オメガ判定は一億もらって隔離学園へ

梅鉢

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 始業式も終わり、新堂がやる気無さそうに1番について話をした。
 ただ一言、検査結果でベータが判明したので一般校へ編入した、とだけ。
 俺はすでに知っていたから回りの反応を見ていたが、それほど驚く人もいなくて、目の前の継直の肩も何も揺れなかった。
 あんなことをされたというのに、この反応の無さに少しだけ寂しさを感じた。きっとこんなだから騙されるんだろうな。気を引き締めなければ、とひっそりと息を吐いた。

 夏休みの間、半数以上のアルファの生徒が帰省していたため、始業式の今日はいつになく廊下がザワついている。
 購買にも久しぶりに行ったからか、仲睦まじい上級生のアルファとオメガの二人がいて、なんだかこっちが嬉しくなった。
 本当なら、いがみ合うのではなく、こうやって仲良く出来たらいいと思うけど、そうもいかないのだろう。
 アルファ側もかなり管理されていると朝永は言っていた。オメガがアルファの部屋に入って五分までに申請しなければならないことも俺は知らなかった。アルファ側のシステムらしいが、アルファもアルファできっと色々あるのかもしれない。だからと言って、オメガを陥れるようなことをするなんて許されることではない。
 多分、金をそれなりにつぎ込めば1番と繋がっていた犯人を調べようと思えば調べられるのだろう。調べたからといって何かできるとも思えないからしないけど……。



 食堂では久しぶりのアルファの生徒が大勢いた。と言っても、よく見た顔だったな、程度の認識だけど。
 椋地にも食堂で久々に会った。
 中性的な美人顔のイケメンは、ほんのり焼けていてちょっとだけ男らしく見えた。
 継直は椋地を避けているので朝永と話しに夢中だし、あまっている者同士話をすることにした。

「焼けたね」
「不本意ながら」
「不本意なんだ」
「食材探し、と誘われて行ってみれば海にもぐらされたんだよ」
「あー、うん?」
「漁港に行くとは言われたけど、まあ、騙されたんだ」
「へー」

 いまいち分かっていないけど、適当に相槌を打った。
 別に掘り下げるほどのことでもなさそうだ。椋地もあまり説明する気もなさそうだったし。

「キミは相変わらず真っ白だね」
「今年はどこも行けてないよ。オメガ判定くらってから、どこも行ってない。そもそも帰省も許可されないし。それに発情期を味わったから怖くてそれほど外に行こうという気にもならなくなったかな。三ヶ月に一回くらいとはいうけど」
「そう」

 椋地はここの蕎麦がお気に入りのようで、よく食べている。そして綺麗に麺をすするのを見て、男なのに品をとても感じた。
 焼けて男らしくも見えるんだけど、やっぱり生まれの差なのか。

 俺は今になって夏ばてなのか食欲がなくてサラダだけを食べていたため、誰よりも先に食べ終えてしまった。
 お膳を片付けるついでにお茶を持ってこようとかなとカウンターへ向かった。
 ニ年のオメガの人が一名と、アルファが数名ほどカウンターで料理を待っていた。お茶がある場所まで行こうと、人の隙間を縫って歩くとふいに手首を掴まれた。
 途端、全身に悪寒が走る。
 足の裏から手の先まで、ゾッとした。
 すぐに腕を引いて振りほどこうとするが、強い力はそれを許してくれなかった。振りほどくなんてこと出来ないほどの力で、そして触られた場所から鳥肌が立った。以前に感じたことのある、これは……。

「こ、けいさん」
「久しぶり、有名人。元気だった?」

「よ、し、と」と名前を口パクで俺に伝えてきた。そしてにんまりと人の悪い笑顔を作る。

「すごいよね、お前。ちょっと調べたらすでに北原の手中じゃないか。興が冷めて俺は何もしなかったけど。てことはもっと早い段階でお前らは出来上がっていたってことだろ。馬鹿馬鹿しい。何人かのアルファが北原の返り討ちにあってたよ。気の毒に」

