弄っていた男も手を止め、リツもつまらなそうに顔を上げた。
今まで外野は一言も誰も何も発せず俺たちを眺めていたのに唐突なそれはその場の空気を一瞬でピリッと張り詰めたものにした。
足音が近づく。
その人物も近づき、ああ、さっき入ってきたのはお前かと、俺をここから助けてくれるのかと、でもなんでここにいるんだと、無表情で俺を見下ろす吉岡に言いたいことが次から次へとあふれ出た。
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