38 / 44
空と先輩2
しおりを挟むドアも直って、先輩とその友達は俺の傍に来た。
俺は一歩も動くことが出来なくて、先輩をみることも出来なくてただ俯いていた。
「何? 元気ないね、お前」
「いや、……暑くて」
「まーね。でもここ、風気持ちいーな」
会話が途絶えた、と思うことなく先輩の隣にいた人が「二年?」と話しかけてきた。
気まずい思いをしなくてすんでよかったと肩を撫で下ろし、その人をちらりと見て頷いた。
先輩よりも5センチは背の高いその人、見たことある人だった。先輩と同じ集団にいて、時々先輩と二人でいるのを見かけたから。
頻繁に髪型を変えては目立っている人だった。夏休みの間に固めのパーマからボーズにしたらしく涼しそうな頭になっていた。
「キミ、碧と仲良くなんないほうがいいよ。こいつ男もいけるからね」
楽しそうな声。
きっと何気ない一言だろうけれど、今の俺に打撃を与えるには十分だった。
どうやったらこの場から逃げることが出来るのだろう。
足はどうやったら動かせるのだろう。
ジリジリとした太陽の暑さだけが俺の感覚だった。
もし関わりをもつ運命なら、こんな中途半端じゃなくてもっともっと親密な関係がほしかった。
そう、先輩との距離が0の、この喜田って人のように。
この暑いさなか、二人の距離は1mmもない。汗ばんだ腕がぴったりとくっ付いている。
それも先輩のほうから近付いているように見えるのは気のせいだろうか。
それに皆「トーノ」と呼ぶのに、この人は名前で呼んでいた。
しまったはずのものはいつの間にか飛び出していて。
「あのねーこいつはすでに俺にメロメロよ?」
下を向いたら強引に肩を抱かれ、体が強張った。
今度は先輩と俺の距離が0になった。
「うわーマジで? カワイソウにー」
「ばーか。タイスケはMだから俺とぴったりなのー」
「どーせ無理矢理だろー」
「でもネコちゃん素質たっぷりだよ」
「なぁ?」と、緊張で顔を上げられない俺に先輩が覗きながら言う。
メロメロなのは認めるけど、人に言ってほしくなかった。
それにMでもない。この先輩はどこまでも俺のことを考えていないのだろう。
頭にきて乱暴に腕を振りほどけば、驚きながらも笑顔の先輩が目の前に。
俺が何を思っているのか察したのか、喜田さんは「碧クンは人間的に出来も悪いし性格も悪いからあまり本気にしないでね」と言った。
けどそんなのも無視だ。
俺よりも長い間一緒に過ごしてきたのも知ってるし、当然俺より先輩のことを知っているのも分かってる。
でも他人の口から先輩のことを聞くのは面白くなかった。くだらない嫉妬だったけど、どうしようもなかった。
「俺っ、……先輩に好きだって言ったけど、オモチャになるつもりで言ったんじゃない」
興奮のせいで自然と息が上がる。
それが恥ずかしくてゆっくりと呼吸した。
「痛いことされてもいいって、言ったけど、…でも、こう時々会ったときにだけ弄られるようなつもりで言ったんじゃ、ない」
それまで少し困ったような表情だった先輩。
もっと困らせたくて「本気で言ったのに」と言ったら、一瞬だけ苦しそうに、辛そうに顔を歪めた。
俺の本気を知ってほしくて先輩も悩めばいいと思ったけど、その顔を見たら言ってはいけなかったのだろうかと後悔が出てきた。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説


モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。


【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる