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2年生編
12
しおりを挟む悩みの種だった朝永の誕生日も無事終わり、平穏な日々を過ごしていた。
朝永も去年ほど家に帰らなくても大丈夫になりつつあるとのことで、休みの日には健全に図書室で2人で勉強をすることが増えた。借金もだいぶ片づいたということなのだろうか。朝永には聞けないけど、俺としては一緒に過ごせる時間があるということはとてもありがたい。
そして本棚に隠れて合わせるだけのキスをするのも楽しみの一つになっている。公共の場で何をしているのだという話だが、監視カメラもあるのに朝永は隙あらばキスをしてくる。初めは場所を考えろとどやしたが、今ではちょっと麻痺しつつあるし、なんなら誰かの気配を感じながらするキスはドキドキが半端ない。いや、やりすぎもどうなのだと考え、1度の訪問に1回しか許さないことにした。なんとなく、ご褒美感覚がいい。
朝永にオススメされた本を手に、2人で寮へ戻る。今までオススメされた本のほとんどがしっかりと理解をしていたわけじゃないけど、雰囲気だけでも感じたいのだ。朝永が好きだという物に対して。
朝永には俺のオススメの漫画をかりて貰った。この学園を卒業した人の作品は専門書から漫画、写真集や童話まですべてをそろえているらしい。そのコーナーの中にお気に入りの漫画があったのだ。まさかラッキースケベ系の冒険ものの漫画を、ここの卒業生が描いているとは思わなかった。ストレスなく読めるこの漫画を、いつも疲れていそうな朝永には頭空っぽにして読んでほしい。
そしてやっと最近気がついたのだが、通り過ぎる1年のアルファの数名が朝永と出会うと小さくお辞儀をしていくのだ。気にし始めたら分かるものだが、俺は一体どんな人の隣にいたのだとちょっと怖くなった。ちらりと横を見上げれば、柔らかい笑顔をむけてくれる。何も聞くなと脅されているように感じるのは気のせいだろうか。
「朝永くーん」
アルファ側の棟から弟くんである永匡くんが手を振りながら、友人らしき生徒とやってきた。いつまでも弟くんと呼んでいたらさっきの朝永のように柔らかい笑顔で「俺の名前は『弟』ではないのですよ」と言われ、これまた黙って従えというものが含まれているように思えて素直に名前を呼ぶことにした。
「先輩、こんにちはー」
「こんにちは」
「朝永くんさー何回も電話したんだけど。部屋に置いてきてるの?」
「ああ、図書館にいたからサイレントにしていたんだ」
制服のポケットからスマホを取り出して朝永は設定を変更していた。そして家のことなのか2人にしか分からないことを話し始めたのでスッと視線をずらし、永匡くんの少し後ろにいた友人を盗み見た。が、向こうはどうやら俺を見ていたようでバッチリ視線が合う。なんだか気まずくて愛想笑いを浮かべた。向こうはじっと見つめながらも頭を少しだけ下げてくれた。
そしてその真っ直ぐだった視線が俺の胸元へ移った。ネームプレートを見ているのか。
俺はベータの平均身長くらいあるから他のオメガよりも背は高い方だが、体の線がアルファとは全然違うし、なにより首輪持ちだ。
ということは俺の学年でも確認しているのか。俺も確認してみるが、やはりぴかぴかの制服の証拠にこの人は1年アルファだった。飛鳥 寿と書いてある。めでたい名前だ。永匡くんと仲良しなんだろうか。
「……先輩、綺麗ですね」
この1年は真面目な顔で何を言うかと思えば。こんな出会いがしらの戯言を本気にしてはいけないだろうと、へらへらと笑って御礼を言おうかなと思っていると、1年からにゅっと手が伸びて俺の頭に乗せられた。
目の前の1年は朝永や永匡くんよりも少し低いくらいか。古渓のように鳥肌の立つような嫌悪感はしなかったが、年下の男にやられるのはちょっと腹がもやっとした。
やんわりと手を外させようとすると、横にいた朝永に力強く肩を抱き寄せられて1年の手を小気味のいい音を立てて払いのけてくれた。
「ああ、ありがとう。自分が褒められたように嬉しいよ」
それまで話に夢中だった北原兄弟は話をやめ、俺たちの間に入ってくれた。永匡くんは呆れた顔で友人を見ていて。
人前で朝永の腕の中にいるのが恥ずかしくてこっそり抜け出そうとするが、それを察知した朝永はさらに俺を引き寄せて正面から抱き合う形で閉じ込めた。永匡くん達を背にしているため、顔を見られなくなって良かったが、恥ずかしいことには変わりない。地味に抵抗をするが朝永の力の前には俺の力など無力のため、抵抗をやめた。
「北原さんともう付き合ってるんですか」
「そう。残念だね」
ええっ!