 何を言っているのか分かるようで分からない。朝永の話しとはズレがあった。
 朝永は何もしていないって言っていた。ただ、色々あった13番にはちょっと手を出したとも。13番のことは本当だったから、嘘は言っていないと思うけど。
 でも確かに自信ありげに俺のことは大丈夫、と安心させるように何度も言ってくれていた。
 何もないと確信していたからの言葉だったのだろうか。それほどの自信は、きっと何かしてないと出てこないのでは。

 驚き、考え込む俺に「まさか知らなかったわけじゃないだろ」と古渓が顔を寄せてきた。
 知らない。でも朝永はきっと聞いても教えてくれない。
 そんなことよりも。そんなことよりも、俺は苛立つことがある。

「……お前らアルファ、最低だ」
「なにそれ、俺も北原も含めた話? 俺はお前にも13番にも何もしてないけど? そこまで飢えても困ってもねえよ?」
「でも、お前らみないなアルファが情報を買って晒して、……あんな酷いことまでやれるなんて最低だっ」

 俺が睨んだって全然怖くないだろうけど、それでも睨まずにはいられない。朝永と話をしたって全然すっきり出来なかった。犯人に絶対一言言いたいという気持ちが、古渓に対して表れてしまっている。古渓はきっと犯人じゃない。でもこの人みたいな人が、何の感情もなくあんなひどいことをしているんだと勝手に決め付けてしまっていた。

 古渓は口元を楽しそうに歪め、俺を見下ろしながら鼻で笑った。

「お前は勘違いしているな。オメガを晒すのはいつだってオメガなんだよ。オメガ同士仲良くなって晒すんだよ。アルファに晒されたって言うけど、番相手の目星がつかないアルファほど自分だけの情報にして囲い込むから、誰かに情報を売ったり晒したりなんて勿体ないことはしないね。騒ぎごとが好きなアルファは晒すこともあるらしいけどな。それは稀だな」

 思ってもみなかったことを口にされ、瞠目した。
 オメガを晒すのはいつだってオメガ。
 どういうことだろう。でも、確かに情報を流しただろう人物は同じクラスにいた元オメガ。それを買って晒した人物を、勝手にアルファだと思っていた。

「こんばんは、先輩」

 穏やかな挨拶が、不穏な空気を醸し出す俺と古渓の間を割って入ってきた。
 古渓は口角を上げてその人物を迎えいれた。

「ほんと生意気だわ、お前」
「下級生をあまりイジメないでください」
「下級生ねぇ。お前の態度は下級のものじゃねーだろ。下級なら下級らしくドブの中で息を潜めて生きてろ。年上は無条件で敬え」
「先輩の生活態度全般や人間性が欠片も理解も尊敬もできないので敬うことは生涯ないですね。申し訳無いです」

 ニ人の間にバチバチとした何かが絡み付いているようだった。この間になんて入っていけないが、朝永に関わってほしくなくてシャツを引っ張るが気付かないのか無視をされた。いや、あの物事に敏感そうな朝永が気付かないわけがないから無視はわざとか。
 じゃーどうしたらこの睨み合いは終わるんだ……。

「お前、こいつの遠縁まで把握済みとか、恐ろしいね。というか、一学期ですべてを掌握とか気持ち悪いわ。不気味」
「そこまで調べる先輩もそうとう暇ですね」
「お前よりまともだと思うわ」
「そうかもしれませんね」

 のんびりとした口調の朝永に、古渓は面白く無さそうに、それこそ“しらけた”という表情で大きく息を吐いた。

「別にお前らのことはどうでもいいけど」

 背中を向けた古渓に、やっと呼吸ができた。
 そして気がつけば人でわちゃわちゃしていたカウンターは俺たちを囲うようにぽっかりとした空間が出来ていた。
 ああ、見世物じゃねーぞと言いたくなる気分とはこういうことなのだろう。

