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朝永4
しおりを挟む学校内の雰囲気は何も変わらないもので、ただ気温だけが下がっていくという中、学園から一歩外に出て行ていくとそこら中に漂うクリスマスムード。一瞬で異空間へと舞い降りた気分を味わえた。街路樹にも建物にも様々なイルミネーションが飾られ、公園の中に特別設置された巨大ツリーの回りではしゃぐ子供たちがとても微笑ましい。
冬休みは一緒に過ごせないと伝えたときの夜詩人は目に見えてがっかりとしたものだったが、メッセージだけはしたいとなんとも健気なことを言ってきた。
寒い逢引場でキスをして、鼻と頬を染める夜詩人を「連れて行きたいなー」と無理なことが頭にカットイン。これからしばらく会えなくなると言うのに邪魔な思考だ。
クリスマスプレゼントをどうしようか考えたが、なんとなく夜詩人は待っていないのではと思えて用意しなかった。一緒にすごせる日がきたら、そのときは全力で考えることにして。
お正月のだらりとしためでたいムードがわずかに残っていた、三学期も少しした頃、三年生が校舎から一斉に消えた。
彼らは、というかこの学園内にいる三年なら殆どがニ学期中に進学先が決まることになっていて、今は部屋の片付けを始める時期に突入していなければならない。
アルファ校舎の廊下にてすれ違う生徒数が減り、バカな顔を見ることも少なくなった。俺はこの学年で本当に良かったと思える。
まだ時々寮ですれ違うが、この人たちの卒業が待ち遠しかった。
目障りだった三年が来なくなってから、面倒くさい先輩がもう一年在学することを忘れていたなと、その人の前を通り過ぎようとした。
「お前、三年のアルファに何かしただろ」
オメガ校舎と違ってアルファ校舎は生徒を甘やかしてくれないため廊下は寒い。早く済む話かどうかは知らないが、腕を掴まれてしまったため、立ち止まることにした。
色素の薄い瞳で見下ろしてくる古渓は、怒気を含んだ口調の割りに、愉しげに口角を上げていた。
「何か、とは」
「俺の収入源が退学したんだけど。まあどのみち卒業間近だったけどな」
「そうですか」
そこで、ああそう言えば、と思い出す。
「お前だろ」
「先に始めたのは先輩方かと」
バカなオメガに唆されて夜詩人達の情報を張り出した実行犯の三年のアルファ達。
兄に情報を渡し、しばらくして兄から「各所に協力してもらって地雷を置いてみた。そのうち発動すると思う。そしたら勝手に落ちていってくれるはず」連絡があったが忘れていた。俺としては兄に主導権を渡した時点で俺の手は離れていたので終わったことになっていた。
古渓に掴まれた腕をスッと引くとすんなりそれは離れた。
「三人の三年が消えた。俺の客はそのうちの一人。一番の得意先だっただけにお前を恨みたいんだよ」
「学びの場で何をしているか分かりませんし聞きませんけど、これを期にまっとうになってください」
「メディアで騒がすほどのことなのかよ。脱税ごときで一人は父親が逮捕間近だ」
「俺がしたんじゃないですけどね。苦情はすぐ上の兄にどうぞ。法治国家にて、法は守って生きたいものですね」
「お前のお兄様、って、あの人か。お前以上にいけ好かない人だったわ」
「それを兄に聞かせたいです。とても喜ぶと思うので」
なるほど。
メディアときたか。となれば週刊誌あたりだろうか。週刊誌なんて俗っぽいもの兄は嫌いだと思っていたけど、使えるものは使うと決めたのか。
これについてはきっとどこかで兄も法に逆らっているとみた。
まぁ、俺には関係ないけれど。
恨みを残し、私怨を次代に持ち越す。そして返り討ち。バカばかりだ。
