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目の前で後悔の色を深くして落ち込むアンジェリーナを見て、不謹慎だが歓喜の気持ちが湧き上がった。
そうして、ようやっと気づいた。ずっと自分に興味を示してくれない彼女を見て、落胆していたのだと。周囲から理想の貴公子だと騒がれ、知らぬ間にいい気になっていたのだと。
そうして我知らず苦い笑みを浮かべてユーティリスは随分と昔の記憶を思い返した。
野うさぎ、みたいだなと思った。
初めて見つけたのは子供の頃。どこかの保養地へ夏の避暑にと家族で訪れた時だったか。
何時だとか何処だとか、時も場所も朧げにしか記憶にないのに、彼女の姿だけはしっかりと覚えている。
ふわふわと茶色の髪を風に揺らして走っていた。そんなに幼くもない年頃で、きっと同じ年頃の令嬢たちは室内で刺繍やおしゃべりに興じていたろうに、その少女だけは違った。ふらりと一人で、嬉しそうに小さな微笑みを浮かべて何処までも続く草原を走っていた。
その手には摘んだばかりの数輪の野花。決して派手ではない可憐なそれを時おり見ながら、ゆっくりと、まるで妖精たちと戯れるかのように走っていた。いや、数匹の蝶々たちと戯れていたのだったか。
そんな彼女から目が離せなくて。じっと見つめていたら、自分が見られていると感じ取った瞬間、ユーティリスの方を一瞬だけ振り返って、一目散に森の方へと駆けて行ってしまった。
その姿はまるで、人に見つからない時は草原でゆったりと遊ぶくせに逃げ足の速い野うさぎを思い出させた。
それから毎日、ユーティリスは少女と会えることを期待して草原に足を運んだ。今度会えたら声を掛けよう、一緒に草原で遊ぼうと決めて、ワクワクと胸を弾ませて。
結論を言えば、会えたけれど声をかける事はできなかった。やはり令嬢だからか、誰かから見られて怖かったのか、翌日からは侍女や親族と思われる女性達と一緒だったから。でも彼女達と笑い合う姿もとても愛らしくて、やっぱりユーティリスは少女を見つめていた。少女の周りにだけ特別に柔らかな風が吹いているようで、見ているだけでも笑顔になれたから。
あの時からずっと探していた。だが、数度見かけただけの名も知らぬ少女を探すことはやはり難しかった。
それでも忘れられず、大人になった今ならもしや、と考えていた頃に新しく友人になった男の邸で偶然に彼女を見つけた。
5年以上経っていたけれど、見間違えるはずも見落とすはずもなかった。それほどに少女はその可憐さをそのままに成長していたし、挨拶をしただけでも、あの時彼女の周りに吹いた柔らかな風を感じた。そしてその風が自分を包むことに信じられないくらいの喜びと興奮を感じた。
彼女を手に入れると決意するまで一瞬だった。
そうして、ようやっと気づいた。ずっと自分に興味を示してくれない彼女を見て、落胆していたのだと。周囲から理想の貴公子だと騒がれ、知らぬ間にいい気になっていたのだと。
そうして我知らず苦い笑みを浮かべてユーティリスは随分と昔の記憶を思い返した。
野うさぎ、みたいだなと思った。
初めて見つけたのは子供の頃。どこかの保養地へ夏の避暑にと家族で訪れた時だったか。
何時だとか何処だとか、時も場所も朧げにしか記憶にないのに、彼女の姿だけはしっかりと覚えている。
ふわふわと茶色の髪を風に揺らして走っていた。そんなに幼くもない年頃で、きっと同じ年頃の令嬢たちは室内で刺繍やおしゃべりに興じていたろうに、その少女だけは違った。ふらりと一人で、嬉しそうに小さな微笑みを浮かべて何処までも続く草原を走っていた。
その手には摘んだばかりの数輪の野花。決して派手ではない可憐なそれを時おり見ながら、ゆっくりと、まるで妖精たちと戯れるかのように走っていた。いや、数匹の蝶々たちと戯れていたのだったか。
そんな彼女から目が離せなくて。じっと見つめていたら、自分が見られていると感じ取った瞬間、ユーティリスの方を一瞬だけ振り返って、一目散に森の方へと駆けて行ってしまった。
その姿はまるで、人に見つからない時は草原でゆったりと遊ぶくせに逃げ足の速い野うさぎを思い出させた。
それから毎日、ユーティリスは少女と会えることを期待して草原に足を運んだ。今度会えたら声を掛けよう、一緒に草原で遊ぼうと決めて、ワクワクと胸を弾ませて。
結論を言えば、会えたけれど声をかける事はできなかった。やはり令嬢だからか、誰かから見られて怖かったのか、翌日からは侍女や親族と思われる女性達と一緒だったから。でも彼女達と笑い合う姿もとても愛らしくて、やっぱりユーティリスは少女を見つめていた。少女の周りにだけ特別に柔らかな風が吹いているようで、見ているだけでも笑顔になれたから。
あの時からずっと探していた。だが、数度見かけただけの名も知らぬ少女を探すことはやはり難しかった。
それでも忘れられず、大人になった今ならもしや、と考えていた頃に新しく友人になった男の邸で偶然に彼女を見つけた。
5年以上経っていたけれど、見間違えるはずも見落とすはずもなかった。それほどに少女はその可憐さをそのままに成長していたし、挨拶をしただけでも、あの時彼女の周りに吹いた柔らかな風を感じた。そしてその風が自分を包むことに信じられないくらいの喜びと興奮を感じた。
彼女を手に入れると決意するまで一瞬だった。
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