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三年生編
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しおりを挟むもらったその日は違和感があった左手薬指も、一晩寝てしまえばもとからそこにあったかのようにしっくりと馴染んでいた。
継直は流石で、会った瞬間に「うらやましいなおい」とあいさつも抜きに左手を注目していた。
「なんですぐ分かるの。どんな目してんの」
「光るものに敏感なんだよ、俺が欲しいから」
「なるほど」
寮から教室へ向かう間、指輪を貰った経緯をしつこく聞かれた。去年の誕生日よりもあっさりとしたものだったし、指輪を貰ったのは単純に嬉しかったから聞かれるまま答えた。
「結婚指輪なわけ? 婚約指輪?」
「分かんない。ただの誕生日プレゼントみたいだからそういった意味はないみたいだったけど」
「ふーん、じゃあこれからまた結婚指輪とかもらうわけか。いいなーお前」
頭の後ろに手を組んで、継直は大きく息を吐いた。
継直は先輩の家から援助をしてもらったらしく、気を使った継直は先輩からのプレゼントを拒否しているそうだ。送られても今は一切を受け取れないとしたから、先輩も悩ましいところだろう。
継直も自分で言っておきながらやはりもう少し柔軟にしておけばよかったと後悔もあるらしい。
会えない分、電話もできないときの分、先輩と思える、何か身につけるものがあればなとぼやいた。
「今からでもいいから、欲しいって言えばいいのに。先輩なら喜んで送ってくれそうだけど」
「当然だろ。あの人俺にげろ甘だし。でもなー自分で言っておいて今更欲しいとも言い辛いし。ま、あと半年だし我慢するわ。とりあえず裸の写真でも送ってもらおうかな」
「え゛」
「はは、すけべだな、お前」
絶対継直の方がスケベなのに。
クラスメイトがたった十人しかいなくなったスカスカの寂しい教室。それぞれがやる気なさそうに挨拶をしながら入ってくる。注意してみると、なるほど。六人ほどが左右の手のどちらかの薬指に指輪をはめていた。
俺を入れれば七人。半数以上がネームプレートとは違うアピールをしていたなんて。
隣にいる8番も右手の薬指にごつごつとした銀色の指輪をしていた。シルバーか。あまり似合ってない気がするのだけど、そう考えるのは失礼なのかな。
「8番さー、その指輪って契約相手のアルファにもらったやつ?」
頬杖をついて何気なく聞くと、8番は嬉しそうに目を細めた。
「そう。契約書書いたときに。部屋に無造作に置いてたの見つけてさ、入学時にしていたけど小さくなって入らないらしくて、それなら俺がもらってもいいか聞いてみたんだ」
「ああ、だからか。あまり8番のイメージじゃないなって思ったから」
「まあね。このデザイン全然趣味じゃないけどダンナの愛用していたものだと思うと嬉しいんだよね。見てて飽きないし」
「そんなものか」
「今ならまだ全部が許せる。好みが違っていてもその人が好きというなら。気になるところがあってもそれより好きが上回るから……」
8番はポエムを吐き出しはじめ、俺と継直は少し心配しながらそれを聞いた。
自分を戒めるようにそんなことを言うことが多いから、きっと根底にはなにかしらの不安があるのかもしれない。本人達にしか分からないことだけど。
「で、14番もとうとうもらったんだ、ソレ」
「ああ、うん。昨日誕生日だったから」
恥ずかしくて誤魔化すように笑うと、継直と8番から「おめでとー」と祝福をもらった。
「北原くん、すげーこだわってそう。なんの飾りも石もないリングだけど」
「そういやシンプルすぎるな。外してみてよ。内側にメッセージとかあるんじゃね」
「そんなのあるの?」
「あるかもしれないから外してみろよ」
指輪なんて買ったことももらったこともないから内側なんて気にしたこともなかった。
平らで少し太めの指輪に手を掛け、外そうとするが関節で止まってしまう。回したり斜めにしたりでようやくはずし、継直に渡した。
が、継直が確認する前にすでに見える内側にびっしりと石がはまっていた。
「うわ、なんだこれ」
「あー、メッセージはないね。表示だけで。でも、すごいね、ぐるっと宝石がはまってる」
二人とも近くで目を凝らしながらまじまじと見ている。「ルーペ欲しい」とまで。
どうやら青っぽい小さな宝石と赤っぽい小さな宝石が規則性もなく内側をぐるっと占拠しているらしい。
「なんかこれ、呪いかなんかかかってそうじゃね」
