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2年生編
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しおりを挟むああ、また朝永で出してしまった……。
指を抜き、ぼんやりと賢者タイムに突入するのを感じながら、やはり今回の発情は軽いものなんだなと再確認した。
「……はあ……。夜詩人の声がかわいすぎて頭おかしくなりそう」
色っぽい声の朝永の囁きに、じわじわと恥ずかしさが湧いてきた。今回は朝永に聞かれていたことを知りながらオナニーをし、声もばっちりと聞かれていたための朝永のセリフなのだろう。
せっかく呼吸も整ってきたというのに、前回とは段違いの恥ずかしさに顔が熱くなる。誰も部屋にいないとはいえ、下半身は丸出し。汚れたままではあるが急いでパンツをはいた。
「今夜は夜詩人の声を再生さ――」
朝永の声に被るように、無常にもブザーが鳴り響いた。続きが知りたいような知りたくないような。
しかし単純に一度すっきりしたため、またのん気にテレビをつけて暇をつぶすことにした。
この軽い発情期は期間もいつもよりも短く、4日目の夜には発情を促すホルモン値も下がりきり、翌朝に部屋に戻れることになった。
体調が悪くて発情期が短いと言うわけでもないのでかなり助かった。
部屋に戻る頃には10時を過ぎていたので学校に行かず休むことにはするが、暇だったため継直や朝永に連絡をした。するとお昼に寮まで朝永が会いに来てくれることになった。いつも待っていてもらっているため、今日は俺が待ってみることにした。
だらだらとゲームをしながら時間をつぶし、まずは12時半を待つ。リンゴンガンゴンと四限終了の鐘がなり、待っていましたとばかりにすぐに部屋を出た。朝永は校舎からくるため5分以上は掛かるだろう。案の定、オメガ棟の入り口には誰一人いなかった。
朝永のように壁に背を預け、スマホを見た。真似っこである。
「部屋で待っていたら良かったのにっ」
遠くから、まだ来ないと思っていた聞きなれた声に驚き、顔を上げた。
校舎へ繋がる廊下から、朝永が息を弾ませて走ってきた。
5分、と思っていたのに朝永は2分もしないうちにやってきた。
「暇だったから。早かったね」
俺のそばに来て、乱れた前髪を掻き上げて朝永は笑った。ここは冷房が効いているとはいえ、こんな真夏に走ったら暑いのだろう。朝永の頬に赤みが差していた。なんだかかわいくて口元が緩む。
「授業が少し早く終わったから。1人で行動されると俺が心配だから、俺のことなんて待ってなくていいから」
「あー、うん。でもいつも朝永が待ってくれていたから、今日は俺も朝永のこと待ってみたかったんだ」
「そう。嬉しいけど、俺が不安なんだ。無理やり俺の首輪をつけて行動させようかなと思っちゃうから、大人しく部屋で待っていて欲しいな。そして1人で行動は避けて欲しいな」
優しい口調で、子供に諭すよう言われた。しかし内容は有無を言わせねーぞ的な強制力を感じた。
頬を染めたままのニコニコ顔の朝永。俺は大人しく「はい」とだけしか言えなかった。
それからは2人仲良く購買でパンを買い、購買前のベンチに腰を掛けて食べた。
来週から始まるテストについて話をし、それまでまた朝永が図書室にて勉強を見てくれることになった。なんともありがたい話で朝永に礼を言うと、「俺も夜のお供にいつも提供ありがとう」と朝永に言われ、よく分からなかったが適当に頷いておいた。
そのお蔭か、成績は決していいとは言えなかったが全教科赤点だけは免れた。
英語どころか数学の理解力も乏しい俺に、根気よく応用問題の先生をしてくれた。まず問題文を理解することから始めなければならなく、問題を解く前段階が恐ろしく長い時間を費やさせてしまった。英語以上だったかもしれない。
朝永に言わせれば復習になるから、と言うが、以前見たアルファの授業内容はオメガとはまったく違っていてどう復習になるのか頭がハテナだった。朝永の優しさとして受け取っておいた。
2年の夏休みはこれといって何もなく、風のない湖面のような静けさだった。
やはりアルファのほとんどは帰省していたし、残されたオメガだけがわりとのん気に過ごしていた。1年オメガ達もアルファがいないため、つまらなそうにしていることが多かったけど。俺にとってはいい静けさも1年にとっては刺激が足りないのか。
そして継直は先輩からもらった薬を試すことにしていた。その話は朝永も知っているため、継直が発情期に突入したらこっちへ戻ってくるとのことだった。どうやら1週間俺を1人にするのが心配らしい。アルファも殆どいないし、なんなら去年名前を晒されている俺としては何も怖いものはないのだけれど。
大丈夫とメッセージを送ってもダメの一点張りの朝永。ここに残っているアルファは無害が多くて本当に大丈夫なんだけどな。でも俺が言っても朝永は納得しないので、継直が服薬するタイミングでメッセージを送った。なんだか最近過保護である。
服薬後の継直はかなり興奮していた。薬飲んでも発情期こなかったらどうしよう、と。継直は発情期に関してはネガティブなため、優しく宥めたり時に大丈夫だからと力強く言葉をかけたりした。
そしてめでたく服薬した次の日には継直に発情期がきた。
“熱っぽ”
“薬効いたかな?”
