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第三章
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俺の発言がいちいち能登さんの地雷に踏んでいるとは気がつかないでいた。
「……やっぱりいいや。ありがとう市也。ごめんねこんな朝早くから」
「ええ? 帰るんですか?」
「うん。おなかすいたし。……また今度話し聞いてよ」
「いいですけど……」
力なく笑って、立ち上がった能登さんは哀愁漂っていてとっても綺麗だった。
なんでこんなに綺麗な人が南のことで悩むのか。いや、南とは決まっていないが今の話だと9割南が好きだと思っていいだろう。
でもこれ以上能登さんが話す気がないのなら俺だって深追いはしない。でも南には勿体ないわ。あんな節操無しの何がいいのやらわからないが、能登さんにしてみたら大きなお世話なんだろう。好きと嫌いは共感できないし。
能登さんを見送ろうとするとコールが鳴った。今度こそ北村だろう。
俺に振り向いた能登さんはまさに玄関に向かう途中だったため、おろおろとしていた。
「大丈夫です。北村だと思うんで」
「そっか。市也は海斗とご飯食べているんだもんね」
どこかホッとした表情を浮かべ、能登さんがドアを開けてくれた。
ドアの外に立っていた北村は「え!?」と大声を出し、コールボタン上にある部屋番号と能登さんの顔を何度も見比べていた。
その姿がアホっぽくて、焦る北村が面白くて声を出して笑ってしまった。すると能登さんの後ろ斜めにいた俺に気がつき、眉毛を下げてため息をついていた。
「びっくりした。能登さんが出るとは思わないから」
「おはよう海斗、久しぶり」
「おはようございます。本当、久しぶりですね」
「能登さん、佐野の部屋に泊まったんですか?」
「違う違う。さっきちょっと久しぶりに顔が見たくて寄っただけ」
「そうですか」
能登さんが嘘を言っている。
話があると言って来たのに。
北村には知られたくないんだろう。さっき部屋の中でも「翠と海斗には聞きにくい」と言っていたから。
笑顔で手を振る能登さんに、俺も笑顔で手を振った。
北村も能登さんにお辞儀をして見送った。そして腕組みをして俺を見てくる。
気がついているんだろう。能登さんが久しぶりに俺の顔を見たくて寄ったなんて、ただそれだけじゃないってことに。
でも俺は言えない。能登さんが嘘をついてまで北村に言えなかったんだから俺だって言わない。
「さて、食堂いこーぜー」
靴を履いて北村を廊下へ追いやった。
俺が言わないと分かったのか、北村は一つ息を吐いて組んでいた腕を外した。
「勉強は大丈夫なのか? あと4日後だけど」
「あーうん。多分何とかなる。明後日の北村の勉強会でまた頑張るし」
「そうか」
まさか南が吉岡に頼んで吉岡に英語を教えてもらったとは言えない。
こんなことなら本当に北村にすがり付いてでもお願いしておけばよかったと思う。
「仕事もテスト前だから今日から無しになったんだ。急ぎのものだけ個々に仕事するくらいで」
「そっか」
そうだ。
吉岡は俺の分まで仕事をしているはずだからその辺のことを聞くのを忘れていたんだった。
「吉岡は大丈夫? 夜まですげー残ってたりする?」
「いや、大丈夫だな。俺も少し手伝っているし。分からないことも素直に聞いてくるから」
「俺がいなくても大丈夫なんだなー、やっぱり。なんだか寂しい気もするわ」
「安心して引き継げていいじゃないか。喜んでおけ。自分の人選もよかったと思うことにして」
「まーそーねー。……ポジティブにいくか」
でも俺の唇を二度も盗みやがってあの野郎。
胸の中がもやもやする。
「それに比べて田口ときたら……」
歩きながら項垂れる北村を見て少し気が晴れた。
田口は田口で一生懸命だし、素直だし、ちょっとずれている所はあるけれどあれでも総合20位以内なんだから大丈夫なんじゃないだろうか。
けれども真面目で仕事も出来て面倒見のいい北村が言うのだ、田口にちょっとした不安があるのだろう。
「何を基準に田口を補佐に選んだんだ?」
素朴な疑問だった。あの補佐決めのとき、北村が一番早く決めていたのだから決定的な何かの理由はあったはずだから。
「数学がよかったんだ。会計はとりあえず数字をいじるわけだし。高等部は1学期の中間テストまでしか情報がなかったけど、そのときの計算事務のテストが100点だったし」
「ああ、なるほど。他は見てなかったのか?」
「見たけど、それほど悪くもなかったし。平均10位くらいで」
「俺よりいいじゃないか……」
「だから、成績じゃないってことなんだろう。ああ忘れっぽいんじゃ『またかー』って疲れてくる」
田口は忘れっぽい。聞いた話だが俺も忘れっぽいんだがどうしたものか。
北村のように心の広いヤツがこうも参っているんじゃ吉岡は俺の忘れっぽさをどう思っているのか聞くのが怖い。
好きで忘れるわけじゃないがさっきまで覚えていたのに、いざそのときがくるとポロっと忘れちゃうこととかよくあると思うんだが。
いや、北村はあまりないか。こいつはシッカリ屋さんだからな。
「……やっぱりいいや。ありがとう市也。ごめんねこんな朝早くから」
「ええ? 帰るんですか?」
「うん。おなかすいたし。……また今度話し聞いてよ」
「いいですけど……」
力なく笑って、立ち上がった能登さんは哀愁漂っていてとっても綺麗だった。
なんでこんなに綺麗な人が南のことで悩むのか。いや、南とは決まっていないが今の話だと9割南が好きだと思っていいだろう。
でもこれ以上能登さんが話す気がないのなら俺だって深追いはしない。でも南には勿体ないわ。あんな節操無しの何がいいのやらわからないが、能登さんにしてみたら大きなお世話なんだろう。好きと嫌いは共感できないし。
能登さんを見送ろうとするとコールが鳴った。今度こそ北村だろう。
俺に振り向いた能登さんはまさに玄関に向かう途中だったため、おろおろとしていた。
「大丈夫です。北村だと思うんで」
「そっか。市也は海斗とご飯食べているんだもんね」
どこかホッとした表情を浮かべ、能登さんがドアを開けてくれた。
ドアの外に立っていた北村は「え!?」と大声を出し、コールボタン上にある部屋番号と能登さんの顔を何度も見比べていた。
その姿がアホっぽくて、焦る北村が面白くて声を出して笑ってしまった。すると能登さんの後ろ斜めにいた俺に気がつき、眉毛を下げてため息をついていた。
「びっくりした。能登さんが出るとは思わないから」
「おはよう海斗、久しぶり」
「おはようございます。本当、久しぶりですね」
「能登さん、佐野の部屋に泊まったんですか?」
「違う違う。さっきちょっと久しぶりに顔が見たくて寄っただけ」
「そうですか」
能登さんが嘘を言っている。
話があると言って来たのに。
北村には知られたくないんだろう。さっき部屋の中でも「翠と海斗には聞きにくい」と言っていたから。
笑顔で手を振る能登さんに、俺も笑顔で手を振った。
北村も能登さんにお辞儀をして見送った。そして腕組みをして俺を見てくる。
気がついているんだろう。能登さんが久しぶりに俺の顔を見たくて寄ったなんて、ただそれだけじゃないってことに。
でも俺は言えない。能登さんが嘘をついてまで北村に言えなかったんだから俺だって言わない。
「さて、食堂いこーぜー」
靴を履いて北村を廊下へ追いやった。
俺が言わないと分かったのか、北村は一つ息を吐いて組んでいた腕を外した。
「勉強は大丈夫なのか? あと4日後だけど」
「あーうん。多分何とかなる。明後日の北村の勉強会でまた頑張るし」
「そうか」
まさか南が吉岡に頼んで吉岡に英語を教えてもらったとは言えない。
こんなことなら本当に北村にすがり付いてでもお願いしておけばよかったと思う。
「仕事もテスト前だから今日から無しになったんだ。急ぎのものだけ個々に仕事するくらいで」
「そっか」
そうだ。
吉岡は俺の分まで仕事をしているはずだからその辺のことを聞くのを忘れていたんだった。
「吉岡は大丈夫? 夜まですげー残ってたりする?」
「いや、大丈夫だな。俺も少し手伝っているし。分からないことも素直に聞いてくるから」
「俺がいなくても大丈夫なんだなー、やっぱり。なんだか寂しい気もするわ」
「安心して引き継げていいじゃないか。喜んでおけ。自分の人選もよかったと思うことにして」
「まーそーねー。……ポジティブにいくか」
でも俺の唇を二度も盗みやがってあの野郎。
胸の中がもやもやする。
「それに比べて田口ときたら……」
歩きながら項垂れる北村を見て少し気が晴れた。
田口は田口で一生懸命だし、素直だし、ちょっとずれている所はあるけれどあれでも総合20位以内なんだから大丈夫なんじゃないだろうか。
けれども真面目で仕事も出来て面倒見のいい北村が言うのだ、田口にちょっとした不安があるのだろう。
「何を基準に田口を補佐に選んだんだ?」
素朴な疑問だった。あの補佐決めのとき、北村が一番早く決めていたのだから決定的な何かの理由はあったはずだから。
「数学がよかったんだ。会計はとりあえず数字をいじるわけだし。高等部は1学期の中間テストまでしか情報がなかったけど、そのときの計算事務のテストが100点だったし」
「ああ、なるほど。他は見てなかったのか?」
「見たけど、それほど悪くもなかったし。平均10位くらいで」
「俺よりいいじゃないか……」
「だから、成績じゃないってことなんだろう。ああ忘れっぽいんじゃ『またかー』って疲れてくる」
田口は忘れっぽい。聞いた話だが俺も忘れっぽいんだがどうしたものか。
北村のように心の広いヤツがこうも参っているんじゃ吉岡は俺の忘れっぽさをどう思っているのか聞くのが怖い。
好きで忘れるわけじゃないがさっきまで覚えていたのに、いざそのときがくるとポロっと忘れちゃうこととかよくあると思うんだが。
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