オメガ判定は一億もらって隔離学園へ

梅鉢

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 起きたときにいつもと違う違和感はあった。頭が重くて全身だるい。風邪の前症状のような。
 こんな時期に風邪か。今日は食堂はやめて購買でパンでも買って終わろうと支度をした。
 スマホを手に取ると昨日登録した朝永からおはようとメッセージがきていた。
 俺もおはよう、これから売店行ってくると返して部屋を出た。

 靴を履いて歩くとダルさが倍になった。いつものスニーカーなのに鉛でも埋め込まれているかのように重く、廊下を歩くのが億劫だ。それに売店に近づくにつれて思考も停止し始めた。
 それでもパンを買うんだ、とそれだけしか考えられず足を進めた。

「14番!」

 後ろから結構な大声で呼ばれた。14番。今は馴染みがあるくせに、俺はそんな名ではないとどこかで指令があり振り向かなかった。

「14番!」

 後ろから勢いよく手首を取られ、勢いのまま尻餅をついた。いつもだったら倒れることもないことだったが、どういうわけか足にも腰にも力が入らなくなっていた。

「匂い漏れてる!」

 焦ったように左腕で鼻と口を塞ぐようにした朝永が、眉間にこれでもかと皺を寄せて俺を見下ろしていた。
 いつも見下ろされているけど、今日はどうしたのだろう。
 俺の手首をつかんだ手が震えていて、やっぱり今日の朝永は変だと思った。

「なんでこんな状態で出てきているんだ!」

 反応のない俺に、朝永は急いで自分の紺色のカーディガンを脱ぎ始め、そして俺の首から頭をグルグル巻きにした。息ができるくらいの穴を残して。
 じくじくとしか分からなかった体の異変は、朝永の匂いが染み付いた服によって一気に覚醒した。

「あ、あ、ともなが……」
「急ぐから、少し我慢して」

 床から浮上する感覚にまた、頭が揺らされる。抱っこされ、朝永の匂いが近くなった。今までこんなの感じたこともなかった匂いなのに、どういうわけか今日はこの匂いにすがりつきたくなる。朝永の首に腕を巻きつけて頬ずりをするととっても気分が高揚して幸せになった。
 触られてた体は熱いし疼くし大変だったが、頭の中が妙に幸せ。
 朝永が近くて幸せだった。

「……俺が我慢できねーわ!」

 大きな声で何かを言い、朝永は走りながらどこかへ向かった。
 ぎゅっとされている間、本当に心地よくて溶けそうだった。

「椋地! 部屋からでろ!」

 どうやら俺の部屋でもなく、二人の部屋のようだった。
 ニ人の上質のアルファの匂いの染み付いた部屋はもう体を動かすことは出来なくなっていた。
 ただ匂いを感じて陰茎を膨らませては後ろを濡らしてしまうだけだった。
 浅ましく後ろをどうしかしてほしいとしか考えられなくて。

 ラグの上に転がされ、朝永が遠くなる。体が寂しくて朝永を探すが朝永は苦しそうに胸に手を当てていた。あれは俺が悪いのだろうか。
 そして朝永の匂いがする薄がけを遠巻きに掛けられるとそれを手繰り寄せ、命一杯息を吸った。朝永のカーディガンでぐるぐる巻きにされた首周りも、体に掛けられた薄掛けも、朝永の匂いで充満している。吸うたびに体の奥が痺れた。
 確かに先輩オメガの言うとおり、頭の中がバカになりそうだった。

「今日はもう抑制剤は飲んでいたからこれ以上近づかなければ大丈夫。ああ、でも彼はやばそうだ。オメガは普段から服薬させないんだったね。どこで拾ったの?」
「購買前で。すでに匂いが漏れていたから拉致してきた。久しぶりに汗掻いた……」
「大変だったね」
「見つけたのが俺で良かった。先生に連絡しないと。一旦外に出るぞ」

 離れたところでニ人が何かを話していた。しかし朝永の匂いに溺れまくっていたため会話の内容も分からないし言葉としても認識できていなかった。荒くなった自分の呼吸しか聞こえなかったというのもあった。

「アルファ1-1北原です。確認してもらいたいのですが、今部屋にオメガクラスの1-14が――」

 朝永が電話をし始め、ニ人は部屋から出て行った。
 部屋から出る直前に椋地が「ああ、いい匂い」と呟いた一言ももちろん気がつかないでいた。






 気だるい瞼をやっとの思いで持ち上げてみれば、知らない白い天井がそこにあった。
 大きいベッドの上で丸裸の状態で大の字になって眠っていたようだ。首にだけカーディガンが巻きつけてあった。なんとも間抜けな姿。このカーディガンは苦しみ始めたとき朝永が巻いてくれたものか。
 匂いはちょっと薄れていて、臭いのする場所を探してはスーハーと音を立てて嗅いだ。変態っぽいけど。でもこうやって朝永の匂い嗅ぐとやっぱり頭がふわついて気持ちよくなってくる。
 しかし、どうにも記憶が細切れで。どうにもこうにもオナニーしてばかりだった気がする。
 朝永の匂いを感じながら思い起こした。

