オメガ判定は一億もらって隔離学園へ

梅鉢

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三年生編

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 親身かどうかは置いといて、一応相談に乗ってくれたので新堂に朝永とのやり取りを報告した。

「そうか。残念だな」
「残念、ですか」

 HR終了後、教員室へ帰る新藤の後ろを歩いた。
 真っ直ぐ前を向く新堂は俺のことなんかかまっちゃいなく、自分のペースですたすたと歩くから大変だ。

「オメガの医療従事者が少ないと言っただろ」
「ああ、でも、看護師にならないと決まったわけじゃないし、他にやりたいことがないならきっと看護師になりたいと思うかなと。調べてみたんですけど、やりがいはありそうだったし」
「ふーん。お前の相手は北原だったか。よく許した方だとは思うが」
「先生も朝永知ってるの?」

 何言ってんだお前、みたいに横目を向けられ、ここへ来てからこんなん多いなと頭を掻いた。

「オメガとアルファを足したって学年では六十人ちょっとだ。それに北原には兄が二人いた。すぐ上の兄は有名人だったしな。その点、お前の相手はアレよりは目立たなくていいんじゃないか」

 目立たない……?
 朝永といると視線を感じることが多かったり、視線がなくても注目を浴びている雰囲気がビシバシ伝わってきたりしていたんだけど、あれは朝永のお兄さんに比べたらかわいいものなのか。
 教員室に着き、入り口のドアの前で立ち止まった新堂は俺に振り返った。

「お前の一つ上に医者を目指しているオメガがいる。二十数年ぶりに医者を目指すオメガが現れたのだし、お前が看護師になれば年も近いしいいんじゃないかと思ったんだけどな。まあ、お前の人生だし、お前が決めたらいい」
「頭のいい人がいたんですね」

 単純に頭がよくてすごいなーって、それだけを思った。

「20番……。あー、今は……古渓と言ったか。ここにいるときも別格で頭が良かったな。あいつはオメガだけじゃなくアルファクラスの奴らを足しても群を抜いていたな」
「こっ……。へぇ、そうなんですか」

 まさかの、古渓の番さん!?
 こんなところで名前を聞くとも思わなかったし、名前すら久しぶりに聞いた。苗字が古渓と一緒ということは本当に結婚したのか……。

「またなんかあれば来い。ここでの残り時間は少ないからな」
「はい……」

 驚いて固まる俺に、新堂は背中を見せて教員室の中へと入っていった。
 ということは、古渓もオメガを外に出すのか。意外と理解があるんだな。古渓自体好き放題しているイメージだから番さんのことは騙されてかわいそうくらいに思っていたけど、番さんが自分の未来を自分で決められているようで大きなお世話だと思うがほっとしてしまった。
 医療関係に進むと古渓の番さんとは職場で顔を合わせることになるのか。俺は関東希望だから古渓の番さんが関西に行くのなら会わないだろうけど。
 しかしここでこの名前を聞くということは、これからいやでもどこかで見たり聞いたりしそうだなと俺も廊下を歩きだした。


 *


 冬休みに入り、十二月末になると一気に寒くなった。同時に雪が降り始めた。

 年末年始はテレビも特番が多くなり、あまり興味も持てず、継直の部屋でそれぞれスマホを眺めてだらだらしていた。そのうち先輩から電話が来た継直は甘えた声で卒業後の話をしていた。継直はここを出た後は今先輩が住んでいるマンションへ行くらしく、継直が住み始めたら住所を教えてくれる予定になっている。俺も朝永が準備してくれる家に居候するわけだが、どの辺に住むのかも分からず、しかし俺が金を出すわけでも契約するわけでもないから朝永にはまだ聞けていない。

 継直が入れてくれた温かかった紅茶はもう冷めていて、暖房で乾燥している喉には丁度良い冷たさだった。
 半分ほど一気に飲んで、継直の部屋の窓から見える景色をぼんやり眺めた。俺の部屋と同じ、変わらない景色だった。十センチ間隔に嵌められた鉄格子。
 今日は牡丹雪が降り続け、窓枠にも雪が埋もれている。真っ白の世界。俺の地元よりも多い雪の量。
 松の木は、積もった雪をどさっと音を立てて地に降ろした。松は少し揺れて、先ほどまで重そうに垂れていた枝は本来の姿になった。

 何気ない日常を、同じ日常を繰り返す。永遠なんじゃと思える、この休みの日の継直とのまったりとした時間。
 真冬で行動も感情も鈍くなる。
 スマホの日時を見て、一月も少し過ぎてしまった。鉄格子越しに見る雪もこれで終わりになるのか。
 ここの卒業はよそより早い。
 卒業式まで一か月を切っていた。


 最後の定期テストも近づいてきて、すべての授業もまとめに入り始めた。自習時間も多くなり、教室で少なくなった生徒たちと雑談が楽しい時間だ。

 8番は3番と今でも連絡を取り合っているようで、先週末に無事番ったとのことだった。自分が番うとなると怖いからあまり考えたくないのだが、人が番となるのは心からおめでとうと言えた。見せてもらった二人の写真は笑顔がいっぱいで俺から見ても可愛かった。隣にいるアルファすら可愛く見えるのだから不思議だった。それくらい幸せそうな顔をしていた。