“ちょとめまいする”
“校医に電話すればいいのか?”
“電話した”
“来てくれるって”
“血液検査したら数値上がってて発情期だろうだって!”
“すまほも”
“スマホ持っていけないじゃん”
“先輩に1週間連絡できないとか苦行すぎる”
“俺いなくても泣くなよ”
“まだ寝てんのかよ”
“先輩がいるから大丈夫です♡”
“すまん間違えた”
“隔離部屋何いるんだ”
“タオルいる?”
“何もいらないのか”
“行ってきまーす”
朝起きると継直からの独り言で画面が一杯になっていた。
継直からの嬉しさが伝わってきて、俺に質問しておきながら返事を待たないあたり思わず声を出して笑った。どうやら俺と先輩に交互に連絡していたのか、誤爆もあった。しかし継直が嬉しいときは俺にも連絡をくれるということに、素直に感動してしまった。
発情明けにしか見ることが出来ないと分かっていたが、
“おめでとう、継直”
“あとで話きかせて”
と返した。
そしてそれに合わせる様に朝永が寮に戻ってきた。
額に汗を張り付かせて、朝永は眩しい笑顔で俺を呼んだ。それだけで俺も嬉しい。今年はやはり去年ほど忙しくはないらしい。朝永の借金もようやく終わりが見えてきたのだろうと、勝手に安堵した。
静かで穏やかな夏休み。それは朝永も同じことを考えていたようだった。だがそれは幸せなことだと、俺はすでに知っている。何もないこと、変わらない平穏な日々とは、つまり幸せなことなのだ。誰からも日常を壊されない。それを望んだからと言ってもらえるものでもない。
図書室で朝永に勉強を教えてもらえる、ただこの日常が俺にとっては重要で、そして大切な時間。
継直は先輩と2年も学年が離れているため、こういった日常はもう遠くなってしまっている。だから俺はこの時間に尚更感謝しかない。
夏休みの図書室など誰一人いない。委員会など存在せず、司書が交代で1人いるだけだ。
だから分からない問題など聞き放題だった。夏休み前の定期テストは赤点がなかったとは言え、朝永にしてみたら散々な点数には変わりない。返却されたテストを見たときの朝永の真顔と言ったら、申し訳なさに穴があったら入りたくなったほどだ。
そしてこの賢い(俺の脳内ではどこまで賢いのかは不明であるため、賢さは未知数であるが)朝永の横にいつかはいたいと思う。そのとき本当に俺は朝永の横にいる人間として相応しいかどうかが疑問だ。
朝永は言ってくれた。俺が横にいないと吐きそうになる、と。しかし俺の地頭はそれほど褒められたものもなく、むしろ残念よりという……。
勉強する前に、朝永は別に自分に追いつこうなんて思わなくてもいいと言ってくれた。だが本音はどうだろう。もし、将来朝永の仕事で俺も一緒に偉い人に挨拶をすることになって、俺がダメダメであったなら。
考えただけでも恐ろしい。
「……と? 大丈夫?」
「はっ」
「聞いていた?」
数学の応用問題にやはり躓き、テストの返却時に先生から色々教えてもらってもなお理解できなかったところを朝永に聞いていたんだった。説明の途中からトリップしていた。
心配そうに眉を下げ、朝永が俺の顔を覗き込んできた。大丈夫どころか将来の心配をしていたなど言えない。絶対に言えない。絶対に。
「ご、ごめん。ちょっと難しくて脳が麻痺してた」
「休む?」
「んー、ごめん。ちょっとだけ」
「いいよ」
図書室内、水分だけは摂取OKのため、テーブルに置いていたペットボトルに手を伸ばす。エアコンが効いているせいで喉がカラカラだった。
その間、朝永はノートに例の問題を記入し、そして空いているスペースになぜそうなったかを文字で埋めていく。数字と文字がからまることで俺の頭はすでに停止中だ。ありがたいとは思いつつ、そちらには目もくれず喉を潤すことに専念した。
飲み終わり、蓋を閉めていると朝永の匂いが近くなった。
