オメガ判定は一億もらって隔離学園へ

梅鉢

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三年生編

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 これは突っ込んで聞いてもいいものだよな。

 ◎が朝永の譲れないものとして、※印はなんだ。二人で決めたかったとあるくせに、ここに書かれてあることは俺の意思など反映されない決定事項なのでは。それにまだ色々あるらしい上に、入学するのが卒業後の翌年とは。
 表情がごっそりと抜け落ちた俺に、朝永は弾む声で「何か気になるの?」と声をかけてきた。

「いや……。なんで一年後?」
「ああ、もちろん本当に看護師になりたいというなら夜詩人を応援するよ。でも、ずっと看護師になる夢を持っていたわけじゃないよね? だからだよ」
「……」

 “本当になりたいか”と問われれば、ハイとは言えない俺がいる。そりゃそうだ。
 朝永はどこまで俺の気持ちを見透かしているのだろう。怖くなる。いや、俺が分かりやすすぎるのか。

「ああ、違うよ。本当に夜詩人にはやりたいことがあるならやって欲しい気持ちはあるからね。オメガの人たちで仕事をしている人はそう多くはないけど、いることはいるから。ここの教師もそうだし、医療関係や番の仕事関係、在宅ではあるけどフリーで色々している人だっている。そりゃ性別が特殊だからベータに交じってやるのは難しいこともあるみたいだけど」

 朝永は優しく俺に語りかける。俺の怖さすら把握ずみのように。

「こんなところに三年も隔離されてしまって、外に憧れる気持ちは良く分かる。だからこそ、一年使って俺と色んな経験をして欲しいなって。旅行をしたり、たくさんのアートに触れたり、人や、動物や、自然にも触れてみて。この三年を取り戻すくらい、たくさんの経験をして欲しい。俺と一緒にね。その上で自分が何になりたいかを考えてみてはどうかな。オメガができる仕事はそう多くはないけど、一年かけて考えても遅くはないんじゃないかな、まだ十代だ」

 ――――人、動物、自然、たくさんのものに触れる。
 朝永がそんなことを考えていたなんて。
 本当は俺を外に出すことなんてしたくないから一年も先延ばしにさせるのかと思ってしまった。そんなこと全然なかった。朝永はやっぱり俺のことを考えてくれている、思いやりのある優しい人。

「……朝永は進学するから忙しいでしょ。今でも忙しいのに……」
「まあね。進学したらバイトは減らすし、なんとでもなるよ。一緒に住むし」

 床に膝立ちしている朝永に勢いよく抱き着いた。
 体重をかけてぎゅうぎゅうと抱き着く。朝永は勢いのまま床に尻をつき、俺の背中を抱きしめてくれた。

「さっきの、紙見たときの夜詩人、真顔すごかった」

 耳元でくすくすと笑われる。
 あれ見て真顔にならないのがおかしいわ。

「ダメってことなのかと思った」
「ね。ダメって言いたい気持ちもあるけど。でも夜詩人には自分のしたいことをしてくれたらって思う気持ちの方が大きいんだ。夜詩人は今のままの夜詩人でいて欲しい。ずっと。そのままの夜詩人でいて」
「俺なんかもう変わりようがないよ」
「うん。好き」
「俺も好き。大好き」

 緊張が抜けた俺に、ふわりと朝永の匂いが脳内に入り込む。髪も体も服も全部いい匂い。
 鼻を鳴らして匂いを堪能していると、背中にあった手がするすると下へ降りていった。尻全体を撫でまわした後あらぬところをグッと布越しに押される。

「ちょっと!」
「うん、夜詩人、大好きだよ」
「手!」

 不埒な手をどかそうとするが、もう片方の手で俺を腕ごと抱き込み拘束しやがった。その間も不埒な手はずっと割れ目をなぞったり時折力を入れてつついたりしている。なんとか逃げようとするが力で勝てるはずもない。手を避けようと尻だけが動く。