付き合ってるって言ってくれた!
最近朝永の言葉に驚いてばかりだ。
しかもはじめて聞いたのにそのセリフ、俺にじゃないとか……。いや、まあ言葉はなくてもどう考えても付き合っているようなもんだったからいいけど。
「早い者勝ちとか、やっぱりずるいですよね」
「どのあたりが?」
俺でも分かる。この不穏な空気。
朝永とこの1年のやり取りが決していいものではないということに。
だいたい、朝永に正面きってこんなことを言ってきた生徒は古渓しか見たことがなかった。新鮮と言えば新鮮。
「ここに入った時点で、年上のオメガは残り物しかないってことじゃないですか」
「おい、飛鳥」
「その思考が本音ならお前は誰とも番えない。お前のいう残り物、という人たちすらお前を選ばない」
「ああ、奪えってことですか?」
「飛鳥! 朝永くん怒らせると怖いんだからやめてくれ。朝永くんも先輩もごめんね。ほら行くぞ」
2人離れていくのが足音で分かった。そして後方から「14番さん、俺もその本が好きです」と捨てセリフのようなものが。
右手に持つこの本、これは朝永に薦められた本であって、決して俺が選んだものではないけれど……。朝永と趣味が合うということだろうか。
1年が去ってからも俺を強く抱きしめていた朝永を、顔をずらして見あげた。
「朝永と趣味合ってるっぽくない?」
俺の言葉に朝永は無言で眉を寄せた。そして深い息を吐いた。
その日の夕食は食堂前で永匡くんに待ち伏せをされていた。一瞬あの友人と一緒なのではと勘ぐってしまったが、彼は部屋で軟禁しているという。アルファ同士はそんなことが可能なのか。恐ろしい。それを素直に口を出してみれば、
「いいえー。お仕置きとして首輪をさせて頑丈なチェーンでトイレのドアに繋いでいるだけです。鍵は俺が持っているので俺が帰るまでは大人くしてるというだけです」
と、もっと物騒な言葉が返ってきた。
頑丈なチェーンでトイレのドアに繋ぐ、ということが今一つ想像出来なくて聞き返しそうになったが、これは聞かない方がいいやつだ。冷静を保ちつつ「ふーん」と流すことにした。
アルファに厳しいという朝永もこんなことをしていたりするんだろうか。古渓だって3年アルファに酷いことをしていたし、アルファ同士はこの学園にて無秩序のようだ。
そうなると辛い発情期があるオメガだけど、アルファでなくて良かったと思えてくる不思議。アルファ同士の世界は知らなくてよさそうな世界、という認識で過ごすことにした。
軽く頭がショートしていたが、朝永を見つけて体の緊張が抜けた。朝永も永匡くんに呼び出されたと、椋地と共にご飯を食べるところだった。
「先輩今日はごめんなさい。俺のおごりなんで好きなの選んでください、お二人とも」
「別にいいのに」
「俺が勝手にすっきりしたいだけだから、お願い、先輩」
「んー、じゃあありがたく。天ぷらうどんで」
「俺もいいのー? えーラッキー。何があったか分かんないけど、俺カツ重」
申し訳なさそうに手を合わせた永匡くんは、俺と継直の注文を聞いてカウンターへ向かった。俺も朝永の元へと足を進めた。
「早いね、朝永」
「永匡が煩いから」
「何かあったのか?」
継直に問われ、うーんと考え込んでしまう。
不穏であったけど、実際何かされたかと言えばそんなこともない。
「永匡くんの友人だと思う人にからかわれた感じ、かな」
「ふーん。お前ってほんとモテるね」
「いや、もててはないと思うけど」
「北原も大変そうだけど、お前も大変だな」
継直のなんてことない言葉だったが、俺も朝永も返事をせずに水を口にした。
微妙な空気の中、継直と朝永がいつも通りポツポツ会話をし、そうこうしているうちに永匡くんが二つのお膳をもってやってきた。そして俺の天ぷらうどんにはジュースらしきものもあって、席についた永匡くんはそれだけを手にした。ご飯は食べないのか。
「俺が謝ることでもないけどさ、あいつの言うこともまぁ分かるんですよ」
両手でグラスを回し、カラカラと涼しい音を立ててから飲むのかと思いきや、永匡くんはグラスを置いた。
「今年のオメガクラスの人たち、13人しかいないしさ、それもみんなちっちゃくてかわいい系で。下手したら女の子にも見えちゃうような」
「いーじゃん、別に。小さくて可愛いの」
