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第一章
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しおりを挟む結果は当然1位だった。
松浦も南も出ていないんだ。当然といえば当然。
吉岡との約束どおり渡部に声を掛け、本部まで付いてきてもらおうとしたが、なぜか吉岡は未だリレーの選手でごった返しているグラウンドに来ていた。
不思議に思って思わず俺から声を掛けた。
「これから渡部と帰るよ」
「まぁ、そうなんですが……」
珍しく言葉を濁した吉岡はまた考え込むように顎を触る。
癖なんだろか。
何か言いたいことがあるようで、でも言わない。
せっかくだし、吉岡が迎えに来たのならお姫様にでもなってやるよ。
「吉岡がきたから吉岡と戻るわ。すまん、渡部」
「へいへい。じゃ、またな」
「サンキューな」
ここはこれから片付けたあと、閉会式と順位発表がある。
先に歩き出すと吉岡も付いてきた。
迎えに着たくせに、犬みたいなやつだ。
「すみませんでした、佐野さん」
「あ?」
首だけ振り向くが吉岡が見えない。少しペースを落として吉岡の横に並んだ。
「佐野さんの言うとおり、それほど心配することはなかったのかもしれないですね」
「ん? いきなりどういう心境の変化だよ」
「走っている姿をみたら、見た目と違ってそれほど弱くはないのかな、って」
「はは、俺がいくら言っても聞かなかったのにな」
「百聞はってことですかね」
俺がいったいどんな姿で走っていたのかは知らないが、吉岡にとっては考えを改めるには十分な走りだったのだろう。
「確かに、今まで何もされずにきていただけのことはあったんだな、って思いました」
「なんか嬉しくないけど、それ」
「褒めているつもりですが」
「褒め方間違ってるわ……」
吉岡が俺に謝り、意外と素直なんだなと嬉しくなった。やっぱり後輩は素直なほうがいい。
だから俺は調子に乗っていたんだと思う。
横にいる吉岡の右手を手に取った。タコを触るとピクッと指が動いたので反応がかわいくてほくそ笑んだ。
「でもさ、俺はこんなタコなんてないし、やっぱり吉岡よりは弱いよな、きっと。てか、絶対か。だからお前に襲われたらきっと俺は勝てないし、だから俺をお姫様認定したことは許してやる」
吉岡はお姫様認定したつもりもないかもしれないけれど、一応嫌味のつもりで言ってやった。
硬くなったタコを最後に一撫でし、手を離した。
立ち止まってしまっていた吉岡を見あげると、見たこともない吉岡の顔がそこに。
あの冷たい切れ長の眼が柔らかく弧を描き、緩んだ口元からは、ふ、と笑みがこぼれている。
いつもと違うその雰囲気に呆気にとられてしまった。
色気がだだ漏れだわ、吉岡。
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