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『リンジー、私怖いの。だって魔物も瘴気も沢山現れるんでしょう!?そんな場所で、しかもずっと野営なんて、私気が狂ってしまうわ』
泣き続けるナタリアを説得することに皆が限界を感じていたのは事実だ。平民とはいえ裕福な家で何不自由なく育ったナタリアが神殿に入ってからまだ日は浅い。いきなり「国の為に生きろ」だの「自分の事より民のことを優先せよ」と言われた所で心からの理解など出来るはずがないのだ。それを分かっていて、リンジーは利用した。
『いいわ、あなたの代わりに私が征伐軍と一緒に行く。貴女より力は弱いけれど私だって聖女だもの、誰も反対はしないはずよ。だからねナタリア、私の嘘に黙って頷いてちょうだい。』
震える背を撫でながら物分かりの良い優等生の台詞を紡げば、ナタリアは涙を溢しながら頷いた。未成熟な部分はあれ素直な子なのだ、自分の代わりに危ない場所に行く人がいることに罪悪感を感じたのだろう。まさか、それを当人が望んでいるとも知らず。
その誤解すらも利用して、私は嘘を吐いた。ナタリアと話し合った翌朝『ナタリアと私は昨夜、同時に同じ夢を見た。その夢見で今回従軍するのは私が適任だとお告げがあった』と。
「私よりは力が強いとはいえ、ナタリアも歴代の聖女に比べれば大した力があるわけではありません。それに癒しの力に目覚めていないのも同じ。所詮、旗印としての従軍なのですから『聖女』であれば構わないのだと思っていました。それは神殿も軍も同じ意見でした。殿下もそう思われていたでしょう?」
聖女などと敬われようと、その魔法で叶えられる事などたかが知れている。成長の力を使っても一夜で作物を成らせることは出来ないし、天候も雨を晴れにすることは叶わない。魔法はもう、その程度の力しかないのだ。
実際、神殿も軍も王もリンジーが従軍する事に難色を示さなかった。極論、聖女が従軍しさえすれば騎士達の戦意は保たれるのだと。
でも、それが全てではなかったのだ。
「ナタリアはまだ力のコントロールが上手くありません。ですが、風を止めることは出来るのです……」
顔をあげてアルバート殿下の左肩に視線を向けると、握り込んだ両手でグッと胸を抑える。
「それはこの肩を負傷した時の事を言っているのかな?」
リンジーの視線に気付いたろう彼が、自らの肩にそっと触れた。傷はもう塞がっているだろうが、まだ痛むはずのその傷はリンジーが原因なのだ。こくりと頷き、懺悔を続ける。
「あの時は季節外れの強風のせいで瘴気が収まらず、そのせいで魔物も活性化していました。でも、風さえ止めたれたら……」
「僕が怪我をすることもなかった?」
「はい。落馬した私に魔物が襲い来ることも、それを庇った殿下の肩が魔物の爪に裂かれたせいで魔毒に苦しむこともなかった。全ては私が吐いた嘘のせいです」
恐ろしい光景だった。
大きな魔物が視界いっぱいに迫ってきたのも、その魔物を倒す際に怪我をしたアルバート殿下の肩が血でぐっしょりと濡れていくのも。
「ーーーなるほど。その理屈は間違っているとは言えないかも知れないな」
はぁっと大きなため息を吐いた後冷たい声音で言い放すと、大きな手がリンジーの視界に飛び込んできた。
泣き続けるナタリアを説得することに皆が限界を感じていたのは事実だ。平民とはいえ裕福な家で何不自由なく育ったナタリアが神殿に入ってからまだ日は浅い。いきなり「国の為に生きろ」だの「自分の事より民のことを優先せよ」と言われた所で心からの理解など出来るはずがないのだ。それを分かっていて、リンジーは利用した。
『いいわ、あなたの代わりに私が征伐軍と一緒に行く。貴女より力は弱いけれど私だって聖女だもの、誰も反対はしないはずよ。だからねナタリア、私の嘘に黙って頷いてちょうだい。』
震える背を撫でながら物分かりの良い優等生の台詞を紡げば、ナタリアは涙を溢しながら頷いた。未成熟な部分はあれ素直な子なのだ、自分の代わりに危ない場所に行く人がいることに罪悪感を感じたのだろう。まさか、それを当人が望んでいるとも知らず。
その誤解すらも利用して、私は嘘を吐いた。ナタリアと話し合った翌朝『ナタリアと私は昨夜、同時に同じ夢を見た。その夢見で今回従軍するのは私が適任だとお告げがあった』と。
「私よりは力が強いとはいえ、ナタリアも歴代の聖女に比べれば大した力があるわけではありません。それに癒しの力に目覚めていないのも同じ。所詮、旗印としての従軍なのですから『聖女』であれば構わないのだと思っていました。それは神殿も軍も同じ意見でした。殿下もそう思われていたでしょう?」
聖女などと敬われようと、その魔法で叶えられる事などたかが知れている。成長の力を使っても一夜で作物を成らせることは出来ないし、天候も雨を晴れにすることは叶わない。魔法はもう、その程度の力しかないのだ。
実際、神殿も軍も王もリンジーが従軍する事に難色を示さなかった。極論、聖女が従軍しさえすれば騎士達の戦意は保たれるのだと。
でも、それが全てではなかったのだ。
「ナタリアはまだ力のコントロールが上手くありません。ですが、風を止めることは出来るのです……」
顔をあげてアルバート殿下の左肩に視線を向けると、握り込んだ両手でグッと胸を抑える。
「それはこの肩を負傷した時の事を言っているのかな?」
リンジーの視線に気付いたろう彼が、自らの肩にそっと触れた。傷はもう塞がっているだろうが、まだ痛むはずのその傷はリンジーが原因なのだ。こくりと頷き、懺悔を続ける。
「あの時は季節外れの強風のせいで瘴気が収まらず、そのせいで魔物も活性化していました。でも、風さえ止めたれたら……」
「僕が怪我をすることもなかった?」
「はい。落馬した私に魔物が襲い来ることも、それを庇った殿下の肩が魔物の爪に裂かれたせいで魔毒に苦しむこともなかった。全ては私が吐いた嘘のせいです」
恐ろしい光景だった。
大きな魔物が視界いっぱいに迫ってきたのも、その魔物を倒す際に怪我をしたアルバート殿下の肩が血でぐっしょりと濡れていくのも。
「ーーーなるほど。その理屈は間違っているとは言えないかも知れないな」
はぁっと大きなため息を吐いた後冷たい声音で言い放すと、大きな手がリンジーの視界に飛び込んできた。
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