オメガ判定は一億もらって隔離学園へ

梅鉢

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朝永2

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 終業式後すぐに帰省した。

 もともと七月末に一番上の兄の結婚が控えていたことと、その兄が多忙ゆえ、兄の代わりに父の手伝いがあり去年よりも早い帰省となった。夜詩人に別れをいうのも簡単な電話一つで済ませてしまったことが悔やまれる。ちょっと体を触っただけで顔を赤くする夜詩人を見るのはとても癒されるから。

 兄のお相手は今では珍しい女性オメガだ。それもまだ王族が長く続く国の三番目のお姫様ときたものだ。小さい国で世界の主要国でもないが、歴史や伝統のある国。
 ニュースでも大々的に取り組まれていたが、夜詩人はそんなもの興味もないのか話題にもでてこなかった。そもそもテレビをあまり見ていないようだったが。

 某国のお姫様と結婚。傍から聞けばすごいことのように思うが今から二十数年前にその国の五番目の王子だった人物、現国王の弟と母方の伯母が婚姻関係を結んでいるので、その繋がりで幼少の頃から既に出会うことができていた。姫が年頃になって兄にはそれはもうかなりのライバルがいたらしいが、伯母が裏で暗躍してくれたと兄は言っていた。
 兄は本当にお姫様に惚れていたから、心底幸せそうだし、羨ましくあった。

 幸せそうな兄を見ていると俺もついつい夜詩人の声が聞きたくなる。
 家に着いたことでも知らせようか、でもそんなこと知らなくてもいいか。小さなことを考えては躊躇し、気持ち悪い自分に自嘲していると学園寮に残っている一つ上の従兄から連絡が来た。
 普段、学校にいるときは直接コンタクトをとらないようにしている。常々何かあったら連絡くれとだけ言っていて、今まできたことがなかっただけに何があったのか見当もつかず電話に出た。

 そしてその内容に驚いた。まさか夜詩人の名前が三年のアルファクラスの廊下に晒されているなんて。
 たった一時間前にはあの校内にいたというのに。
 俺がいなくなったのを見計らったなと、苛立ちに眉間を寄せた。
 アルファのほとんどが帰省するはずだが、夏休み初日ではまだ校内にはたくさんのアルファがいることだろう。
 もうほぼ出回っていると思ってもいいかもしれない。
 従兄も帰省予定だったが、この夏休みは俺が戻るまでその場にとどまってもらうようにし、また何かあったらすぐに連絡してくれと頼んだ。

 急いで秘書に電話をした。この人物は将来的に俺の秘書になるべく今は父の秘書の元で働いている人だ。兄がどこかから拾ってきた人で、やたら仕事が出来る人だった。既に兄には有能な秘書がいたので、今は私的なことでも俺のためだけに動いてくれる人として育てている。

「薮内です」
「俺のオメガの名前が校内で晒されました。すぐに羽衣一家の身辺を注意してください。小さなことでも逐一連絡をください。簡単なメッセージだけでいいので」
「羽衣夜詩人様御一家ですね。かしこまりました」
「俺は何も出来ませんが、よろしくお願いします」

 俺が夜詩人を気に入っていることは全アルファ生徒が知っていることだろう。だが夜詩人が欲しいと言うより、俺を嗤いたい奴らはこのチャンスを逃すものかと躍起になるはず。

 しかし、夜詩人の父親は北原とそう遠くない関連会社の地方支社にいたため、もっと目が届くところへと、先月本社へ異動をさせた。俺は直接関われないが、本社であれば北原に関係する人間が多くいる。
 夜詩人の母親も仕事をやめて父親と共に社宅にいる。社宅は北原が用意したもので、一応玄関先と家の周辺に監視カメラがこっそりと仕掛けてある。
 新しい土地でなれていないためか、最新の報告ではまだ誰とも関わりをもってはいないようだった。

 他のアルファは夜詩人の個人情報から探らねばならないため、俺のほうが有利ではある。もうすべての情報を握り、そして囲ってもいるのだから。
 あとは外敵から守るだけ。俺自身が直接守るわけでもないし、殆どが情報戦になるだろうから多少の不安はあるが、薮内はうまくやってくれるだろう。念のため、父と父の秘書にも連絡した。もしもの場合に備えて。

 そしてその夕方から数日間、少しずつ薮内からメッセージが届いた。
 まずは本社幹部へ圧力をかけてきたのが数件。圧力がどこなのかも探らせた。そして簡単に探れたものは高が知れているので圧力をかけ返させた。北原の名で。
 家にも勧誘や宅配業者を名乗る不審な人物が数人と、夜詩人の母親の実際の友人を使った手口まであった。数少ない友人ではあったらしいが、その中でも特に金に困っている人物を使ったようだったが、これも未然に防いだとのこと。