あ、と思う間もなく頬にキスされた。
司書さんからは見えないけれども、目の前は窓しかない。それも校舎も丸見えで。確かに誰もいなさそうだがどこに眼が付いているか分からないのに何をするのだと、朝永をひと睨みして体を引いた。
「今日、まだキスしてない」
耳元で息を吹きかけるよう囁かれて、心臓がドクドクと揺れる。確かにキスは図書室での日課である。
右の耳からぞわぞわとしたものが肩や背中、脇腹に這ってゆく。右耳を押さえた俺に、朝永が椅子から立ち上がり、身を乗り出して俺に被さってきた。優しく顎を持ち上げられ、少しだけ首を傾けた朝永の顔が近づく。
触れるだけのキスでも、場所を考えると心臓がやばい。しかも今日は隠れることもせずに窓の前で、誰でも見てください状態だった。
耳も顔も体も熱い。
少し離れていった朝永は満足そうに笑い、そして最後に俺の唇をぺろりと舐めていった。
さすがに激しいキスはしなくてホッとしたが、それでも俺は顔が真っ赤になっていたと思う。
そんな穏やかな時間を3日すぎた夜、継直からメッセージが届いた。
“発情期終わったんだけど”
とただ一言だけ。
確かにスマホからメッセージとなるともう部屋に戻ってきているのだろう。朝永と夜ご飯の約束をしていたが継直も誘ってみた。
朝永にも伝え、3人で食堂へ行った。継直は少し暗くて、会ったら発情期について捲くし立てられると思っていただけに拍子抜けした。
「わりーね、2人の時間邪魔して」
「そんなことないけど。……何かあった?」
「いや、単純に発情期短くね」
「あー、まぁ。でも俺も今回は4日で終わったけど」
「たまたまだろ。やっぱり薬で無理やり起こさせたからなのかなー」
ずぞぞと、行儀悪く音を立てながら継直はラーメンを口いっぱいに啜った。
「2日目には結構発情もおさまって、3日目には通常だったわ。血液検査でもそうだったし。校医にジーっと意味ありげに見られたけど、知らない振りしたわ。薬飲むの厳禁とまではいかないけど、一応ダメとは言われてるし」
「でも、1学期終わりの検査でもオメガ判定だったんだろ?」
「まーね」
継直は発情期がこないため、1学期ごとの検査を義務つけられていた。すでに番契約も済んでいるため、オメガでありたいとよく聞いていた。
嘔吐物の処理までしてくれる、発情期がない継直と番契約までしてくれる先輩ならきっとベータでも継直を大切にしてくれそうではあるけど。
でもアルファの考えていることなど俺たちオメガにはきっと分かりはしないだろう。
俺たちの考えていることだってきっとアルファには分かるまい。
「北原も発情期ないオメガは不安になる?」
俺たちの会話に耳を傾けているだろうが、一切口を挟まなかった朝永に、継直がなかなか答え辛い質問を投げた。
「“も”ってことは、先輩は不安になっているの?」
「あー……いや、別に……」
「13番が不安なだけ?」
「まあ、……そうだけど」
朝永は優しい声で、しかしどこか責めるような視線で継直を見ていた。
「俺に不安かどうか聞くよりも、先輩とちゃんと話をした方がいいと思うな」
「……うん」
「俺は自分の知らないところで自分に関する相談や不安を口に出されるより、直接言ってほしい。相手を分かりたいから。不安なことは丁寧に潰していきたいし。言いにくいこともあるだろうけど、言える様になるまで待つから、本人の口から聞きたいと思うよ」
継直へむけているが、これはすべて俺に対しての言葉だ。
思わぬところで朝永の心内を見せてもらった。
どういうわけか涙が出そうになった。
そう簡単にすべてを晒せないけれども、でも、この人を大切にしたいし、大切にされたいと思った。
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