2 / 6
2
しおりを挟む
この国では大昔、魔法が生活の中に溶け込んでいた。一説によれば、多い時には国民の三分の一が魔法を使えた時代もあったのだという。しかし、今ではその名残があるのみ。一世代に数人、ほんの少しの魔法を使える少女が出現するだけになった。魔法が使える少女に身分に関係なく、力が出現するタイミングも使える力の種類も大きさもそれぞれだったけれど、聖女と呼ばれ等しく尊ばれる存在になった。
そして魔法に覚醒した少女は皆神殿預かりとなり、その身を護られ、国の為に力を使うのが慣わしとなった。
「今代、魔法が使えるのは私とナタリアの2人だけです。私が成長を促すの力に目覚めたのに対して、ナタリアは天候の力。残念なことに癒しの力を持つ聖女は出現しませんでしたから、本当なら今回の征伐隊に従軍するのは力の強いナタリアのはずでした」
聖女はその力により、与えられる役割が変わる。成長を促すの力に特化した聖女は地方を訪れて森や農園で祈りを捧げ、時には学校で生徒たちの成長を願う。天候の力なら王宮で王立科学院の学者たちや政府関係者と状況確認と話し合いを重ねて、自然界に悪影響が出ないように降雨や晴天を祈り、癒しの力を使える聖女は病院や救護所に赴き、病人や怪我人を癒す。そして戦いがあれば隊に従い、過酷な戦地でその力で戦士を癒すのだ。
特に戦場に聖女が共に赴く事による戦意高揚は大きく、癒しの聖女が出現していない時代には別の力を発現させた聖女を従軍させた程だという。
「今回の瘴気を撒き散らす魔物討伐は大掛かりで危険を伴うものでした。ですから聖女の従軍が是非にと望まれたのも当然だと神官様たちも皆様お考えになり、ナタリアが殿下と共に戦地に赴くべきだと意見がまとまっていたのです」
しかし貴族令嬢に生まれたリンジーに比べ力の発言した歳も遅く、しかも平民に産まれたナタリアには「責務」という考えは身に沁みたものではなかった。見知らぬ場所、しかも戦地とあれば並の少女なら怯えるのが当然というもの。神官達もリンジーも、ナタリアの恐怖を嘲笑う者などいなかった。ただ聖女として生きる者の責務に本人の意思は関係のない事で、意に沿わなくとも民のために行わなければならないのだ。
「ナタリアより数年早く力に目覚め、かつ伯爵令嬢として己が責務を幼い頃より教え込まれてきた私が、ナタリアを教え諭すのが当然の努めでした。でも、愚かにも私は彼女の無知を自分の欲の為に利用したのです」
「利用?」
「はい。利用です。彼女が後々、自分の決断を後悔するかもしれないことも、征伐軍にはナタリアの力の方が有益であることも全て分かった上で利用しました。自分の欲望を叶える為に」
俯いたままのリンジーの視界にはだらりと垂れたアルバート殿下の手が映る。馬鹿正直にこんな告白をしなければ、今頃はきっとあの大きい手に抱きしめられていたに違いないのに。
殿下と国のために全てを告白すると決めてなおそう考えてしまう自分の弱さに、小さくため息を吐く。
そして魔法に覚醒した少女は皆神殿預かりとなり、その身を護られ、国の為に力を使うのが慣わしとなった。
「今代、魔法が使えるのは私とナタリアの2人だけです。私が成長を促すの力に目覚めたのに対して、ナタリアは天候の力。残念なことに癒しの力を持つ聖女は出現しませんでしたから、本当なら今回の征伐隊に従軍するのは力の強いナタリアのはずでした」
聖女はその力により、与えられる役割が変わる。成長を促すの力に特化した聖女は地方を訪れて森や農園で祈りを捧げ、時には学校で生徒たちの成長を願う。天候の力なら王宮で王立科学院の学者たちや政府関係者と状況確認と話し合いを重ねて、自然界に悪影響が出ないように降雨や晴天を祈り、癒しの力を使える聖女は病院や救護所に赴き、病人や怪我人を癒す。そして戦いがあれば隊に従い、過酷な戦地でその力で戦士を癒すのだ。
特に戦場に聖女が共に赴く事による戦意高揚は大きく、癒しの聖女が出現していない時代には別の力を発現させた聖女を従軍させた程だという。
「今回の瘴気を撒き散らす魔物討伐は大掛かりで危険を伴うものでした。ですから聖女の従軍が是非にと望まれたのも当然だと神官様たちも皆様お考えになり、ナタリアが殿下と共に戦地に赴くべきだと意見がまとまっていたのです」
しかし貴族令嬢に生まれたリンジーに比べ力の発言した歳も遅く、しかも平民に産まれたナタリアには「責務」という考えは身に沁みたものではなかった。見知らぬ場所、しかも戦地とあれば並の少女なら怯えるのが当然というもの。神官達もリンジーも、ナタリアの恐怖を嘲笑う者などいなかった。ただ聖女として生きる者の責務に本人の意思は関係のない事で、意に沿わなくとも民のために行わなければならないのだ。
「ナタリアより数年早く力に目覚め、かつ伯爵令嬢として己が責務を幼い頃より教え込まれてきた私が、ナタリアを教え諭すのが当然の努めでした。でも、愚かにも私は彼女の無知を自分の欲の為に利用したのです」
「利用?」
「はい。利用です。彼女が後々、自分の決断を後悔するかもしれないことも、征伐軍にはナタリアの力の方が有益であることも全て分かった上で利用しました。自分の欲望を叶える為に」
俯いたままのリンジーの視界にはだらりと垂れたアルバート殿下の手が映る。馬鹿正直にこんな告白をしなければ、今頃はきっとあの大きい手に抱きしめられていたに違いないのに。
殿下と国のために全てを告白すると決めてなおそう考えてしまう自分の弱さに、小さくため息を吐く。
43
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる