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第9章

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「愛している、リディア。初めは家族を助けるために働いていると胸を張って言う風変わりな令嬢に興味を持っただけだった。以前から女性に教育を得る権利を与えたいと思っていたから、そばに置けば良い意見を得られるかも知れないと、興味本位で秘書として働く事を提案した。だが努力する姿に、くるくると変わる表情に、自分の意志を持つ強さに、癒されて惹かれた。だから官吏だと雇われの身だと線引きをされるたびに腹が立って、どうにか近づきたくて。そのせいで近過ぎるといつも文句を言われてしまったが」

苦笑するクライブ殿下の言葉に学園での日常を思い出す。私の髪に触れる殿下に困惑したし「誤解を生む」と文句も言ったが、それは誤解ではなかったと言うことに思い当たって小さく声が出た。

「あっ……」

「リディアには全く通じなくて困ったな。ロランやエルフリーデには残念なやつだと生暖かい目で見られるし」

「ーーーそれは申し訳ありません」

「いや、いいのだ。リディアの思考が斜め上をいくと知っていたのに言葉にする事を躊躇ったのは俺自身の弱さなのは間違いない。受け入れてもらえかったらと、どうしても不安があった。王太子と秘書だからな」

「殿下……」

「だから多少卑怯だとは思ったが外堀を埋めた。まだ自分の想いを告げてもいないのに王に結婚の承諾を取り、議会への根回しもした。勿論リディアに好意的な感情を持ってもらっているとは思っていたが、それが上司へのそれなのか、恋愛としての思慕なのかわかってもいないのに、だ。俺以外の誰かと共にいるリディアなど見たくなかったし、どうしても手放したくなかったというだけで。自分ながら、なかなかに強引だな」

ははっと乾いた笑いはでも、すぐに悔恨の表情に変わる。

「きちんと告白して恋人同士の時間を過ごせば良かったと、今になって後悔している。2人で共に時間を過ごせばもっとリディアに前向きな気持ちでここに立ってもらえたのに、と。だが、どうしても怖かった。聡いリディアの事だから、自分の気持ちの前に向き合う前に外交状況や国内の貴族の勢力図や何より俺の立場を考えて返事をするだろうと想像できたから」

クライブ殿下の口から紡がれたのはただの青年としての気持ちだった。きっとそれをこうして表すのは彼の人生にとってとても珍しくて、勇気のいることだろうに、私のために語ってくれているのだ。

「悪いがもう離してはやれない。だが、必ず幸せにする。そのためにどんなことでもいい、リディアの気持ちを教えてくれ」

真摯な瞳に見つめられて、その熱に焼かれて、私は白旗を上げた。

「仕方ないですね。どうせ秘書としてずっとそばにいるつもりだったんです、役割がちょっと変わっただけだと思って納得しますよ」

拗ねた答えは随分と可愛げのないものだと自覚はあったけれど、羞恥でこれが限界だった。申し訳ないが、私の一世一代の勇気は数日前の告白で使い果たしたのだ。この言葉も恥ずかしくて、真っ赤になった顔をふいっと横を向いてしか言えなかった。
が、聞いた殿下の反応がない。心配になってそろりと顔を戻すと、困ったように笑う殿下が立ち上がって私を抱きしめるところだった。



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