継直自身、小さくて可愛い系なので否定された感じでもなったのだろうか、反論していた。でも俺も継直に同意であるためウンウンと頷いた。
「もともと女よりも男に興味あるアルファって、先輩みたいな人の方がタイプらしいんです」
「えぇー、でも俺そんなムキムキでもないけど」
「ムキムキだったらまた違う趣向のアルファが食いつきそうですけど。まぁ、アルファよりもちょっと線が細めで美人なタイプとか、ね。好きなやつ多いですよ、意外と。さらに先輩ってものすごく美人、ってわけでもなく、雰囲気柔らかいじゃないですか。3年のオメガは頭おかしいの多いし」
「うーん、ありがとう?」
「だからアイツの気持ちも分からんでもないかなって」
「お前何が言いたいの」
ここまで黙っていた朝永だったが、煮付けた魚の骨を綺麗に外しながら口を開いた。それもとても低くて冷たいもので。
「うん、だから許してね?」
さっきまでの話は俺にしていたが、今度は俺ではなく、朝永に向かって許しを請うていた。兄とはそれほど怖いものなのか。あまり想像つかないが、朝永もちゃんとお兄さんとしての威厳を永匡くんにむけていたのだなと1人納得した。
「何でそれをお前が言うんだ」
「だって本人連れてきたら朝永くん殴りそうじゃん」
「そんなに簡単に人を殴るか」
兄弟のやりとりに、継直はカツを頬張りながら俺に肘打ちしてきた。
仲裁を望んでいるのだろうか。いや、ムリだろ。兄弟というものを知らない俺はこういったやり取りの間には入っていけない。怖くて無理。そもそも言い合い自体がなれていない。
両親のケンカですら母親が一方的に父に小言を向けているだけだった。そう、父はあとでこっそり俺に言ったのだ、「過ぎない嵐はない」と。
だから相手が何かを言っていたらひたすら耐えるということを眼にしていただけあって、俺には仲裁などというスキルはない。
うどんをつつきながら父母の懐かしの場面を思い起こして逃避をしていると、目の前が静かになった。どうやら兄弟のやりとりは終わったらしい。
ホッとしながら朝永に眼をやると、ご飯もまだ途中なのに箸をおき、頬杖を突いて遠くを見ていた。それはどこも映していないようなぼんやりとしたもので。心ここにあらず、というのがピッタリなような。さっきまでの冷たさもなくなっていた。
「じゃ、と言うことで、またね、先輩達」
顔の前で右手を掲げ永匡くんは帰って行った。ジュースに手をつけることなく。そしてほぼ空気だった椋地は「ご馳走様でした」と手を合わせてから席を立った。継直もガツガツと顔に似合わない食べっぷりを見せ、「じゃ!」と去っていった。みんな俺たちに気を使ってくれているようだった。
「朝永?」
「うん。ごめん」
「……何が?」
「もう俺は手放せないと思う」
だらしなく背中を丸めて頬杖をついたまま、朝永は呟いた。
俺は真っ直ぐ朝永を見る。けれど朝永は遠くを見たままで、その淀んだ視線は俺に向けられることはなかった。
「まだ番じゃないし、俺が結婚できるまでにかなり時間あるけど。これから先、俺も、14番もまだ色々な人と出会うことはあるかもしれないけど、それでも俺はもう他の人は無理なんだと思う」
「うん?」
「イヤだって、言われても、もう離してあげられない」
これは俺と朝永の話でいいのか。それならとても嬉しいことを言われているはずなんだけど、なんで朝永はこんなに暗いんだろう。
「俺ももう朝永じゃないとダメだと思うけど」
「俺は14番がそばにいないって考えると吐きそうになる」
「俺も同じだと思うよ。朝永以外は考えられないなー。朝永にだけだよ、触って欲しいの。俺も朝永だけに触りたいし。ちょっと違うかもしれないけど、古渓さんに触られると鳥肌も吐き気もすごいし。って、食堂で話す内容でもないけど」
思ったことを口にした。これは別に考えることでもなく、自然といつも俺の中にあったもの。
眼を閉じた朝永はお膳を横に押しのけ、そのままテーブルに突っ伏した。
「……抱きたい」
「キスしたい」からグレードアップしている。いやしかし、やっぱり食堂で話すことでもないよね。
顔に熱が集まるのを感じながら、誰も聞いてないだろうがキョロキョロとしてしまった。
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