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2年生編
10
しおりを挟むあのあと、今すぐ申請を出すと言う朝永を止めるのに必死だった。
まだケーキを予約どころか目ぼしいところも選んでいないというのに。1週間待って欲しい、と伝えたらきっかり一週間後の木曜日の夜を申請するといい、そしてなんと申請がその場で通ってしまった。
こんなときばかりあっさりと通ってしまうなんて。もうちょっと時間を貰えばよかったか。
そして椋地もその日はどこかに行かせると言うが、確かに俺が2人でなどと言ってしまったからだが椋地は友達もいなそうだし申し訳なくなる。
そして朝永はなにか盛大な勘違いでもしているのではと怖くなる。
部屋に2人きりと言うことは……という想像はしてしまう気持ちも分かるが、今回に限ってはそんな気はさらさらない。ただ祝いたいし、一緒に過ごしたいだけだ。まぁ、その日になれば朝永も分かってくれるとは思うけど。
*
土日を継直とぼんやりと過ごし、日曜の国民的アニメが始まるころに継直と夕食を食べに食堂へ向かった。
日曜の夜なのに人もまばらで、アルファもそれほどおらず快適空間だった。
たらふく食べた帰り道、明日の朝ごはんでも買うかと言う話しになり、購買へ寄った。
そこではまた奇妙なものが眼に飛び込んだ。
「……わー、また1年が古渓さんに頬を染めている」
「気が知れねーわー!」
購買で雑誌の立ち読みをしている古渓を、入り口にいる2人の1年生オメガがチラチラと気にしていた。
朝永や椋地のようにかっこよくていい人もいるけど、古渓にいたっては、顔がよければなんだっていいと言う思考回路はさっさと捨てたほうが身のため。顔がよければ他はすべて許せる人向けですらないくらい性格が破綻している。でも痛い目に合わないと他人の言葉など入っていかないだろう。俺だってそうなると思うから。痛い目見てこそ学習。
そのうち1年の誰かしら喰われちゃうんじゃないだろうか。この頬の染めようを見ていると、もしかしたら1年達もそれを望んでるかもしれない。
入り口から動かない1年の横を通り過ぎ、古渓に気付かれないよう継直と無言でパンを選んで購入した。そしてさっさと出て行こうとするところを見計らったように笑顔の古渓が「こんばんはー」と声を掛けてきた。
俺たちじゃなくてそこの1年に話しかけたほうが喜ばれるのでは。
「ほら、俺たちじゃなくてそっちに声かけなよ。喜ぶよ」
ああ、継直も同じことを思っていたようだ。いや、誰でも思うことだろう。
「んー、キミ達とおしゃべりしているほうが楽しいんだよね、色々」
「俺達は楽しくありません」
「あはは、そう?」
「もてるって言うのも、あながち嘘じゃなかったんですね」
継直が口角を上げて古渓を見上げるが、古渓は嬉しそうに歯を見せて笑った。
「そう、もてもてでしょ。でもね、簡単になびかれたらそれほど燃えないのよ。俺は選ぶって言ったよね。あまり者のオメガとかいらないし。狩りたい側なの」
「あー、はあ」
「なんだろう、俺をきっと嫌いなんだろうな、って人にそそられる。そういうの見分けるのうまいんだ。本能かな」
継直は気のない返事で1年の前を通り過ぎていき、俺もあとに続いた。そしてなぜか古渓もついて来た。
一年は羨ましそうに俺たちを見るが、今のを聞いていただろうか。そんな赤ら顔で物欲しそうにしていたら古渓には近づけないということだ。
そこでふと2-10を思い出した。今は3-10か。あの人って結構古渓を好きなんじゃないだろうか。いや、あの人は好きとか嫌いとかの次元ではないかもしれない。俺とは違う世界の思考回路を持っているから、だから古渓も相手にしているのかも。さらにアルファに手を出していたのはどういうことなんだろう。謎は深まるばかり。
「じゃあ、去年アルファの人にひどいことしたの……」
ああ、また余計なことをと咄嗟に口を紡いだ。口は災いの元。昔の人はとてもステキな教えを残し、繋いでくれているというのに俺のこの学習能力のなさ。
口元に薄く笑みを乗せてはいるが、決して笑っていない古渓は、ゆっくりと足を進めながらジーッと俺を見下ろしていた。
それはどこにもぶつからず器用に歩き、何か思案するように瞬きもせず。
「……もしかして、トイレからさっさと出て行かなかったの?」
「いや、出ていかなかったっていうか、まだいるときにくしゃみが聞こえたって言うかっ」
「個室を覗いたんだ」
「いや覗いたって言うか、たまたま見えたって言うかっ」
俺は何一つ悪いことをしていないのになんだか勝手に気まずくて、しどろもどろになる。
継直は何のことか分かっていないので眼をまん丸にして俺たちの会話に釘付けだった。俺の挙動不審さにまん丸にしていたかもしれないけど。
