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嘘と先輩1
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これまでに女の子と付き合ったこともあるし(1人だけだけど)、キスだって初めてしたわけじゃない。でも高校に入ってからはご無沙汰だった。それに、まさか男とするとは考えなかった。
色気もクソもないキス。
先輩は俺を馬鹿にしたように爆笑していた。きっと初めてとか思われたのかもしれない。あの時のことを考えるとむかむかしてくるが、でも二度とかかわりを持ちたくないので忘れることにした。俺とは正反対の人種で世界が違う。
金輪際、三年の教室前は通らない。移動は出来るだけ体格のいいやつと共に。保健室に行っても先生がいなければ授業に戻る。いや、簡単に保健室には行かない。
それより簡単に転ばない! これだ!でもきっとこれが一番難しそうだ。
と、こんなことを考えてはみたが、実際先輩はもう忘れてしまっているのかもしれない。そうだ、俺みたいに何も特徴のない男なんてきっと先輩の中から消え去っているのかも。ただのオモチャとして、暇潰しとしての俺だったのかも。
今までそんな目立つような人と絡んだことがなかったから過剰に意識をしていた。滅多にないこと過ぎたから考えすぎた。こういうところがつくづく地味な人種だと再確認する。
きっと廊下ですれ違っても素通りだろう。
名前だって一度しか言ってないし、そう覚えていないだろうし。俺自体とっさに付いた嘘の内容は覚えてないからなんて名前だったのか忘れてしまった。サ、苗字はサナダといったかな。名前はなんだったっけ。自分でもそんな程度だ。あの先輩が覚えているわけないよな。見るからにバカそうだった。
そう考えたら急に心も体も楽になった。それほど能天気じゃないけど、このときは先輩のことなんてすっかり解決してしまっていた。
膝の傷はもうきれいなかさぶたになっていた。
しかし、人間ってものは自分の言ったことは都合よく忘れるが、言われたほうは結構覚えていたりするもんだってことを母親からよく聞かされていたことを思い出すこともしなくて、俺はただいい加減転ぶのを何とかしたいと思っていた。
かさぶたがかゆくなってきた頃のこと。アレからまだそう日にちはたっていない日のことだ。
「あー坂井ー。そういえばさー」
SHR前、隣に座るクラスメイト、雑誌に目を向けたまま俺に話をふってきた。机に頬杖を付いて「んー?」と気のない返事を返す。
「俺らの学年に“サナダ”なんてヤツいねーよなー」
ページを捲りながら言った何気ないクラスメイトの一言に、顎を支えていた手がずるっと滑った。ごくりと生唾を飲み、手を膝に置いて思わず姿勢を正してしまう。
隣のヤツは俺が動揺しているのも気が付かず、まだ雑誌に目を向けたままで。
「……サナダ?」
「なんか一個上の先輩の仲間がサナダってヤツ探してるみたいでさ。サナダなんてやつ聞いたことないし。でも俺さー人の名前とか覚えんの苦手だからさ、お前に聞いてんのよ」
「……一年じゃないの?」
「あ、なるほど。言ってみるわ」
ドク、ドク、ドク、と心臓から血が流れていくのがハッキリ分かる。俺の体がそのリズムで自然と揺れているのも。
聞き間違えたいほどだった。さっきの会話の内容からすると、質問した相手は俺が初めてだったと思う。なんでその質問がピンポイントで俺のところに来るんだろう。あんな目立つ側の人間に嘘まで付いて逃げようとしたのに。けど、目立つ人間だからこそ覚えていないと安心していて。
甘かったのか。俺は考え方も鈍いんだろうか。これが普通だと思っていたけど、違うんだろうか。
あの先輩が俺の存在を覚えていて、そして多分探している。だとしたら、すれ違ったときに捕まってしまう。あんな怪我をしている箇所に蹴りを入れられるような肉食獣に捕まったらきっと俺はボコボコだ。
嘘を付いたことが今になって悔やまれるが、それでもあの時は仕方なかった。パシリに使われたりカモられたりしたくない。いじめられるのもいじめるのもごめんだ。暴力も嫌いだ。痛いのなんて大嫌いだ。
平穏に歩んできた道を崩したくなかった。だからあんな人間目の前にして本名はいえなかった。普通人間の俺にはとてもじゃないけど!
