自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月

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それはそれは楽しそうに笑う王太子だったけれど、ふっと真顔に戻るとひたとユーティリスを鋭い眼差しで見つめた。

「で?俺は最も信頼する大事な側近二人を失うことなく治政を進められるのだろうな?」

さっきまでの年相応な青年らしい快活さを消し治世者としての責任を義務を負う者のオーラを纏った物言いは、ユーティリスの腕の中に守られたままのアンジェリーナでさえ、くっと気が引き締まる。なんなら、その王者の醸し出す空気に足が竦みそうになった。

その時、アンジェリーナの背中を温もりが触れた。まるで大丈夫だと教えるようにゆっくりと背中を撫でるのはユーティリスの大きな手だ。それは魔法のように彼女の心を凪がせた。

「勿論です。私は私自身と最愛との幸せを諦めるつもりは絶対にありませんが、同じように貴方が作る豊かな治世も何があっても諦めるつもりはありません」

そして自信に溢れた声と言葉は彼女の身体を通して心まで震わせた。

安心出来るのに同じくらいドキドキする。

初めての状況にどうしていいのかわからない。恥ずかしくて早くユーティリスと離れたいと思うのに、同じくらいこの腕の中で守られていたいとも思う。さっきまでとはまるで違ってしまった自分の気持ちが理解出来ない。

「そうか、それならばいい。君達側近二人が義兄弟になれば何かと便利になりそうだし、俺からも後押ししてやろう。アンジェリーナ嬢も良い機会だから、過保護な兄の手から離れて自由に見聞を広げてみるといい」

アンジェリーナが自身の気持ちに戸惑っているうちに男性二人の話はまとまったらしく、王太子はひらひらと手を振りながら歩き去っていった。最初と同じ、気さくで快活な好青年にしか見えない様子で。

その後ろ姿を眺めながら、アンジェリーナの頭上ではぁっと大きな溜息が聞こえた。見上げると、ユーティリスが困った顔でこちらを見下ろしている。そこには彼女を突然抱きしめた時の強引さも、王太子と対峙した時の自信溢れる気迫もない。ただ愛しさと、それゆえの自信のなさが浮かんでいる。

「こんなに強引に貴女を捕まえたことを許してもらえるだろうか?」

しばらく見つめ合った後、ぽつりと漏らした声は不安に揺れていた。

「いや、許してもらえなくても離せないな。だから悪いが諦めて欲しい。貴女は私のものだ」

台詞はこれ以上ないくらい強引なのに、ちっとも口調と合っていない。だからこそ、アンジェリーナは許してしまう。絆されているだけだと頭のどこかで囁く声に納得しながら、それでも強引なくせに弱気な人を好ましく思ったから。

「では、まずはもう少しお話しませんか?私は貴方のことをほとんど知らないので」

小さく浮かべた笑みは騎士の腕の中で守られる可憐な花のよう。そして恥じらいに視線を伏せた彼女は気付かない。彼女を囲う騎士がそれはそれはうっそりと笑ったことを。



まだ少し続きます。
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