 ぐるりと部屋を見渡すと大きな時計がドアの上に掲げられていた。日付もついており、どうやら購買に向かったあの朝からまるっと一日が経っていた。まったく記憶がないとは……。恐るべし発情期。発情中はそれほど食事を欲しないし食べなくても大丈夫だとは習ったけど、さすがに意識が戻れば腹が減る。
 まだニ日目に入ったばかりだからか体は重苦しくて全身だるい。ギシギシする関節に顔をしかめ、ベッドに手をついて起き上がると体がとても恥ずかしい惨状だった。
 股間中心に腿や腹、胸と体のあちこちに乾いた精液がこびりついていた。動くたびに皮膚がぱりぱり引きつられる。手もバリバリ。それに臭い。でも馴染んだ臭い。
 シーツにも汚れが。
 どれだけしたんだろう。怖くなる。でも18番は三日間くらい脳内が真っ赤で体がしんどかったといっていたから、俺のこの状態はまだましか。

 部屋の隅に小さな冷蔵庫を発見したので、そこまで這って行き、ゼリー状の補助食を手にした。

 そして飲みながら部屋を見回す。まず目立ったのが壁一面にあった、たたみ一畳分以上もあるような巨大な鏡。全裸の癖に、自分の顔回りだけにカーディガンを巻き付けただけの情けない姿が映っているからなんだか居た堪れない。他にはドアがニつ。玄関と風呂かトイレかな。清潔に感じられる部屋だったからホッとした。
 枕元には“隔離部屋マニュアル”という冊子があった。玄関ドアの横にある備え付けの電話でお手伝いさんとやり取りをして食事などの手配をするらしい。また、監視カメラがベッド脇についているが、それは専門医と看護師の確認用のためだけのものだから安心しろといったものだった。

 風呂に入りたく、ガラス戸のドアを開けると脱衣所だった。そこから風呂場へと向かい、シャワーを浴びた。水を頭から被ると少しスッキリした。
 それだというのに、朝永のカーディガンを見つけてはやっぱり匂いを嗅いでしまってまた中心がむくむくと元気になってしまっていた。尻もしっとりと濡れているのが分かる。洗ったばかりなのに。
 尻の中を弄りたい……どうしようかと迷いながら亀頭を親指でくるくると弄っていると、部屋中にブーッとブザーのような音が流れた。
 ぎくりとして咄嗟に股間を両手で隠す。しかしドアには反応がなく誰も入ってこなかった。

「14番、聞こえるかな」
「え、朝永!?」
「あ、こっちにも聞こえた。そう、朝永です」

 直接聞くよりも少しだけ低い朝永の声。電話で聞いたのと一緒だった。
 どこから声がするのかキョロキョロとしてしまう。そして部屋には俺一人だというのに、妙に恥ずかしくてシーツを引っ張り体を隠した。部屋中に響く声に、なんとなく見られている気になったからだ。
 どうやら馬鹿でかい鏡がついている壁の左隅にある小さいスピーカーから聞こえているようだった。俺からの声はどうやって向こうに届けているのか不明だが、あのスピーカーはこの部屋の音も拾ってくれているのだろうか。

「大丈夫だった?」
「分かんない。これって発情期でいいんだよね? ここが隔離部屋なんだよね?」
「そうだと思うよ。俺は隔離部屋には行ったことも見たこともないから分からないけど。今は隔離部屋へ行った14番と通信したいと申請して、先生に五分だけ許可を貰ったからね。隔離部屋へ通信できる唯一の小さい部屋に、俺も隔離されているよ」
「そっか。てことはやっぱりここが隔離部屋か」
「14番が快適であればいいけど」
「うん、清潔感もあって悪くはないよ。……あの時、朝永が運んでくれたんだね」
「ああ、まあね」
「ごめん」
「いいえ。そこはありがとうでいいよ」
「ありがとう」
「どいたしまして」

 部屋全体に響く、朝永の声。やはり心地いい。
 下腹部を膨らませたままでのん気に話をしている場合でもないが、この声を聞いていると変な気分になってくる。確かにまだ発情ニ日目だ。
 朝永が恋しくてカーディガンを鼻に寄せて大きく息を吸った。

「そういえば。俺のカーディガン持ってる? 探してもなくて」
「あ! え!? あー! えー、……あるみたい、ベッド脇? に、あるよ」
「そう、よかった。お気に入りなんだ」
「あ、えーと、ごめん、結構雑に扱ってたみたいでちょっと劣化がすごいかも……」