ではアルファと判明した弟も4月にここへくることになったが、今度は弟になにかしらいくのだろうか。それも困るがまあいい。俺の学年でこれ以上恨みを買わなければ。今のところ学年みんな友好的ではある。世代もあるのだろう。やはりニ個上はろくでもない世代だったってことだ。
鬱憤でも溜まっているように眉を寄せて睨まれても、俺にどうしろというのか。
「用も済んだようなので、失礼します」
「ああ、もう一つ」
まだあるのかと、わざとらしく息を吐く。
一旦背中を見せた俺だったが、古渓に体を向き直した。窓からの明かりがオレンジ色の髪の毛を照らし、整った顔と相まってキラキラと輝いている。ただ立っているだけでどんな人間も寄り付きそうな外見の中身がこれほどまで残念なものとは、根本的に人とは面白いものだと思わざるを得ない。
「お前さー、14番の発情期の時間、すべて買いあさってんの?」
中身はともかくこの外見は賞賛に値するなと思わされるところで現実に戻された。
古渓が夜詩人や13番に入学の当時から気にかけていたのは知っている。
「この先もすべて購入権を予約済みとか気持ち悪っ」
俺を嘲笑うよう言葉を投げてくるが、俺には何も響かないものだ。
夜詩人の発情期に覗き部屋の時間を購入しようとしなければきっと分からない情報。夜詩人を心から欲しいと思っていないだろうに、俺のようにオメガ生徒の確認作業でもしたかったのか。
「言っとくけど、そんなに金をかけるようなオメガじゃなんかじゃねーぞ、あれ。どんだけアイツに金かけてんの。金持っているからってお前、異常だわ」
この異常な学園に溶け込んで好き勝手している異常な人物に異常と言われるとは。
何を言うのだとムッとしたが、ああ、そうか、異常なのは夜詩人への執着か。
確かに自分でも少しずつ重くなっている自覚はある。冷静になると「どうしてここまで」と思わなくもない。
俺の横に夜詩人がいないことは想像できても夜詩人の横に俺がいないのは想像できない。これはどういうわけかは分からないが、夜詩人の横に俺ではない違うアルファがいるのが許せない。考えると胸がギシギシと痛む。
自己中心的な執着だ。俺の横に夜詩人がいてくれなくたって、夜詩人の周りに誰かがいることが許せないなんて。
もう少し大人にならなければいけない。夜詩人を縛り付けて閉じ込めてしてしまいたい衝動が起きる可能性を否定できない。アルファにはよくある話だが自分には関係のない話と性の授業では聞き流していたが、あながち関係なくもなさそうだ。知らぬ間に少しずつ考えが傾倒していってしまうのだろう。不幸にさせるつもりもない。あのふわふわした雰囲気は自由にさせていてこそ感じられるものだと分かっていたのに。反省の繰り返しだ。
考えに一区切りついたところで少しだけ古渓に感謝したくなった。
自分の感情のままに暴走してはいけないな、と。本能にだって逆らわなければならないときがあると口すっぱく教えられているのだ。もっと冷静であれと深く呼吸をした。
「先輩、色々ご忠告ありがとうございました。お蔭で冷静になれました」
「お前のそういうところ、秋朝さんにそっくりで本当に嫌いだわ」
「似ているなんて初めて言われました」
まさか古渓に兄に似ていると言われて驚きもあるが、素直に嬉しかった。
ぺこりと頭を下げ、今度こそ古渓の横を通り過ぎた。
古渓のせいで夜詩人とゆっくりとした時間を過ごしたくなった。逢引場は2人きりになれるが寒い。寒すぎる時期だ。夜になりダメもとで申請してみたら通りそうだったため夜詩人に連絡をすることにした。嬉しい返事はすぐにやってきた。
冷静に、とは思いつつ、夜詩人にちょっかいを出す椋地を見て怒りが湧いてしまってまた反省。冷静ってどうやったらなれるのだ。
生きていく上での永遠のテーマになりそうだ。
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