痛がる人を見るのが大好きな先輩との話

梅鉢

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嘘と先輩3

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俺が逃げられないようになのか、がっちりと腕を捕まれて連れてこられたのは美術室。
この学校には美術部なんてものはない。だから放課後の今はがら空きで、しかもこの特別室があるこの四棟は放課後じゃなくても滅多に人は来ない。ましてや四棟最上階の四階は、あまった机などを置く物置として使われることの方が多い気がした。
とにかく校舎としてあまり機能していない棟だ。

窓を開けてそこに腰を預ける先輩を目の前に、俺は先輩から一番遠い位置にあるドアに張り付いて土下座して謝ろうか迷っていた。

「俺さー、お前になんかしたぁ?」
「し、しました……」
「あ゙?」
「してませんっ!」
「だよなー」

うっかり本音を言ってしまい、急いで訂正した。
先輩の言動が心臓に悪くて、これは早く機嫌を取って……。って、この人はどうやったら機嫌が直るとか具体的なことが全然思い浮かばない。
だいたいこの間の保健室でしか話をしたことがないし、この先輩のことなんて何も分かってない。
いや、でもそれをいうなら先輩もそうだ。俺のことなんて何も知らないはず。
じゃあなんで先輩は俺を探していたのか。

「俺さ、嘘付かれるの大嫌いなんだよね」

先輩がぼそりと呟いたとてもまともでごもっともな言葉に、俺が謝ろうとしたとき。

「まぁ嘘を付くのは大好きだけどね、俺は」

とてもまともじゃない最悪な言葉が先に出され、なんだか肩透かしを食らった気分だ。
久保とは正反対の人の悪い笑みを浮かべ、少し呆れてしまっている俺を眺めていて。こんなんでもきっと女の子からはかっこいいとか言われるのだろう。性格重視、中身が大事なんて言ったって、どうせそれは見た目がほどよくなきゃダメだったりするし。外見だけでもいいやつは性格悪くてももてるし。
人間はなんて不公平なんだろう。

「あのさー」
「は、はい……」

声をかけられて意識を戻し、顔を上げると俺を見る、まっすぐな瞳が待っていた。
わざとやっているのかは知らないが足音を忍ばせながら一歩、一歩、俺に近付いて来る先輩。
先輩の背からはオレンジ色の光が揺らぎ始めていて。その空の色が先輩にとても合っていて、とても綺麗だと思った。

本当は早くここで土下座でもして終らせればよかった。それで終るかどうかは分からないけど、今、ここで、先輩がまだ俺から離れたところにいる時点で行動を起こせば違っていたのかもしれない。

でも、この部屋全体を染めつくしたオレンジがとても暖かくて。窓から入り込む風が優しくて、空気が澄みきっていて。
先輩は一言も発することなくゆらゆら歩く姿はその光に合わせているかのようで。

こんなときなのに全部が穏やかに見えた。
だから俺は鈍い、どんくさいと言われるのかもしれない。

先輩が机をよけたとき、ちょうど先輩の背に隠れていた太陽が直接俺を射す。オレンジで穏やかな光を出してはいるが、その中心はまだ黄色で眩しい。
顔を伏せ、手のひらでそれを防いだ。

それからすぐだった。あの匂いが近くにきたのは。足音はない。

豪快に笑って、やることだっていちいち極端なのに、音もなく近付いてくるこの先輩が本気で怖くなった。

「どんだけ俺が探したと思ってんだー。だいたい最近の俺は機嫌が悪いんだし」

そんな理不尽な……。

言葉は悪いが、それでも口調はふざけたものに近かったから、今以上に緊張することはなかった。でも、この教室にはじりじりとした緊張感が流れていて、さっきまで俺だけが感じていただろう穏やかさは微塵もない。いや、始めからなかったかもしれないけど……。

「す、すいませ……本当にすいません……」

取り繕うように謝る俺の、光を防いでいた手を払われ。

「それですむと思ってんの?」

また髪の毛を掴まれる。今度は前髪を。

「お、思ってないです……。あ、謝りますから…」
「だから、謝ってすむのかー、って言ってんのー」
「ど、土下座しますから……」
「わ、マジ? 始めてみる。してみてしてみて」
「それで、勘弁してもらえ」
「するする」
「……ほんとう……ですか」
「しつけーな、早くしてみてって」

念を押す俺に先輩は一瞬眉を顰めたけど本当に楽しそうに言うもんだから、ぱっと髪の毛を掴む手を放してくれたから、これで終わりなんだと本気で思った。
わりと簡単に終ってくれることに緊張しきっていた俺の体は力が抜けきって、顔には出さなかったが、先輩から与えられたこの不安と恐怖から開放されることに胸を撫で下ろす。
言葉とは裏腹な、この恐怖でしかない行動から開放されることを、心の底から喜んで。
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