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その手は無遠慮にリンジーの顎を掴み、グッと持ち上げて強制的に視線を合わせさせた。

「では最も重要な事を聞こう。リンジー、どうして嘘を吐いてまで従軍したのだ」

きっと今まで聞いた中で一番冷たい声なのに。その顔も今まで見たことがないくらい蔑みに満ちているのに。それでも今、リンジーは告げなければいけないのだ。本当ならロマンチックな状況で恥じらいに頬を染めながら告げるはずだった、生涯でたった一度の台詞を。

「ーーーアルバート殿下をお慕いしていたからです。愛称で呼ぶことを許されていた幼い頃よりずっとお慕いしていたから……です」

力を込めて掴まれたままの顎が顔を下げることは許さないから、そっと視線だけをそらす。

「殿下が征伐軍の総大将として出征されることが決まった時から、一緒に行きたいと願っていました。出来ることが少なくとも、危険が伴う地に殿下を1人で行かせてしまいたくないと。聖女ならばそれが許されるのではないかと、奢っておりました」

「ーーーナタリア嬢が従軍を承諾していたらどうしていた?」

「私も共に、と申し出るつもりでした。歴史書に複数の聖女が同時に従軍した記載はありませんでしたが、禁じる法もありませんでしたので」

「なるほど。念入りに調べたわけだ。でもナタリア嬢は従軍を拒み、リンジーが来た。そして、それを僕が喜んだとは思いもしなかった?」

顎を掴んでいた手がするりと滑り頬を撫でた。

「えっ?」

その滑らかな感触に驚いた瞬間、唇に柔らかなものが押し当てあられ、頬を撫でていた手は後頭部をがっしりとホールドしてリンジーの退路を絶っていた。戸惑うリンジーが身じろぎすると、それを拒絶と捉えたのか触れるだけだった唇がしっかりと搦み合わされた。
やっと解放されたのはリンジーから力が抜けて、くったりとしたその体をアルバートに預けてからだった。

「君を危険に晒したくないと思いながら、同時に一緒に来てくれるのではないかと夢想していた。矛盾してるよね」

さっきまでの冷たい表情と声は幻だったのかと思うほどの甘やかさで額や頬に口付けながら、殿下は嬉しそうに笑った。

「僕もね、ずっと君のことが好きだったんだよ、君に聖女の力が発現して、僕をって呼んでくれなくなる前から。いつか想いを告げて、僕の傍で生きることを承諾して欲しいと思っていた。本当なら僕から言いたかったけど、両思いって事が確認できたし、まぁいいよ。後は逃げ道を塞いじゃえばいいかな」

「え、あの……逃げ…道って……」

「そう。さっき僕が跪くの阻止したのって、自分は相応しくないって思ってるって事でしょ?真面目なリーの事だから、僕に懺悔した後は辺境の神殿にでも籠って民のために尽くそうって決めてたりしてそうだし。退路を断つのに早いってことはないと思うんだよ」

嬉しそうに語る殿下の言葉が早すぎて理解できない。だってさっきまで冷たく睨まれていたはずなのに、熱烈なキスされて……そう、キスされたんだ………。そう気付いてしまえば、思考は更に止まってしまって。赤くなる頬を両手で包んでいる間に、私の体は軽々と殿下に抱え上げられていた。

「あ、あの……」

「リーが僕の事を好きだっていう言質は取ったんだし、やっぱり既成事実作っちゃうのが一番確実だとは思うんだけどね。でもリーはロマンチストだから最初はやっぱり大切にしてあげたいとも思うんだ。大丈夫、リーが嫌がることは絶対しないって約束するよ」

上機嫌な殿下によって寝室に運ばれた私がその執着と溺愛を体感して、なぜか選択を間違った気分になるのはまた別の話。
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