「の、呪いってなんだよ」
「呪いって言うか、黒魔術的な何か?」
「漫画の見すぎ。どうせなら白魔術にしてほしい」
「北原くんの見えない何を感じるのは確かだな」
「二人してひどい」
失礼すぎる二人から指輪を取り返す。ぐいぐいと左手薬指に押し込み、元あった位置へと戻した。
気になるから北原に聞けよ、とは言われたけど、夕食時に早速継直が自ら聞いていた。
俺に聞けと言ったのは一体なんだったのか。
「ああ、あれ。気づいたんだ。思ったより早いね」
「いや、14番だけなら気づいてないわ。すげーね、俺呪いかと思ったわ」
「ある意味正解かも」
「え゛っ!!」
「ふふっ。嘘だよ」
「はは、お前驚きすぎだろ」
楽しそうに笑う朝永と継直だが、俺は全然楽しくない。
きっと朝永のことだ、何かしら意味は込められていると思う。しかし笑うだけで朝永は答えてはくれなかった。自分だけが知っていればいいから、と。
気になっていたはずの継直は気が削がれたのか話題を変え、俺も深追いはしなかった。笑っているときの朝永は答えてくれないことが多いから。それに俺を大好きな朝永だ、悪い意味を持つ指輪など俺へのプレゼントにしないはず。
「そういや、クリスマス一緒にご飯食べよーってこいつに誘われたんだけど、北原はいいのか?」
「ああ、今年も冬休みになったら外出するから13番が14番と一緒にいてくれたら俺は安心だな」
「まかせろ」
「13番に子守されるみたいに言わないでよ」
「心配で」
朝永よりも年上だというのに、年下どころか子供扱いはまだ健在。心配が過ぎる。が、まぁ過去を考えればここはおとなしくしておこう。
今年のクリスマス含めた年末年始は例のごとく一緒にいられない。それについてはもう無いものだと理解している。卒業したら一緒に過ごそうと約束してくれたし、この理不尽な閉鎖空間内では普通のことができないのが当たり前だ。
誕生日を好きな人と過ごし、祝ってもらえるだけいいのだろう。
継直もいるわけだし、寂しくはない。
「俺は来年のすべてのイベントに全力を出す」
継直のやる気は漲っていて、猫のような眼を釣り上げていた。
卒業したら。
それを、それだけを楽しみにしている継直。好きな人に二年近くも会えていないのだから、思いだけが募っているのだろう。
こんだけアルファがいて見た目の誘惑があっても他に目を向けないって、継直は一途でかわいい。
食堂からの帰り道、アイスを買いに俺と継直だけ購買に行った。買ったとたん袋を破って歩き食いをしているとスマホを片手に永匡くんが前からやってきた。少し離れたところから元気いっぱいに手を振っている。
「せんぱ~い、お誕生日おめでとうございます~!」
「あ、ありがとー」
何もそんな大声で言わなくてもと思いつつ、手を振り返した。
目の前にやってきた永匡くんは顎にスマホを当て、思案顔だ。
「どうかした?」
「んー……、そうだ、先輩に誕生日プレゼントあげる」
「ああ、いいよ、言葉だけで」
「そう、言葉だけなんだけどさ。俺と先輩が初めて会った始業式の時、なぜ先輩のことが分かったか分かる?」
「ああ、そう言えば……」
なぜだろう。いきなり抱き着かれたんだっけ。何が起きたかと思って驚いたんだ。
朝永あたりが写真でも見せたんだろうと思っていたけど、違うのかな。
「朝永に見せてもらっていたんじゃないの?」
「半分正解」
「半分?」
いたずらっこのように笑う永匡くんは俺の耳元に顔を寄せて俺にだけ聞こえる声で囁いた。
「たまたま見えた朝永んの待ち受け、先輩の顔だったんだよ。よく取れていたけど、アレは盗撮だね。朝永くんてストーカーだったんだよ」
「え」
「じゃ。先輩、おめでとう!」
それって本当にプレゼント?
疑問がついてしまう内容に俺の頭は複雑だ。朝永が俺を待ち受けにしているのは嬉しいような恥ずかしいような。言われてみれば写真を撮った記憶もないから、永匡くんが言うのが正解か。
「何祝われたんだ」
「いや、朝永の待ち受けが俺なんだって」
「へっ。お前だけじゃねーよ。先輩の待ち受けも俺だし、俺だって犬を抱っこする先輩を待ち受けにしてるぞ」
「そ、そうなんだ。俺は買った時のままだな」
「愛が足りねーな。先輩の顔見る?」
「いや、ありがと、それは継直が大事にしていて」
盗撮云々は抜きにして待ち受けは普通のことらしい。
継直のお陰で引っかかっていた何かが抜けていった。
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