 クスクスと笑う声が聞こえて怒ってないことにホッとした。
 そもそも朝永に正直でいたいと言いながら嘘を言ってしまっている。紺色のカーディガンは今も顔回りに巻き付けて絶賛使用中。発情真っ最中にこれでもかと使ったのだろう、毛玉はすごいし白い汚れがあちこちについているしボロボロだ。
 返せといわれても返すに返せないほど……。
 そうか、弁償したらいいか。

「ちょっと返せないくらいだから、弁償させて!」
「いいよ、別に。ただ、14番が持っていてくれたならそれでいい。あげるよ」

 脳内に響く甘い声。
 コレ絶対わざとだ。朝永はきっと楽しんでいるに違いない。うう。
 自然と勃起して痛いくらいの中心に手が伸び、根元からゆっくりと扱き始める。ああ、気持ちいい。
こんなときにどうかと思うが股間を弄る手を止められなかった。頭の中は気持ちよくなりたくて、それだけだった。

「……ともなが」
「なに?」
「ともなが」
「どうしたの? つらくなってきた?」
「なにかしゃべってて……」
「話すだけでいいの? 俺の声がいい?」
「うん」
「あとニ分しか時間ないけど、14番のかわいいところでも言っていこうか?」
「え、なにそれ」

 俺の可愛いところなんてどこだ。自分じゃ分からないし、以前もかわいいと言われたが何も思わなかった。かっこいいと言われれば嬉しいこともあったけど、かわいい……。でも今は朝永の声が聞きたいなんでもいい。
 陰茎を擦る手は早くなっていった。ベッドに倒れこみ、声を漏らさないように必死で我慢した。なんならカーディガンを咥えて気持ちよさに耐えた。

「14番はね、自信がないところがかわいいよ。もっと自信持てばいいのにって思う」

「友達思いなところもかわいいよ。はっきりした性格の13番に好意しかもってないところとか」

「嫌でも挨拶はしなくちゃって思う律儀で真面目なところもかわいかったよ。今はもうからかってくるアルファを無視できているけどね。俺としても心配だったから、無視が出来るならこの先も無視しててほしいかな」

「オメガなことを自覚しきれないでいてどこか無防備なところもかわいいよ。かわいくて放っておけない」

「あと初めての発情でボーっと危機感のないところもかわいかったし、なんなら俺の匂いで一気に発情しちゃうところなんてすごくかわいかった」

 次々に言葉を紡いでいくと朝永。それもなんだかかわいい、かわいいとばかり。本当にかわいいところだけ言っていくつもりのようだった。かわいいと言われてもそれほど気持ちは動かなかったのに、やはり発情期なのか。脳が痺れて、自分はかわいい生き物だと錯覚してしまう。朝永にとってとてもかわいいオメガなのだと。
 先走りがダラダラと流れ、手を濡らす。そして後孔も今ので感じまくっていた。
 左手を伸ばし、後ろに触れる。濡れそぼった窄みは難なく中指一本を飲み込んだ。喘ぎそうになるのを我慢し、フーフーと息を吐いた。
 中に入った指をゆっくりと内壁を擦るように出し入れするとガクガクと足が震えた。
 もっと奥に欲しい。太さも足りない。中をいっぱいにして欲しい。

 腰が淫らに揺れるが指以上の物はなくて必死で前も擦った。

「あとね、匂いね。14番の匂いを初めて嗅がせてもらったけど、あれを間近で与えられたら俺はどうなっちゃうのかな、って考えたよ」

 朝永の声に酔い、ぐちゃぐちゃと音を鳴らしながら激しく後ろを弄った。
 気持ちよくて、声を我慢することで必死だったから音なんて気付かないでいた。
 乱れた水音が朝永に届いていることも分からずに。
 気持ちいい。もうイきそう、出そう。

「ずっと考えていたよ。好きだな、夜詩人の匂い。あの匂いは誰のものになるんだろうね。ねぇ、夜詩人」

 ここでフイに名前を呼ばれて呆気なく達してしまった。体中を痙攣させ、すべてを手の中に出し切った。そして力の入らなくなった腕がゆっくりと落ちていき、尻から指が抜けた。
 痺れるような快感をまだ体の奥に残しまま、胸を上下に動かして息を整えた。

「ああ、もう時間だ。発情期が終わったらまた一緒にご飯を食べよう。じゃあね、夜詩人」

 朝永が言い切り、そこでまたブーッとブザーが鳴った。
 目を閉じて夜詩人と言った朝永の声を脳内で何度も反復した。

 夜詩人、夜詩人。
 今こそこの名前でよかったと思える日はなかったように思う。

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