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「散策ですか?」
周囲の会話が弾んでいることを確認してそっと席から立ち上がったアンジェリーナは、突然かけられた声にびくりと肩を揺らした。
そっと声の方に視線を向ければ、他の令嬢達から熱心に話しかけられていたはずのユーティリスもまた席を立ち上がったのが見えた。そしてそのまま、アンジェリーナのそばに歩いてくる。
同席していた人達は突然の出来事に静かに二人の様子を見つめていて、その視線がまたアンジェリーナを不安にさせた。
「私もご一緒致しましょう。王妃様ご自慢の薔薇を見に行くのは如何ですか」
ユーティリスが言い終わる頃には、何故だかアンジェリーナの手は差し出された彼の手のひらの上にあった。そしてそのまま流れるようなエスコートで並んで歩き出している。そこにアンジェリーナの意思なんてこれっぽっちもないのに。
ユーティリスの行動に強引なところなんてひとつもないのに、どうしてだかそれが当然のように動いていて、自分でも状況が上手く把握できない。ぐるぐると回る頭を回転させても正解なんて出ないけど、どしたらいいのか分からなくて「どうしよう」だけが頭の中で回っている。だから勿論、気の利いた会話なんて出来るはずもない。
「アンジェリーナ嬢は読書が趣味と聞きました。何かお気に入りの本があれば教えてもらえますか?」
とても気の利いた、気遣いのある問いかけだと思う。でも、恥ずかしくて好きな本なんて言えるわけがなかった。ついつい答えながら、顔が下に向いていく。
「私が読むのは簡単な小説です。とてもユーティリス様にお勧めできるような物などありません」
きっと彼が読むのは歴史や経済など専門的で実際に役立つ本だろうから。ただときめく時間を過ごすための本など読んだことがないと思うと、とても言えなかった。しかし、その答えは目の前の貴公子を不愉快にさせたらしい。滅多に見ることのない憮然とした表情を浮かべると、すいっとその切長の瞳が眇められた。
「薔薇もとても美しいけれど、貴女はきっと、もっとささやかで可憐な花の方がお好きかな?アンジェリーナ嬢ご自身のように」
真意を計りかねて、咄嗟に返事が出来なかった。
「それぞれの花に違う美しさがあるのは当然だし、それは素晴らしいことだと思います。同じように人にも好みがあって、どの花を手折りたいかは個人の自由だ。そうだと思いませんか?」
「そう、ですね……」
読書の話だったはずなのに、なんの話をされているのかすら分からない。でもじっと見つめられた真摯な視線と声で話をされているから重要な話なのだろう、とは思った。
「とてもショックを受けたのですよ。何処かの誰かが私の知らないうちに私の好きなものを勝手に決めて、それが正しいことだと大勢の人が信じ込んでいた。ひどいと思いませんか?」
強い瞳には非難の色が見えた。それを見て「あっ」とアンジェリーナは声を上げた。
つい先日の夜会での会話だ。数人の令嬢に囲まれて「変わり者の兄妹は家柄も人物もユーティリス様に釣り合わない。彼の優しさに思い上がって擦り寄るなどみっともない。彼の為に身を引くべきだ」と詰られた。その中には当代切っての美女と名高い侯爵令嬢もいたし、ユーティリスの両親に気に入られていると噂される令嬢もいた。夜会でいつも華々しく輝く彼女達が怖い顔をして集団で詰め寄るから、アンジェリーナはとても怖かった。
震えながら、それでも彼女達の言う事の正しさにも納得していたから、つい言ってしまったのだ。「自分も貴女方と同意見だ。ユーティリス様は皆様の美しさは勿論、私の凡庸さにもきちんと気がついています。何より私自身、自分の価値をきちんと知っています」と。
「聞こえて、いたのですね……」
間違ったことは言ってないつもりだ。でもそれが彼の心の何処かを傷つけてしまったのだと知り、アンジェリーナはきつく唇を噛んだ。