両手を額に当て、項垂れる。
そのとき情けなく発した声に、クラスメイトはやっと俺の異変に気が付いた。
「なんだー? 具合悪いん?」
項垂れたまま、首を横に振った。お前のあの一言が俺を突き落としたんだよと叫びたい。こいつに八つ当たりしたい気分だ。
恨めしいオーラを送ってやるが当然クラスメイトは気付かない。それどころか足元でリズムを取りながら「あ、そだ。今のうちに電話しとこ」と機嫌いい声が聞こえる。そしてパタンと雑誌を閉じる音が耳に残った。
こんなところで追い討ちをかけないでくれ。電話ならよそでやってくれ。なんて思いつつも、その会話が気になっている俺は耳を隣に集中させた。
「喜田さん、どもー。あのですね、“サナダ”ってやっぱ二年にはいないです。隣のヤツにも聞いたんで本当ですよ」
隣のヤツは俺か。
喜田ってのは聞いたことのない名前だ。顔を見れば誰か分かるかもしれないけど、あの肉食獣の仲間なんだろう。俺とは正反対の人間に違いない。
しかしこのクラスメイトだって俺とそう代わり映えのない人物のくせに、外見のわりに交友範囲は広いんだなーと失礼なことを思った。
「で、二年じゃなくて、一年じゃないかって。……はい、……はいはい分かりました」
色気もクソもないキス。
先輩は俺を馬鹿にしたように爆笑していた。きっと初めてとか思われたのかもしれない。あの時のことを考えるとむかむかしてくるが、でも二度とかかわりを持ちたくないので忘れることにした。俺とは正反対の人種で世界が違う。
金輪際、三年の教室前は通らない。移動は出来るだけ体格のいいやつと共に。保健室に行っても先生がいなければ授業に戻る。いや、簡単に保健室には行かない。
それより簡単に転ばない! これだ!でもきっとこれが一番難しそうだ。
と、こんなことを考えてはみたが、実際先輩はもう忘れてしまっているのかもしれない。そうだ、俺みたいに何も特徴のない男なんてきっと先輩の中から消え去っているのかも。ただのオモチャとして、暇潰しとしての俺だったのかも。
今までそんな目立つような人と絡んだことがなかったから過剰に意識をしていた。滅多にないこと過ぎたから考えすぎた。こういうところがつくづく地味な人種だと再確認する。
きっと廊下ですれ違っても素通りだろう。
名前だって一度しか言ってないし、そう覚えていないだろうし。俺自体とっさに付いた嘘の内容は覚えてないからなんて名前だったのか忘れてしまった。サ、苗字はサナダといったかな。名前はなんだったっけ。自分でもそんな程度だ。あの先輩が覚えているわけないよな。見るからにバカそうだった。
そう考えたら急に心も体も楽になった。それほど能天気じゃないけど、このときは先輩のことなんてすっかり解決してしまっていた。
膝の傷はもうきれいなかさぶたになっていた。
しかし、人間ってものは自分の言ったことは都合よく忘れるが、言われたほうは結構覚えていたりするもんだってことを母親からよく聞かされていたことを思い出すこともしなくて、俺はただいい加減転ぶのを何とかしたいと思っていた。
かさぶたがかゆくなってきた頃のこと。アレからまだそう日にちはたっていない日のことだ。
「あー坂井ー。そういえばさー」
SHR前、隣に座るクラスメイト、雑誌に目を向けたまま俺に話をふってきた。机に頬杖を付いて「んー?」と気のない返事を返す。
「俺らの学年に“サナダ”なんてヤツいねーよなー」
ページを捲りながら言った何気ないクラスメイトの一言に、顎を支えていた手がずるっと滑った。ごくりと生唾を飲み、手を膝に置いて思わず姿勢を正してしまう。
隣のヤツは俺が動揺しているのも気が付かず、まだ雑誌に目を向けたままで。
「……サナダ?」
「なんか一個上の先輩の仲間がサナダってヤツ探してるみたいでさ。サナダなんてやつ聞いたことないし。でも俺さー人の名前とか覚えんの苦手だからさ、お前に聞いてんのよ」
「……一年じゃないの?」
「あ、なるほど。言ってみるわ」
ドク、ドク、ドク、と心臓から血が流れていくのがハッキリ分かる。俺の体がそのリズムで自然と揺れているのも。
聞き間違えたいほどだった。さっきの会話の内容からすると、質問した相手は俺が初めてだったと思う。なんでその質問がピンポイントで俺のところに来るんだろう。あんな目立つ側の人間に嘘まで付いて逃げようとしたのに。けど、目立つ人間だからこそ覚えていないと安心していて。
甘かったのか。俺は考え方も鈍いんだろうか。これが普通だと思っていたけど、違うんだろうか。
あの先輩が俺の存在を覚えていて、そして多分探している。だとしたら、すれ違ったときに捕まってしまう。あんな怪我をしている箇所に蹴りを入れられるような肉食獣に捕まったらきっと俺はボコボコだ。
嘘を付いたことが今になって悔やまれるが、それでもあの時は仕方なかった。パシリに使われたりカモられたりしたくない。いじめられるのもいじめるのもごめんだ。暴力も嫌いだ。痛いのなんて大嫌いだ。
平穏に歩んできた道を崩したくなかった。だからあんな人間目の前にして本名はいえなかった。普通人間の俺にはとてもじゃないけど!
両手を額に当て、項垂れる。
そのとき情けなく発した声に、クラスメイトはやっと俺の異変に気が付いた。
「なんだー? 具合悪いん?」
項垂れたまま、首を横に振った。お前のあの一言が俺を突き落としたんだよと叫びたい。こいつに八つ当たりしたい気分だ。
恨めしいオーラを送ってやるが当然クラスメイトは気付かない。それどころか足元でリズムを取りながら「あ、そだ。今のうちに電話しとこ」と機嫌いい声が聞こえる。そしてパタンと雑誌を閉じる音が耳に残った。
こんなところで追い討ちをかけないでくれ。電話ならよそでやってくれ。なんて思いつつも、その会話が気になっている俺は耳を隣に集中させた。
「喜田さん、どもー。あのですね、“サナダ”ってやっぱ二年にはいないです。隣のヤツにも聞いたんで本当ですよ」
隣のヤツは俺か。
喜田ってのは聞いたことのない名前だ。顔を見れば誰か分かるかもしれないけど、あの肉食獣の仲間なんだろう。俺とは正反対の人間に違いない。
しかしこのクラスメイトだって俺とそう代わり映えのない人物のくせに、外見のわりに交友範囲は広いんだなーと失礼なことを思った。
「で、二年じゃなくて、一年じゃないかって。……はい、……はいはい分かりました」
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