 俺も二人に古渓の話をした。継直も驚いていた。番のオメガが医者を目指すほどの頭脳をお持ちで、それなのに古渓を相手に選んでいることに。
 これから世話になることもあるのかと遠い目をしていたが、8番は古渓の顔が好きだったようで俺達がいやそうにしているのが理解出来ないようだった。
 確かに顔面偏差値だけはトップクラスだと思う。けれど俺は朝永の顔の方が好きだ。
 継直もそれは一緒だったようで「先輩のがいい男だわ」と鼻息荒くしていた。

「俺も一回古渓さんに話しかけられたことがあるんだよ」
「え、大丈夫だった?」

 純粋に絡まれたのだと思って身体的な心配をした。
 机に頬杖をついた8番は思い出そうとしているのか目を閉じた。

「んー、大丈夫も何も、ただ『一年生だね、よろしくね』って言われただけであと話しかけられなかったし。俺としてはもっと話したかったけど、それ以降は話しかけるなオーラすごくて俺から話しかけるなんて無理だったし。あの時あんなイケメンにじっと見られてちょっと恥ずかしかったなー」
「あいつ自分に好意のある人間にはあまり興味が湧かないらしいから、8番はそう思われたのかもな」
「あー、そういう人なんだ。だってすげーかっこよかったし」
「そのくせビッチなオメガとつるんでることもあったけどな。むしろ良かったと思うぞ、あいつに絡まれることなくて。相当変だぞ、あいつ」
「顔がいいから多少変でも俺は大丈夫なんだな」

 継直の言う通りだなと大きく頷いては相槌を打っていたが、ふふふと笑う8番にちょっと引いてしまった。
 顔がすべてみたいな人も、まあいるか。人それぞれだしな。ということは8番の相手も顔がいいのか。そして性格が微妙なんだな。そして耐え切れなくなると変なポエムを吐き出し始めるのか。

 何人ともお付き合いをした上で契約するわけでもなく、出会った人の中でいいなと思ったら即番契約! みたいな感じで来ているから中には契約後にやっぱり性格が合わないということだって絶対にあるはずだ。契約解除もできるけど、アルファがそれを許すかどうかだ。双方納得しないと解除はできない。
 慎重に進めなければならないはずの契約だが8番はあっさりと決めてそうだ。継直のところは押せ押せの継直に対して先輩が慎重だったように見えたし、俺もそれなりに慎重だったはず。多分。

 なんにせよ。8番は8番で幸せになってほしいなと願った。



 すべての授業が終わった頃、どこか浮ついた雰囲気が閑散としているはずの寮から感じられた。

 最後かもしれないからと、朝永に誘われて逢い引き場へと来た。寒くなってからは来ることがなく久しぶりだった。
 二月頭の今は寒さのピークなんじゃないかと思うくらい空気が冷たい。
 風も吹き抜けるとさらに寒さを通り越して凍えてしまう。

「さ、さむっ」
「くっついていても寒いね」

 パーカーしか着てこなかった俺を、朝永は紺色のダッフルコートの前を開けて俺を迎え入れた。コートの中で正面から抱き着いてみた。背中が納まりきらないが、風が遮断されたのと、朝永の体温が近くなって暖かくなった。
 目の前にある朝永の肩に顔を埋めた。いい匂いがする。

「ここにはいっぱい来たね」
「そうだね」
「それも今日で最後になるのかな」
「そうかもね」

 ぴったりと朝永の胸に密着し、壁に寄りかかっている朝永に体重も預けた。
 なかなか二人きりで会うことができない中での逢引き場はかなり重宝した。他にも使っている人はいるけど秘密の場所みたいでドキドキもした。
 朝永とこっそり会うこともひっそり連絡を取り合っていたことも、朝永に関わること全部内緒にしていた時代を思い出す。会っていたことは2番にばれていたけど。
 こっちを狙うアルファからの視線にオメガのライバルからの視線。陰鬱とした世界だった。
 唯一の癒しだっただろう朝永との逢瀬。朝永の存在のお陰で俺は今もこうやって狂うことなく過ごせているのかもしれない。

「本当に今日で最後になるのかー……不思議」
「不思議?」
「ここに居ることが一生続くわけないけど、そんな錯覚を起こしていたかも」
「そう。出たくない?」
「まさか。卒業が嬉しいのは本当だし。継直と離れるのは寂しいけど、朝永とはずっと一緒にいられるわけだし」

 朝永の冷たくなった唇がこめかみにおりてきた。ゆっくりと何度もこめかみや目じりに口づけられ、少し顎を上げて朝永を見上げれば、朝永は嬉しそうに目を細めた。唇を重ねたときには朝永の唇は俺よりも温かくなっていた。

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