オメガ判定は一億もらって隔離学園へ

梅鉢

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 幸せ一杯の継直は三年生が卒業しても変わらなかった。
 発情期がなくてもこのクラスで一番早く番契約をし、継直自身それを隠さなかったからか、夏休みから俺達を遠巻きで見ていたやつらは継直に色々な質問を投げていた。羨ましそうにしてるやつや、熱心にメモを取るやつ様々で。8番なんかは2年生に気になる人がいるから参考にしたいと言って、アルファが卒業してしまう前の心構えなどを聞いていた。俺が他に興味ないだけでみんな思っている以上に誰かと仲良しになっていて驚いた。
 もちろん2番のように敵対心しかない奴は近寄ってこない。

「14番は北原くんと何か約束してんの?」

 継直に質問の終わった8番とはそこそこ交流もあったため、窺うようにではあるが、直球で俺に尋ねてくる。が、何も約束がないため「何もないよ」と笑っておいた。本当は約束が欲しいけど、口約束ですら何もないのが事実。

「俺もそれ気になってたー。前にニ人で非常階段のドア開けて外に出て行ったからさー、何かあるとは思いつつ、人のことなんて聞ける雰囲気ないじゃん、ここって」

 余波だ。継直への余波が俺に襲い掛かってくる。
 俺の後ろの席の15番が後ろから身を乗り出していた。
 確かにばれていただろうコト。そして15番の言うように、この学校にて番系の話はどこか言い出しにくい雰囲気があった。陥れたり陥れられたり。夏休みのせいでそんな空気感の中過ごしてきたせいもあると思う。
 それを継直は自分の幸せ披露の為に自分から回りに言っていたが、それまではまるでタブーのようなものでさえあったように思う。まわりも継直へはおめでとうムード一色で、この笑顔だって本物だと思う。継直への素直なお祝いをしている。
 だからって俺は自分のことをあまり言いたくない。朝永はもてるし、確約的なものは何もないのだから。めでたいものなど何一つない。

「でも、俺達は本当に何もないんだ……」

 口元に少しだけ笑みを乗せ、沈んだ様子を見せれば、それ以上周りは何も言ってこなかった。
 言いにくい雰囲気を出しておけばこれからも何も言われないだろう。
 だって、本当に何もない。


 とは言うものの、朝永は俺が好きだ。それほど気持ちを簡単に言葉で表さない朝永だが、その行動を見たり感じたりすれば鈍い俺でもさすがに分かる。確かなものがなくてこの気持ちを信用できないわけじゃないけど、継直の目に見える形のものを見てしまったらどうでもいい卑屈なものがじわりと染み出してきてしまった。

「あー、寒い。ここは寒い。夜詩人、もっとくっついてよ」
「これ以上どうやってくっつけと」
「もっとぎゅー」
「してるよ」

 冷たいコンクリの壁に寄りかかる朝永に跨り、正面から朝永を抱きしめている最中。寒くてパーカーのフードを被っていたが「首が見えない」との理由でフード脱がされた。
 そして見えた途端にべろべろ舐めてくるから、濡れたそばから外気に晒されるとかなり寒い。

「冷たいよ、朝永。舐めないでほしい」
「じゃー匂いだけ」

 まだ風呂に入ってないからあまりオススメしないけど、風呂前の匂いが好きらしい朝永は首筋にぴったりと鼻と唇をつけて深く呼吸を繰り返す。くすぐったさも慣れない。

「そうだ、聞きたいことあったんだ」
「ん、何でも聞いて。夜詩人のことはなんでも教えて」
「前にさ、古渓さんがオメガが発情出来る薬もっててさ」
「んー。なぜそうなったかの始まりから教えてくれる? どんな流れからそんな話になったの?」

 俺から顔を離した朝永は、全然笑っていない笑顔で見上げてきた。眼が据わってる……。

「なんでそうなったんだっけな……。ちょっと曖昧だけど、13番に発情期がないならこれ使いなよ、ってちゃんとパッケージに入れられた薬を出してきたんだ。その辺で買う風邪薬とかみたいにシート状のやつ」
「そこに夜詩人もいたんだね」
「うん、食堂で13番とご飯食べてるときだった。薬を渡されて、古渓さんはいっさいご飯に手をつけないで帰って行ったけど」
「で、薬はどうしたの」
「13番が捨てたんだ。俺も古渓さんからもらったものなんて何一つ信用できないからそこまでは良かったんだけど。でも発情期がないことをとっても気にしていたから、先輩に相談したみたいで、先輩がそれは大丈夫な薬だからって飲むことにしたみたいなんだよ」
「ふうん」
「先輩が言うからって、古渓の妖しい薬を飲むことに俺はかなり抵抗あってさ、でも13番はもう先輩の言うことならなんでも聞いちゃう感じなんだ」
「へえ」