「……ねだられているみたい」
「そんなわけあるか!」

 眉を吊り上げて朝永を睨むが朝永は目を細めて笑っていた。

「あー、勃ってきた。ちんこの位置ずらしたいから、少し離れてくれる?」
「え、うん」

 なぜこれだけで勃つのか。
 朝永から離れ、また腰を上げてソファに座った。朝永も股間に手をやり、もぞもぞとしながら俺の横に腰を下ろした。
 どっかり背もたれに寄りかかり、浅く座るため股間が服を押し上げているのが良く分かった。というか、わざと見せつけているような恰好をしているのでは。
 朝永は俺との少しの触れあいやじゃれあいで勃起する。そして、俺はほぼ勃たない。俺が男の機能をすでに無くしてしまっているのか不安になるが、直接刺激を与えれば普通に勃起はするし、やっぱり朝永が変なんだなと思い直す。
 さっきまで真剣な話をしていたというのに。

「あと約束について何かある?」
「ああ、忘れてた。突っ込みたいとこはあったような」

 床に落としてしまっていた用紙を拾う。「突っ込むようなこと書いていたかな」と不思議そうに呟く朝永を横目で見れば、顎に手を当てて本当に不思議そうにしていた。
 朝永……アルファにとっては普通のことなのかもしれないけど、どこかの社長でもなんでもないのに俺専用の運転手に車とか、どうなんだよ。

「俺、電車の乗り方もバスの乗り方も知ってるよ」
「うん。心配だから」
「なんなら俺が車の免許取って乗りたいくらいなんだけど」
「俺と一緒に取りに行こう。夜詩人が車の運転に向いているなら考えよう」

 一応妥協はしてくれるらしい。絶対スムーズに講習を受けて一発で免許を取ろう。

「GPSって……」
「うん。心配だから」

 今でも認識票にGPSがついていて監視れされていることに慣れっこではあるけど。
 アルファである朝永はオメガである俺をがっちり管理したいし監視したい。気持ちは分からないけど、理解はしている、つもり。進学や就職を許してくれた時点でよしとしなければ。
 喧嘩をしても一緒に寝て、朝に挨拶するのは仲直りしやすくていいと思う。でも、

「喧嘩はする予定なの?」
「しない予定だけど。もしものためだよ。俺が知らないうちに夜詩人を怒らせることもあるかもしれないでしょ」
「ふーん」

 朝永が何に怒るか想像できないくせに、俺を怒らせる朝永は想像できてしまって妙な納得をしてしまう。
 一日の連絡も、一年間は無職だからほとんど予定はなさそうだけど。朝永も学校生活がまっているし。

「そう言えば、朝永の将来はお父さんのところに?」
「そうだね。二番目の兄が継ぐことになったから、将来的にはその下につくだろうね」
「朝永は生まれた時から家の仕事するって決まっていたの?」

 こういう人種は親が敷いたレールの上を生きていくんだなと勝手な偏見があったのかもしれない。

「いや、昔は裁判官になりたかったけど」
「えっ!!」
「そんなに驚くことかな。中三までは結構真剣に考えていたけど」

 家業人間の朝永がまさか裁判官を夢見ていたなんて驚くに決まっている。しかも本当に子どもらしい、そして朝永ならやれちゃうんじゃないかって思える夢だ。

「さ、裁判官になるの?」
「だからならないって。俺は兄の下につくから」
「あ、そうだった。でもなんでやめたの? せっかくの夢を……」
「別に。家のバイトしてみたら、意外と楽しかったし」
「へー……」

 意外と楽しいからって夢をあきらめられるものなのか。
 また朝永は本当の理由を言っていない。俺には言いにくいことなのか。
 俺には知らないことが多い。朝永のことはもちろん、世の中のことも。朝永のことは朝永に聞いても教えてくれないことも時々あるし。そういうところはやっぱりずるいなって思ってしまう。

