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しおりを挟む腰の辺りがギシリと痛んで上半身を動かそうとするが、肩もギシギシとした痛みが走った。首も膝も凝り固まったように、少し動かすたびに痛みが生まれた。
重だるい瞼をゆっくりと開ければ、目の前には読めない言語の本の表紙が。
「……何語?」
「ん、起きた?」
本がひょいっと宙に舞い、そこから覗いたのは朝永の顔だった。俺が膝枕していたはずが、いつの間にか立場が逆転していて、俺が見下ろされていた。じゃあこの硬いまくらは朝永の足ってことか。
手をソファについてゆっくり起き上がる。同じ姿勢で寝ていたのか動かすと体が痛い。
「よく寝ていたよ。夜詩人も疲れていたかな」
「……ん、分かんない」
「最近眠れていなかった?」
「……最近……」
「悩んでいたみたいだし、寝ていないんだね」
上半身を起こしたまま、眼を擦る。眼がしょぼくれている。朝永も何か色々話しかけてくるがまったく頭に入ってこなかった。
「……今何時?」
「十五時だよ」
「……おなか減った」
「何か食べる?」
「うん」
朝永がどこかへ行き、ぼーっとする頭で飲みかけていた炭酸を飲む。温くなっているが炭酸の刺激は変わらずで、少しだけ頭を覚醒させてくれた。
十五時。どう考えても寝すぎじゃないか。
でも気持ちよかった。久しぶりに深く深く眠れた。寝た場所がよくないから寝起きは悪いけど。
しばらくソファ上でボーっとしているといい匂いがしてきた。男なら大好きニンニクの匂い。
もしかして朝永の手作りか。
朝永って料理できたのか。いつも椋地に料理を作ってもらっているお坊ちゃまのイメージしかないため、どんなものがでてくるのか怖いような。
そんな期待(?)を裏切るように出てきたのは見るからにおいしそうなペペロンチーノ。
「なにこれおいしそう」
「単品でも食べられる、更に簡単なものしか作れないんだ。味は合うか分からないけど」
なんてことだ、味もおいしかった。色々卒がなくてちょっと腹が立ってきた。俺はお湯を沸かすことしかしたことない。
アレか、オメガは花嫁修行とかしなきゃならないんだろうか。どう考えても産む性の俺が家にいることが多くなるはず。でも料理だけは絶対無理だと思う。でも朝永のためなら頑張れる……だろうか。料理をしたことがないから分からない。
脳内で勝手に繰り広げられる妄想。朝永に聞かれたら死ねる。
おなかも一杯になってソファでゆっくりとする。朝永は俺の肩に頭を乗せ、テレビを見ていた。こんなにのんびりした時間があるなんてここ最近じゃ想像が出来なかった。
テレビでは大食いの人が挑戦を達成したご褒美としてイチゴパフェを貰っているところをみて、ハッと思い出した。
『ご褒美』!
いけない。聞く前に時間が来てしまうところだった。
「朝永さ、『ご褒美』って言ってたけど、なんのご褒美?」
「んー?」
このとぼけ方、言う事に乗り気ではないな。
「気になって眠れないから、教えて」
「さっきまでよく眠っていたけど」
笑われたが、じと目で見てやると諦めたように朝永は眉を下げた。
「んー、ただ13番このことをとても気に病んでいたから、ちょっとだけ手を出してみただけだよ。それを夜詩人の体を対価としたから、今更バツが悪いなって」
「13番のこと、助けてくれたの!?」
ガバッと起き上がって朝永を見るが、肩を外された朝永はずりずりと頭を背もたれに擦りながらゆっくりと落ちていた。
「お姉さんの元彼氏には重い刑になるよういい弁護士をつけさせてもらったし、いい心療内科の先生も紹介したよ。んー、あとはお兄さんの就職を斡旋しただけだよ。前の会社よりも規模は落ちるけどね。申し訳ないけど父親は自業自得の部分も多くて助ける気にはなれなかったな」
「ありがとう!」
「うん、でも13番には言わないでよ。他のオメガと関わる気はもうないから」
「うん」
嬉しくてソファに変な格好で寝転ぶ朝永に抱きついた。
俺が何かをしたわけでも出来たわけでもないけど、少しでも継直に元気を取り戻せればいいなと切に願った。
「朝永ってすごいね、なんでもできるんだね」
