自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月

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賢兄の嘆息

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妹はとても、とても可愛い。

なぜだか彼女自身の自己評価は地を這うほどに低いが、あんな可憐で善良な女性はまたといないだろう。
人見知りが故に相手は選んでしまうが、気を許した人をあんなにも癒してくれる人間を妹以外に私はみたことがない。

そんな妹が終生心穏やかに生きられるように、私も両親も結婚には否定的だった。
彼女の善良さや優しさを真に理解出来る男少ないだろう。もし理解出来ない男を夫に選んだりしたら、幸せから離れてしまうのではないか。無能な夫に軽んじられたり、性悪な姑に邪険にされるような生活など、絶対に送らせたりしない。

その為には妹が遠慮なく暮らせるだけの財力を身につけようと思った。
祖父も父も堅実な領地経営を行なっていたが、領地自体の元がしれている。特段広いわけでも、希少な鉱物が産出されるわけでもない。特産物すらあるわけでもない。

だから学問の世界に進んだ。自分の頭脳が人よりいくばくか優れている事には気付いていたし、興味もあった。沢山の事を学べば領地を豊かにする新しい方法も見つけられるかも知れないという期待もあったし、学問の世界で名をなすことで開ける道もあるだろうと考えたのだ。

そして、努力は実を結んだ。

気象学と地理学を学んでいたから気付けた事実を王に進言し、我が領地はもとより国土が疲弊することを防いだ。その実績を買われて政治の世界に登用もされた。出世の道が開けたのだ。

しかも副産物まであった。
周りの貴族には保守的で変化を受け入れられない古い奴が多かったし、自分の既得権益を守る為に私を陥れようとするものまでいたが、その中に一人、友と呼べる人物に出会えたのだ。

血筋も頭も、ついでに容姿までも優れた男で、私から見ても有能で何者にも変え難い人材だ。
彼と、彼が主として仕える王太子と三人で話す時間はとてつもなく有益な時間で。彼と二人で王太子の治世を支えていくのはとても楽しくやり甲斐のある仕事だと思えた。妹にも尊敬してもらえる兄でいられると、幸せな未来を描いた。

なのに、だ。

奴は妹に恋をした。いつの間にか、気付けば妹を視線で追っているのに気付いた。
それでも妹が振り向かない限り、奴の片想いが続くだけだ。自己肯定感が低く、人からの好意に鈍感な妹が奴の気持ちになど気付くことはないと安心していた。たかを括っていた。

それが、たった一度送り出した茶会で覆った。気乗りしない妹を「王家からの招待だから」と送り出したことをそれはそれは深く後悔した。

ほとんどの人間が騙されているが、奴は優しいだけの、財力があるだけの貴族じゃないのだ。
代々宰相を輩出する家柄の嫡男として産まれながら身体を鍛えて近衛騎士になり、軍部とも繋がりを作った。その一方で絶え間ない努力を重ねて現宰相である父親の補佐をも人知れず務めている。私が話していても、その見聞に驚くことさえある。
その全てはいずれ自身が宰相となり、王太子を支えて国を繁栄させるため。その時に着実に努力を重ね、実績を積んできたのだ。

地に足がついたといえば聞こえがいいが、用意周到で粘着質な男だ。目標を定めたら諦めることを知らない。
その執念深さを甘く見ていた。
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