「あとは何かある?」
「んー、あとは同棲の時に二人で決めるらしいし、思うことあればまた聞くかも」
「同棲が待ち遠しいな」

 待ち遠しいような、そうじゃないような。

 殴り書きされた紙は、朝永が恥ずかしいからと没収された。きっとあの字はレアだったのだ。胸に刻んでおこう。
 部屋を去る前、俺に将来の幅を広げさえてくれた朝永に心からのありがとうを込めてキスをした。調子に乗った朝永が押し倒そうとするので脇腹を思い切りどついた。ダメージはそれほど与えたれなかったけど、朝永は諦めてくれた。

 しかし俺は元来諦めの悪い男。

 後日、校内で一人でいる椋地に会わないか意識を張り巡らせた。そして一週間後、食堂にぼっち飯をしている椋地を発見して、継直に少しだけ時間をもらって椋地に朝永について詮索した。

「朝永が裁判官になりたいって知ってた?」
「昔の話でしょ」

 やっぱり椋地は知っている。
 お気に入りのそばをすすっている椋地は、目を伏せているため睫毛がより長く見えた。アルファの中にいても特異体質くらい綺麗な顔をしていた。

「なんで裁判官を諦めたのかな」
「本人に聞きなよ」
「聞いたけど教えてくれなくて」

 そこでようやく椋地は視線だけを俺に向けた。美人の上目遣いは迫力があり、少し体をのけぞってしまった。

「キミも懲りないね。本人が教えないことをどうして他人に聞くの」
「あー、うん、本当にそうだよね。いつもそれで椋地に怒られてたんだった」

 久しぶりすぎて忘れていた。
 あははと笑って誤魔化すが、椋地の視線は冷たいままだ。

「だって知りたかったんだ。俺の進路についても朝永は色々考えてくれたのに、なんで朝永は夢を諦めたのかなって。家の仕事をするのは嫌いじゃないみたいだけど、夢を諦めるほどの楽しさってわけでもなさそうだし」

 俺を見上げたまま黙っていた椋地だったが、少し視線を右にずらし「どうなの、北原」とゆっくりとした口調で問いかけた。
 振り返った先はまさかの朝永。
 声に出さずとも「困った」と朝永の顔が語っていた。

「あー、……しつこくてごめん。なんで諦めたか気になって」
「納得していないけど俺に聞くのは諦めたから、この前はあっさり話を終えたのか」
「はは、まあ、そうなんだけど」

 朝永にも、さっき椋地に向けたような乾いた笑いで誤魔化す。
 腕組をした朝永が大きく息を吐いた。

「裁判官を諦めたのは単純に公務員だからだよ。家の仕事なら頑張れば頑張っただけ報酬も増える。副業もし放題」
「つまり、お金?」
「キミや子供にも不自由はさせたくないから」

 も、もしかしなくても俺のせいか……。
 朝永は大きさを抑えて控えめに言うからより俺に刺さった。でも、俺はそんなに金のかかる男でもないのに。
 裁判官になったとしても十分に暮らしていけるだろうに、と思わずにはいられない。

「俺だって朝永にもなりたいものがあるなら好きにして欲しいと思うんだけど」
「そういうことか。ふふ、俺の夢はもう変わったんだよ」

 切ない俺の心とは裏腹に、朝永の顔は晴々としている。
 屈託のない笑顔に、夢を諦めたことに後悔などないのではと思えてきた。疑っていたものが少しずつ消えていく。

「子供は三人欲しいんだ。これが新しい夢」
「え。あ、そうなんだ」
「俺にも似て欲しいし、夜詩人にも似て欲しいな」
「あー、そうだね」

 俺が産まなきゃいけない話だよな、これ。
 そうか、俺が産むのか。
 子供ってどうやったらできるのか未知すぎる……。この薄っぺらな腹に……。

 無意識で腹を撫でていると継直の声で「いちゃつくなら二人のときにしろよ」と言われてはっとした。ここは食堂だった。俺達に興味が微塵もなさそうな椋地の横に、ラーメンが入ったお膳を置く継直は呆れた表情をしていた。

「お前らほんと羨ましいな」

 これは恥ずかしいやつだった……。
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