「知り合いや親戚が多いんだよ。うちは代々多産な家系だから、俺も五人キョウダイの真ん中だし。従兄も他の家庭よりも多いと思うよ。だからあちこちに親戚もいるし顔が利きやすいんだと思う。でも、以前よりも顔やコネだけで何でも通る世の中ではない、人脈も人望も自分で作れと父から言われているけど、それでもまだ北原のコネは使えるんじゃないかな。人脈広げるためにも多産な家系にしてきたんだけどさ。北原はオメガにそれを求めてきたってことだね。それだけ聞くとオメガに対して酷いな、って思うかもしれないけど、うちの家族みんな伴侶には溺愛っぷり半端ないから。父だっていつもえらそうなこと言うけど、母には激アマだし。息子が気持ち悪くなるくらい」
金持ちアルファの親って非道なイメージあるけど、伴侶に溺愛って、なんかいいな。
そして知り合いや親類が多いと確かにコネなんかも多いのかも。うちはあまり親戚も多くないし、俺自身一人っ子だし、朝永の家は未知の世界だな。
「ん、そういえば、俺だって名前晒されたのに何も来ないのってもしかして朝永が何かしてくれた……? だから自信ありげに俺には何も来ないかもって言った、とか?」
ふと疑問に思ったことを口にしてみた。
体を離し、朝永を見るが表情はいつもの穏やかな笑顔。
「いや、俺は何もしてないよ。俺はその時この学校にいなかったし。そうか、そうなると夜詩人ってアルファの誰からも狙われてないのかな」
「え、そ、そうなのか。嬉しいような悲しいような……」
確かに朝永はすぐに家に帰っていて俺が教えるまであの騒動を知らなかったんだった。
この自意識過剰な思考回路を捨てたい。
恥ずかしくて一気に顔に熱が集まった。おろおろしていると朝永はこれでもかってくらい眩しい笑顔を見せた。
「落ち込まないで、夜詩人は俺に狙われているんだから」
それ一番嬉しいことじゃないかー。
これ以上赤くならないってくらい、赤い顔を朝永に晒していると思う。
時間はあっという間で、門限の二十一時となった。
二十一時すぎに部屋から出たことはなく、どこもかしこもがらんとしていた。二十一時はまだまだ寝る時間でもないけど、みんな当たり前のように門限時間を守っているんだなと感心した。が、そういえばアルファ達はほとんどいないんだったから感心するほどでもなかった。
「あれから13番とは話しは出来たの?」
「……まだ」
「そう。でも、話しはしないといけないね」
「明日、話してみる。朝永から聞いた話は知らないことにして」
「そう。じゃあ、頑張ってね」
「うん、ありがとう」
部屋に到着し、朝永に振り返ると、思っていた以上に朝永は近くにいた。驚いてドアを背にして張り付くが、そんな俺に朝永は距離を詰めた。
少しだけ高い位置にある朝永の眼は優しく細められ、そしてゆっくりと近づいてきて。
朝永の部屋ではぐちゃぐちゃのキスをしたというのに、今は触れるだけのキスで心臓が煩かった。
*
翌朝、昨日の浮ついた気分が嘘のように頭が重い。これから継直に連絡を取らなければならないと思った瞬間から重たくなった。我ながらなんて奴だと思う。一瞬どころか、何時間も幸せな気分になれたというのに。
嫌なことは避けたいと思う気持ちは誰でも持ち合わせているだろうけど、本当、これは避けたいけど避けてはいけないことだ。
継直に話しをしたいとメッセージを送る。すぐに返事は来た。
“俺も話がある。いつでもいいから部屋に来て”
と。
意を決し、継直の部屋に向かった。
そこには少し見ないだけだったのにやつれた継直がいた。俺の頭がそう見せているのかもしれない。継直は俺とは視線を合わせずに無言だが、顎で部屋に促してくれた。こんな態度でも俺と会ってくれていることがありがたく思う。
「あの、継直……」
「夜詩人の言いたいことはなんとなく分かる。だから俺に先言わせて」
「あ、うん」
掌で制され、黙った。俺の言いたいこと。まぁ、分かるだろうとは思うけど。
俺は何を言われるか分からなくて、床についていた傷の筋を辿っていた。
「俺が教えたんだ。フルネーム。夜詩人は俺の名前だけだろ。あの時、藤吾から夜詩人にメッセージ来ただろ、1番の名前を俺にも教えてくれって」
俺が1番にうっかり名前を教えてしまって、1番は用事があるからと出て行った後のことだ。
うんうんと頷いて、今度はしっかりと継直を見た。継直の視線はぼんやりと宙をさ迷っているようだった。
「後で電話きて、1番も名前を言ってくれたから苗字も伝えたんだ。確かに夜詩人が教えなかったら……と思う部分は大きいけど、でも俺も教えようと思っていたからね、1番には。それでも……。いや、……夜詩人は結局、家族に何かあったのか?」
ゆっくりとこちらを見やり、さ迷っていた視線が鋭いものとなって俺に刺さった。その視線が今ままで継直から感じたことがないほどに尖っていて言葉が出てこれなかった。継直が聞きたいだろう言葉を言ってあげられない。俺には何も起こっていないから。
「あ……」
「何かあったのか、って聞いているんだけど」
「……何も……ないよ……」
これからドカンとあるかもしれない、とは新堂は言っていたが朝永はない可能性だってあると言った。俺も、今はもう朝永の言うとおりなんじゃないかと思っている。
「本当はお前が晒したんじゃないのか? 何で俺だけなんだ。ああ、ダメだ。せっかく自分の中で消化しようと、消化できたと思ったのにまた腹だがってきた。完全に八つ当たりだと思うよ、でもお前のせいにしたくなるんだよ! ……完全に不信感しかない……」
両手で顔を覆ってしまった継直に、かける言葉が見つからない。でも、ずっと言いたかったことはある。
きっと継直が望んでいる言葉でもないし、聞きたくもないかもしれないけど。そして俺はただ自分がかわいいだけだとしても。
「ごめん、……ごめん、継直」
「ああ、いいよ。謝られるとまた怒り湧きそうだから。俺だって自分で教えたんだし。教えるつもりだってあったんだ」
「でも、ごめん、もう、絶対誰にも言わない」
「そうしてくれ。俺ももう後悔しているんだよ。夜詩人みたいに前例を作ったから他も大丈夫だと思ったのは確かだし。もう俺も誰にも教えない」
「うん、俺も」
しばらく黙っていた継直だったが、「はー、なんとなくすっきりはしたかな」と、両手を上に上げて伸びをした。これだけでスッキリしたとは思えないけど継直なりに終わりにしたいのではと感じた。
そう思ってくれているのなら有り難い。それに謝ることが出来て俺はほっとしている。
やっぱり継直は俺よりもあっさりとしていてとても強い。素直に俺に言いたいことをぶつけてくれ、そして自分でも消化しようとしてくれていた。いい奴だ。1番のようにいい顔しながらも、腹の中で何を考えているか分からない人よりもずっといい。
やっぱりまだ気まずいけど、それでも継直の雰囲気が俺を受け入れてくれていた。鋭かったものもどこか丸みを帯びたような。
「……実はさ、兄ちゃんの仕事先が決まってさ。前の会社の人が兄ちゃんが嵌められて辞めさせられたことも知ってて、でももうどうにもならないから、って結構いい条件で雇ってくれるとこ紹介してくれてさ」
ああ、朝永の言っていたことか。
大げさに頷いて、どこか嬉しさを滲ませながら、でもそれを隠すように継直は自分の家の近況を話してくれた。
「昨日新堂から呼び出しあったんだけど、家の状況を何とかしたいなら、近寄ってくるアルファの中で一番マシな奴を捕まえろって言ってきてさ」
「え」
「どうして俺の家があんなことになったかも聞いたよ。あまりにも頭にきてどのアルファだって絶対いやだ、と思ったときに兄ちゃんや姉ちゃん話があって。だからアルファに頼らなくても大丈夫なのかなって思ったら、ちょっとホッとしたんだ」
「そ、そっか」
「で、夜詩人は本当に何も起こってないのか?」
「う、ん」
「北原に守ってもらったのか?」
「いや、わかんないけど、俺に人気がないのでは……ということなんじゃないかなって思ってる、……けど」
夏休みの間、朝永は寮にいないし、さらに俺は朝永の電話番号等知らないことになっているので、継直への返答もしどろもどろだ。ボロが出ないように返事するのも大変なんだな。
継直は納得してなさそうに「ふーん」と呟いて終わった。
その後も以前のような関係とはちょっと違い、型にぴたっと嵌るようなものではないけれども、それでもすこしだけ穏やかな時間も持てるようになった。それに、近づいてくるアルファを元気に無視できるようになった。
短い一日、長い一日が過ぎて行き、楽しくない夏休みがやっと終わる。
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