「楽しいの見られちゃった」
「楽しい……?」
「あれはちょっと生意気だったから。アルファのくせにやたら色気ばっかり振りまいててさ、アルファを誘惑してくるもんだからちょっとお仕置き」
ウィンクを投げかけてこられてもスルーできなくて、乾いた笑いが出た。
年上相手に生意気とは……。
その人からしたら古渓の方がよっぽど生意気なのでは。
古渓が相手なら年なんて関係ないのだ。年上だろうか下だろうが気に入らなければお仕置きされるのだろう。しかもアルファ同士なら特に罰則はないらしい。やりたい放題ではないか。
ふっと目元が暗くなったと思ったら古渓の手が俺の頭に乗せられた。そして撫でられると同時に腕に鳥肌が一気に立った。
小気味よい音を立てて古渓の手を叩き払うが、古渓は楽しそうに眼を弧にしていた。
久しぶりに触られたが、やっぱりこの人に触られると拒否反応が強い。気持ち悪くなる。
腕を力強く抱きしめて呼吸を整えるが、貧血のように頭がくらくらしてきた。
「ああ、いいよね。俺に敏感すぎてそうやって逆毛立ててる感じも。俺の少しの悪意も簡単に察知してくれる。俺が抑制剤飲んでなかったら俺の悪意で死ぬんじゃない。なんで北原なんだろうね、お前。趣味悪」
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないみたいだね。じゃあまたね」
古渓が離れて、ようやく酸素が体に入ってくる実感がした。「あー……」と声を出しながら腕を擦る。
「お前って本当に古渓さんに触られるとダメだよな」
「うん、……なんでだろ。悪意って簡単に操作できんの……? 悪意ってなんだ……?」
「からかわれてんだよ。単に合わないだけだろ、気にすんな。それよりも俺、古渓さんに薬貰ってくるわ。一人で帰れる?」
「ぇえっ!?」
「飲むって言っただろ」
「いや、ちょっと!」
「先輩に夏休みが一番のオススメって言われているから、そのとき用に」
「だからってっ」
ゴメンな、と顔の前に手を合わせながら、継直は去って行った古渓を追った。古渓はすでにすぐそこの曲がり角を過ぎていて、継直の姿もあっという間に消えてしまった。
しばらくポカーンとしていると、継直の「はぁー?」と言う大声が聞こえてきた。気になるが行く気にもなれず、いつの間にか落としていたパンの袋を拾ってからとぼとぼと部屋へと足を進めた。
何かあったら来るだろうと思っていたが、継直から連絡はなかった。俺も疲れていたから風呂に入ってすぐに横になった。どういうわけか、古渓に触られると具合が悪くなる。朝永はもちろん、椋地も弟君の時も大丈夫だったのに。俺の心因的なもんだのだろうか。とにかく自分からは近寄らないようにしなければ。
本当はまだ決めきれていないケーキを注文する予定だったが、スマホのライトを見るのも億劫で寝ることにした。その代わり、朝早く起きて注文することにして。
継直に言わせれば、寝るのが仕事だという俺。やはりそうかもしれない。朝早く起きるつもりがいつものアラームでしか目覚めることが出来なかった。
まだ時間はあるからいいかとのん気に始業前に、椅子を後ろに傾けながら目星をつけていたケーキを注文した。
継直はギリギリの時間にきて「あとでちょっと話きいてくれ!」となにやら憤慨していた。古渓絡みだろうか。どうやら自分の中で消化し切れないらしく、俺に話すのも遅くなったようだ。
1限も終わり、継直はやはり鼻息荒くまくし立てた。しかしながら勢いとは逆にひそひそ声で。
「あの薬が欲しいって言ったら『キミの大事なあの平凡な番から貰いなよ』って。そこまでは良かったけど、いや、良くないけど『あんな人と番契約しちゃうキミ単体に微塵も興味がなくなったからあげるものはなにもないかな』だと~っ。腹立つわーあ」
「でも、古渓に絡まれないのはいいことなんじゃない」
俺としては朝永も悪い薬じゃないと言いつつ、本当にそれなのかは不明だし、古渓の薬なんて飲んで欲しくないからホッとしていた。
「俺単体に興味ないってことはお前とセットだと絡んでくんだろうよ」
「え、えー……」
「どのみちお前は単体でも絡まれるだろうけど。ご愁傷さん」
「……」
昨日の疲れがぶり返したように体が重くなる。ついでに頭も。
しかし今週木曜日には朝永と部屋に2人きりになれる。そしてやっと誕生日を祝って肩の荷が降ろせる。
これが終わることだけでも俺の中の焦りが消えてくれるはず。
木曜日は悲しい合同実践の日でもあるが、そのあとのことを楽しみにするしかない。
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