 そんなやり取りの中、時々夜詩人とも連絡を取った。
 夜詩人は何も知らないのか、声に変わりはない。
 そのまま寮に残ってもらった従兄からもそれ以降は連絡がなかった。アルファ内ではもう周知されていたが、オメガクラスまでは伝わっていないのか。
 その場にいないため、電話している最中は注意深く夜詩人の雰囲気を探った。
 でも変わりはなかった。

 しかし八月のある日、珍しく夜詩人から連絡がきた。
 その日は昼食後にのんびりと本を読んでいただけだったのですぐにスマホを手にすることができた。
 夜詩人からメッセージが来ることはあっても電話はなかった。珍しい。

 いつものふわふわした口調はどこへやら、暗く沈みこんだ、震える声だった。
 ああ、とうとう知ったのだなと、できるだけ夜詩人が安心できるように話しかけた。
 中々本題に入らなかったが、俺と話しを続けているうちに少しずつ硬さも取れてきて、拙いながらも一生懸命起きた出来事を伝えてくれた。
 寮にいる従兄には夜詩人のことだけを報告するように話しを通していたため、13番や1番のことは初耳だった。



   ****



 中学三年の春、編入扱いでこの大国第二高等学校へと来た。

 同い年は一人だけ。オメガの生徒であった1番だけだった。1番は当時から体格もオメガらしくなく、髪の毛も短く切りそろえていた。ただまだ何も分からない中等部相手に、高等部の奴らはえげつなかった。1番は俺が入ってくるまでの一年間、一人で耐えていたらしい。ニ番目の兄が高等部アルファクラス三年にいたため、兄にも手伝ってもらって1番に本当に害になりそうなアルファからだけ守った。

 別に1番が好きだったわけでもなく、アルファと診断されて、オメガは守るものでもあると兄達に口すっぱく教育されていたからというのが大きかったように思う。特にオメガの姫様に夢中であった長兄の。

 ただ父からはより良い家系のオメガを、と命令されていたのでオメガの個人情報は探れるだけ探った。
 1番も俺や兄には心を開いてくれ、あっさりと名前も教えてくれた。本当にあっさりと。
 1番、佐藤 たいらは調べてみると古くからオメガを何人も輩出させている家系だった。そのお蔭で家は繁栄していた。父からもGOサインが出たが、まったくその気にはなれなかった。

 だいたいの連中はありがたがってオメガと番うことを夢を見ているが、どうしても俺は1番と番いたいとは思えなかった。
 1番からは好意に似たものを感じたが同じものを返せないため少しずつ距離を取った。
 そして1番は初めての発情からまったく発情する気配がなく、ダメオメガ認定されて次第にアルファ達も相手にしなくなっていった。そのため、俺も守る必要もなくなり、自然に離れることが出来た。

 1番には発情期がない。父にもすぐに報告した。
 もちろん子が生せないのは困るので父はあっさりと意見を覆した。
 家柄は悪過ぎなければいい。それよりも健康体であること。を条件に。なんなら在学中に既成事実も作ったっていいとまでになっていた。それを息子に言える父のことは理解できなかった。

 そして校内にいる年上のオメガはクソみたいなアルファに慣れきっているのかどこか擦れたオメガばかりだった。
 本能的に揺れ動くことはあっても気持ちまで揺れることはなくてどうしたものかなと思い悩んでいたときだと思う。夜詩人に出会ったのは。
 うん、今だから思う。俺はきっと悩んでいた。些細なことかもしれないが、好きでもない人の気を引くことが苦痛だと感じていたから。



   ****



「確かに夜詩人が名前を1番に告げてしまったからかもしれないけど、悪いのは1番と実行した誰かなんだから」

 そう、一番悪いのはそれを売った者と買って晒した者。
 そして夜詩人の性格を考えれば、信用した第三者に名前を教えてしまうことだって予想できた。もう少しリスク管理を植え付けておけば良かった俺のミス。さらに夜詩人に嫉妬した可能性も捨てきれない。
 夜詩人には呪文のように「大丈夫」「安心して」と優しく、優しく繰り返した。軟化して行く夜詩人をそのまま俺の言葉で包んで閉じ込めたくなる。

 ただ、なるほど。中々浮上できないのは13番のことでも気に病んでいるのか。
 あとで従兄に13番の名前を聞いてみよう。思わぬところで名前を知ってしまったのだし少し覗いてみるか。もう起きてしまったことは取り消せないけど、夜詩人が少しでも元気になれるようしてみるのもありか。

 あとは1番と晒した者への報復を。
 別に俺自身が動くわけでもないが、どうでもいい奴等のために俺の金が動く。それなりのお礼をしなければ。

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