周囲の会話が弾んでいることを確認してそっと席から立ち上がったアンジェリーナは、突然かけられた声にびくりと肩を揺らした。
そっと声の方に視線を向ければ、他の令嬢達から熱心に話しかけられていたはずのユーティリスもまた席を立ち上がったのが見えた。そしてそのまま、アンジェリーナのそばに歩いてくる。
同席していた人達は突然の出来事に静かに二人の様子を見つめていて、その視線がまたアンジェリーナを不安にさせた。
「私もご一緒致しましょう。王妃様ご自慢の薔薇を見に行くのは如何ですか」
ユーティリスが言い終わる頃には、何故だかアンジェリーナの手は差し出された彼の手のひらの上にあった。そしてそのまま流れるようなエスコートで並んで歩き出している。そこにアンジェリーナの意思なんてこれっぽっちもないのに。
ユーティリスの行動に強引なところなんてひとつもないのに、どうしてだかそれが当然のように動いていて、自分でも状況が上手く把握できない。ぐるぐると回る頭を回転させても正解なんて出ないけど、どしたらいいのか分からなくて「どうしよう」だけが頭の中で回っている。だから勿論、気の利いた会話なんて出来るはずもない。
「アンジェリーナ嬢は読書が趣味と聞きました。何かお気に入りの本があれば教えてもらえますか?」
とても気の利いた、気遣いのある問いかけだと思う。でも、恥ずかしくて好きな本なんて言えるわけがなかった。ついつい答えながら、顔が下に向いていく。
「私が読むのは簡単な小説です。とてもユーティリス様にお勧めできるような物などありません」
きっと彼が読むのは歴史や経済など専門的で実際に役立つ本だろうから。ただときめく時間を過ごすための本など読んだことがないと思うと、とても言えなかった。しかし、その答えは目の前の貴公子を不愉快にさせたらしい。滅多に見ることのない憮然とした表情を浮かべると、すいっとその切長の瞳が眇められた。
「薔薇もとても美しいけれど、貴女はきっと、もっとささやかで可憐な花の方がお好きかな?アンジェリーナ嬢ご自身のように」
真意を計りかねて、咄嗟に返事が出来なかった。
「それぞれの花に違う美しさがあるのは当然だし、それは素晴らしいことだと思います。同じように人にも好みがあって、どの花を手折りたいかは個人の自由だ。そうだと思いませんか?」
「そう、ですね……」
読書の話だったはずなのに、なんの話をされているのかすら分からない。でもじっと見つめられた真摯な視線と声で話をされているから重要な話なのだろう、とは思った。
「とてもショックを受けたのですよ。何処かの誰かが私の知らないうちに私の好きなものを勝手に決めて、それが正しいことだと大勢の人が信じ込んでいた。ひどいと思いませんか?」
強い瞳には非難の色が見えた。それを見て「あっ」とアンジェリーナは声を上げた。
つい先日の夜会での会話だ。数人の令嬢に囲まれて「変わり者の兄妹は家柄も人物もユーティリス様に釣り合わない。彼の優しさに思い上がって擦り寄るなどみっともない。彼の為に身を引くべきだ」と詰られた。その中には当代切っての美女と名高い侯爵令嬢もいたし、ユーティリスの両親に気に入られていると噂される令嬢もいた。夜会でいつも華々しく輝く彼女達が怖い顔をして集団で詰め寄るから、アンジェリーナはとても怖かった。
震えながら、それでも彼女達の言う事の正しさにも納得していたから、つい言ってしまったのだ。「自分も貴女方と同意見だ。ユーティリス様は皆様の美しさは勿論、私の凡庸さにもきちんと気がついています。何より私自身、自分の価値をきちんと知っています」と。
「聞こえて、いたのですね……」
間違ったことは言ってないつもりだ。でもそれが彼の心の何処かを傷つけてしまったのだと知り、アンジェリーナはきつく唇を噛んだ。
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