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第一章
北村海斗
しおりを挟むSide 北村 海斗
こんなときに、こんな場所で佐野は寝やがった。
どれほど眠いのかは知らないが、午後の競技が始まるアナウンスが流れても、音楽をガンガン鳴らしても起きない。
問題も今のところないし、生徒会の誰も欠けてはいないけど、しかし誰も起こさないのも不思議だ。
いや、俺が起こすべきなんだろうか。
「松浦、佐野まだ寝ているんだが」
「寝せておいていい」
こちらをちらりとも見ずに松浦が言うから、まあ、佐野に興味がないんだろうな。起きていようが寝ていようがどうでもいい、そんなところだろう。
「まーだ寝てたんだ」
呆れた声を出してはいるが、こちらに振り返ったカナタの口元は楽しそうに弧を描いていた。
佐野が突っ伏しているテーブルにカナタも肘を置き、未だ眠りこくる佐野を覗くよう首を伸ばした。
「顔が見えないじゃん」と言うのと同時に佐野の髪の毛を少しかきあげた。
「完全に顔隠れているし。つまんね」
「そんなことしていると起きるぞ」
「午後の競技は始まっているんだし、起きたっていいんじゃない。しかし佐野ってもったいないよね。綺麗なくせにバカなのが顔に出ちゃっているから、どこか残念なんだよねー。顔はそこそこタイプだけど、全体的になんか残念」
「むしろ良かったんじゃないか、お前に食われる心配なくて」
「そうとも言えるー。俺、バカ嫌いだし」
ケラケラ笑うカナタは一人楽しそうだが、他の役員連中は笑えないジョークだなと感じているはずだ。
佐野が今より少しでも賢そうだったら、間違いなく食われているだろう。あの手この手を使って。
でも二ノ瀬はまだだな。カナタの軽口に対しての二ノ瀬の対応がひどいものだからまだ食われていないんだろう。
なんとなく、カナタは本気で二ノ瀬をモノにするつもりがないような気もしていた。あのやり取りを楽しむだけで、本気で二ノ瀬を口説いてはいないようだったと思う。
いや、カナタの本気の口説きがどんなものかは分からないが。
そういえば、カナタにも婚約者がいたはずだ。
小さいころから一緒で、親同士も仲がいいから何かと一緒にいたが、深い話はしたことがない。カナタがさせないのだ。
だから婚約者の話も、最近親が言っていたことに驚いて聞いたのだった。ずいぶん昔から決められていると言っていた。
だからこんな学園のなかでも楽しみを見つけて自由に過ごしているのだろうか。
やりたいことを本能のまま忠実に動いているのだろうか。
知らない間にカナタをずっと見ていたのだろう、気がつくとカナタが俺を見てニヤニヤしていた。いつもこいつはこうだった。なんでもお見通しみたいに笑う。
「海斗の熱い視線で穴開けられるかと思ったわ~」
「千枚通しもってこようか?」
「こわー」
眼を見開き、カナタはたいして怖くもなさそうな声で肩を竦めた。
しかし興味は佐野にあるのか、前髪を掴んでひっぱりあげた。
「佐野ー起きろー、佐野ー。おーい」
松浦は起こさなくてもいいと言ったが、俺は起こすのに賛成だ。だいたい、競技は始まっているのだ。俺は競技にでないが、こいつはリレーがあるといっていたし。
「いで、いででで…っ」
「起きろー」
「お、起きた、お起きたから……」
少し佐野の顔が上がったところでカナタは前髪を掴む手をぱっと離した。するとそのまま勢いよく佐野の頭がテーブルに落ちて「ゴンっ」といい音を鳴らした。
カナタの適当さについ笑ってしまった。
頭の良さではいつも負けてしまう、この幼馴染のやることが未だに把握できないし、よく分からない。
でも気に入ったものを弄るのは昔からだったなと思い出した。
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