 まったく興味のなさそうに相槌を打つ朝永。
 確かに人のことだけど、ちょっと聞いて欲しかったのに。
 ムッとしていると、朝永は「ブッ」と変な音を立てて噴き出した。
 この人、本当に時々失礼だな……。

「ああ、ごめん。怒った夜詩人って本当にかわいいんだよ。でも笑ってごめんね」
「……別にいいけど」
「じゃあさ、その薬って錠剤? カプセル? 粉? シートだから粉ではないか」
「カプセルだった。緑色の。シートの色は金で」
「シートに多分薬名が書いてあったと思うけど覚えてる?」
「いや、俺は近くで見てないから分かんない。朝永は分かるの?」

 思い出すように視線を上にやり、朝永は「うーん」と唸った。

「多分だけど、何年か前に和露製薬が不妊治療用に開発したホルモン剤が緑色のカプセルじゃなかったかなって。オメガ用のホルモン剤。認可されているし、流通もしているよ」
「えっ、じゃあちゃんとしたやつなんだ!? 代々オメガに伝わる発情促進剤みたいなこと言ってたからてっきり変なものだと思った」
「実物見てないから俺も自信はないよ。代々伝わる違法なものなんてこの学校で隠しきるのは厳しいと思うけどね。古渓にからかわれたんじゃないかな」

 まさか古渓が普通のものを出してくるなんて思いもよらなかった。
 驚きに眼を見開いていると朝永は穏やかな顔をして耳を触ってきた。「冷たいね」なんて。いや、そんなことどうでもいいから続き。
 耳をぐにぐに弄る朝永の手をやんわりと外し、また腰に戻させた。

「じゃあ13番が飲んでも大丈夫ってこと?」
「大丈夫なんじゃない? 成分を調べたことはないけど多少の副作用はどの薬にもあるからね。ただ、ホルモンバランスが落ち着かない思春期の間はオメガに服薬はいっさいさせないってことが学校の信条だ。発情が早かろうが遅かろうが、重かろうが軽かろうが自然に任せる、大昔からのやり方を貫いている学校なんだ。だからそれには叛くことにはなると思うよ。罰則はないけど」
「あー、……なるほど」
「昔は自然に任せてもよかったと思うけど、今の時代はメンタル的なことも体のことも考えるとそれぞれ負担は少なくしたほうがいいと思うけどね。発情が重ければ軽いほうが本人には良いと思うし。自分だけ発情がないことが精神的にキツイのは想像できるしね」
「うん、そうだよね」

 話を聞く限り、確かに多少の副作用はどの薬にも注意書きされている。あのホルモン剤だってなんらかの副作用があったとしても特別な害はなさそうだ。俺としては違法な快楽特化の依存的薬物なものを想像していただけにホッとした。

「13番の先輩が薬をすすめているのは、きっと13番のメンタルを考えてのことなのかもしれないしね。勿論俺の憶測だけれど」
「あー……」

 そう言えば、発情期が来ないことを悩んで保健室で吐いたときに先輩と出会っていたんだ。継直の辛さは俺には計り知れないものなのだろう。継直もあの性格であるから、先輩に相談したのかもしれない。確かに朝永の言うことも考えられる。

 朝永はなんでも知っている。朝永と話をすると本当に落ち着く。
 どんな不安があっても朝永と話をしていると大丈夫って思えてくるから不思議。あまりよくない俺の頭でもちゃんと分かるように説明してくれる。全部を受け入れてもらえるこの安心感は何ものにもかえられない。
 もう、本当に好きだ。
 朝永の頬にうりうりと頬を擦る。

「あー、好き。朝永がほんと好き」

 耳元で呟けば、少し強引に後ろ髪を引っ張られ、噛み付くようにキスをされた。
 舌先を絡め、上顎を擽られる。鼻から情けなく声が抜けた。
 濡れた唇を甘く噛まれて音を立てて吸われると、頭がくらくらして力が入らなくなる。そうやって朝永に身を委ねていると、サッと肩を掴まれて体を離された。