「気がつくの遅くなってごめんね。大丈夫?」
「いや、大丈夫」

 新たな疑問が出てきてしまったが、でもどこかすっきりとしている。
 しっかりと朝永を見上げれば、揺れない俺がいたのだろう、朝永もそれ以上何も言ってこなかった。
 席に戻ると継直から痛いほど視線を感じた。古渓に言われた言葉を伝えたくて、継直に俺も意味を含んだ視線を送り返した。
 朝永はしきりに俺を気遣っていたが、それをほどほどに受け流し、四人とも部屋に戻ることにした。
 そして寮の分かれ道に入り、継直とニ人になった。

「なんか言われたの?」
「うん。ちょっとそれについて13番にも聞いてもらいたい」
「うん、分かった。俺も何でもいいから知りたいし」

 その流れで継直の部屋に入り、少しだけ以前のような友人といる安心感が取り戻せた気がした。

「古渓が言ったんだ、オメガを晒すのはいつだってオメガだって。俺はずっとオメガの情報を買うのはアルファだと思っていたけど、違うみたいだった。オメガが買って、オメガが晒すんだって」
「……オメガ同士で、何のために?」
「ん、あれ……?」

 そういえば理由までは聞かなかったな。
 なんでだろう。

「でも、アルファが情報を買った場合は、晒さないで自分だけのものにしてしまうらしいんだ。だから晒すなんて勿体ないことはしないんだって。それを聞いてなるほど、と思ったから。でも、オメガがなんでオメガを晒すんだろう」
「あー、なるほど。アルファが情報を買うと、確かにそうなるのが当たり前に聞こえるな」

 ニ人ともそれほど特記できる能力も頭脳も持ち合わせていないので、うーん、と悩んでも答えは出てこなかった。

「でも、アレだな、晒されてしまった俺たちはこれ以上何か起きることはないんだろうな、きっと。他のオメガは晒される恐怖をずっと持っていればいいわ。この中に俺たちを晒した奴がいると思うとすげー腹立つし、やり返せないのは悔しいけどな」
「そうだね。俺も一発殴りたいかも」
「え、夜詩人が?」
「ん、変?」
「いや、殴れんの? 顔面?」
「んー多分?」
「何で疑問なんだよ。無理だろ」

 声を上げて笑う継直に、何故か赤面してしまった。
 なぜ無理なんだろう。

「まぁ、いいよ。殴るのは俺にやらせろ。厳罰ものでもなんでもいいわ。俺は絶対殴りたい」

 でも、そうか。俺は何もされてないし、継直は実害しかなかったから殴りたいのは継直の方だよな。

「もちろん1番も殴りたいし、ついでに2番も殴りたい」
「え、えー……」
「なんだよ、言うくらいいいだろ。本当に殴るわけじゃなからいいだろ」

 なんとなく気持ちは分かるが、物騒だな。ニ番はこれから三年までずっと一緒じゃないか。
 継直はかわいい顔して好戦的だ。
 オメガって実際こんな感じの人が多いイメージが湧いてきたな。1番も男前の外見もってたけど陰湿だったし、2番も綺麗な顔して性格変だし。

 顔がかわいいから、綺麗だからってそのとおりの心を持っているわけじゃないんだなとやっと学習できたのでは。
 人を簡単に信用してはいけない。
 もう名前を数名に教えてしまっているけど、これからはどんな人にも教えてはいけないんだなと再度誓った。


 次の日の夕食時、朝永に古渓からの話をしてみれば、明らかに呆れた顔をされた。

「……あの出来の悪い先輩はそんなことまで話していたんだ。まあ、オメガはストレス溜まりやすいから。こんな学校だからどうしても歪んでしまうよね。そうじゃなくとも嫉妬や恨みを買いやすいのもオメガ同士、アルファ同士の同属性だし。とくにオメガの生徒の落ちていくさまを見て楽しむ人もいるらしいよ。そう考えると一人のアルファに情報を買われるほうが幸せかもね。だから売る側、買う側の人間性によって晒された人物の状況も変わっていくんじゃないかな」

 ということは1番がとんでもなく性格が歪んでいたということだろうか。
 継直と俺は黙ってその話を聞き、それ以上何も聞けなかった。椋地はただ一人、興味無さそうにお茶を啜っていた。


 そして俺を手中におさめているという話は、朝永とニ人きりのときでもなんとなく出来ずにいた。

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