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しおりを挟むザッザッと地面を蹴る音が近づいてくる、と思ったらすぐにその足音はやんだ。地面を這い蹲る目の前には銀の刺繍が施された水色ローブが揺らめいていた。まさかこんな傍にまで近づいているとは思わなくて思わず地面から見上げてしまった。フードの陰で隠されてしまっていた目元から表情は窺えないがこちらを見下ろしていた。
やはりというか、見えなくする結界とやらは老人魔術師が去ってしまったら一緒に解けてしまったらしい。
「なぜこんなところに倒れているの」
「あ、あの……俺達、魔術師様と関わってしまったら、折檻をうけるかもしれないから……」
話しかけないでくれ、そうはっきりとは言えずにいたが、意味を組んでくれたらいいなと思った。
少年魔術師は「奴隷は相変わらず面倒くさい」と呟き、ヨリの手を引っ張って立ち上がらせた。
奴隷の言うことなど聞いてくれないのは当たり前か。
それならば何を言ってもダメか。ああ、こんなところを見つかってしまったら、などと先ほどと同じ悩みでオロオロとしてしまった。そんなヨリを構わずにいる水色ローブの魔術師、ヴィネは連日に渡って処置した手を取り、ゆっくりと指先を撫で上げた。
「すごいね……綺麗にまざってる……」
ヨリは手を差し出しているだけだ。老人魔術師も、この少年も、魔術師達は勝手に何かを判断している。
たがそれは魔術師から流れる温かなものが気持ちよくてうっとりとしてしまうのも事実。
「うーん、なんだろう。昨日と何か違うな……」
「……違う?」
「何か変なものでも食べた?」
変なもの? 覚えもないので一拍置いて首を横に振った。
フードを被った頭を垂れ、考え込むヴィネをぼーっと眺めていると「ヨリ!」と大声で怒鳴られた。
呼ばれたほうを振り返ると驚きに目を見開いているゴゴとビーマがいた。ポンプ小屋から帰ってきたのだ。
咄嗟にヴィネに握られていた手を離した。
折檻はイヤだが、奴隷長にまで見られては腹を括らなければならない。
「頭を下げなさい、ヨリ!」
大また開きでヨリに近づき、頭をグッと上から押さえつけられた。そして膝を蹴られ、その衝撃で膝を地面に付くとさらに上から頭を押してくる。額を地面にこすり付けられるほどの力は事の重大さと比例しているのだろう。ヨリを押さえつけているビーマも一緒に土下座をしていた。周りを巻き込んでしまって、申し訳ない気持ちが出てきた。自分から接触したわけでもないが必死で地べたに這いつくばった。
「魔術師様、申し訳ありません。この者は世間知らずもいいとこで、奴隷としてよそを見たことがないため……」
ビーマが謝罪を言い終わらないうちに「パンッ」とはじけた音が小さく響いた。同時に頭を押さえられていた手も離れた。
「うるさい。だから奴隷は嫌いだ」
「立てる?」と腕を取られた。さっきから立たされてばかりだ。
恐る恐る立てば、隣ではビーマがつぶされたカエルのような格好で倒れていたし、その隣にいたゴゴは腰を抜かしているのか尻餅をついた状態でビーマを見ていた。もしかしてビーマは死んでしまったのだろうか。ヴィネは奴隷を嫌いだと言った。何人も死んだ人を見てきたし、なんなら死体を片付けたりもしたが、さすがに目の前で人が死ぬのは初めてだった。知らずのうちにカタカタと震えてしまっていた。
「大丈夫。気を失っているだけだから。仕事で来ているのに、こんなところで一般奴隷を殺すわけない」
ヴィネは震えが止まらないヨリの右手を手にとり、「それよりも」と続けた。
「初めてキミの手を癒した日から、先ほどまでキミのことが気になって仕方なかったけど、今はそうでもないんだ。それはとても不思議な感覚で。僕も初めてだからよく分かっていないのだけど。……うん、キミは尚更分からないかもしれないだろうけど。僕の気のせいだったかな」
手を離され、ヴィネはフイと屋敷の方を見上げた。
「王宮魔術師団は調査のためもう少しここに滞在する。僕はその間、キミを見かけたらきっと話しかけるだろう。だから、上に話を通して僕と話をしても咎めなどないようにする」
王族のすぐ下の位に属する魔術師達は爵位持ちよりも権力がある。侯爵も逆らうわけにはいかないだろう。
ヴィネは「さようなら」と告げ、昨日と同様にゆらゆらとローブをなびかせながら屋敷に向かった。
今日はまた、とも言われず、振り返りもされなかった。
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