「やばい。勃ってきた」

 とろりとした瞼をやっとの思いで開けると、照れた笑顔の朝永がいた。


  *


 三月中旬、担任の新堂の授業なんかはまったくやる気がなくて自習ばかりだった。
 この一年弱、俺たち生徒と、このやる気のない新堂との距離はほんの少しだけ縮まった。そう、本当にちょっぴり。
 気安さはいっさい見当たらないけど、何かあったら新堂に話をしには行っていた。俺もそうだ。夏休みには新堂に話をしに行ったのだから。

 一年最後の授業。自習中も暇で、それぞれ適当にしゃべっていても新堂は気にしない。勉強するのもスマホでゲームするのも自由だ。新堂も相変わらずで、日当たりのいい場所にパイプ椅子を持っていき、腕を組んで昼寝だ。
 そんな新堂に今日は継直が「センセー」と声を出して、手を上げていた。しかしきっと聞こえているだろうに、狸寝入りの新堂。継直も負けじと「センセー」と何度も繰り返した。そして深まる注目。
 思い切り眉間に皺を寄せた新堂は、ゆっくりと体を起こした。機嫌の悪さがすごいです。

「自習してろよ」
「センセーって結婚してるんですよね。子供はいるの」

 全員がピタリと動きを止めたような静寂が訪れた。
 なんとなく新堂にたいしてプライベートなことを聞こうと思わなかったし、気安さのない新堂は聞くなという態度でいたから。

「それ答えてお前らになにかあんのか」
「これからの参考に」
「四人だ」

 教室内にザワっとした雰囲気が漂った。
 この冷血漢とも思わせるような新堂に、四人の子供!
 ここ最近で一番の衝撃。この人、これでも四人の親だったのか……。
 俺たちの反応が面白かったのか、新堂は眉を上げて教室内を見回した。

「でもセンセーってまだ三十歳前後だよね。教師ってことは大学も出てるんだろうし……」
「歳は三十一。子供は上三人年子、そこからニ年離れて末っ子。言っておくけど、アルファに家族計画任せてたらいくつ体があっても足りないからな。主導権は握らせるな。出来ないことのほうが多いが、常にアルファを尻に敷け。かかあ天下でいろ」

 なるほど、朝永の兄弟も年が近いのはそういうこともあったりするのだろうか。
 そしてなんだ、あの冷淡な表情から発せられる熱のある声は。新堂の家庭がどうなっているのか分からないが、思い通りにいかないことのほうが多そうだ。そして地味に結婚を失敗しているとでも言いたげだ。
 これは参考になる、とクラス全員真剣に新堂の話を聞き始めた。身近なオメガの先輩の話が聞けるチャンスなんてないし、今は新堂も話をしてくれるようだったから。

「俺が夢見る少年だった頃、教師になりたかったんだ。こんな学校ではなく、中学の体育教師として。でもオメガになって夢は断たれた。が、まあ色々あって番である旦那サマの策りゃ……助けがあって教師にはなれた。単純に、ここのオメガクラスの教師としてね。さらに言っておくけど、別にここの教師になんてなりたくなかったんだ。いい思い出もあるが、悪い思い出も多いからな」

 先生の時代はいったい何があって、番の旦那さんとどんな出会いをしたのだろう。番になるくらいだし、子供が四人もいるくらいだから好きでないと一緒になんていられないと思うんだけど。
 そして「いい思い出も悪い思い出も」って、なんだか分かる気がするな。

「お前らも悪いことも多いだろうが、いいことだって自分から動けば見つかる場合だってあるんだ。自分から選んで考えて行動しろ。周りが動くのを待っていたら悪いことしか起きないからな。後悔するな。時間は戻っちゃ来ない」

 今日の新堂はえらく饒舌。もしかしてこれで俺たちの授業が最後だからサービスでもしてくれているのか。
 この素っ気無さが寂しく思える日が来るなんて。
 しみじみとしながら新堂の話に耳を傾けるクラス全員。きっと俺と同じコトを思っているのかもしれない。

 クラス担任は三年間一緒だということを知らずに、少し泣きそうになりながら新堂の一年生最後の授業を受けた。
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