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31.マルク、恋の相談に乗る。
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-マルク視点-
大臣に抜擢され、何日か経過した。
執務室で書類に目を通しながら、仕事を一つ一つこなしていく日々。
正直言うと、レジスタンス時代のリーダーの方が楽だったなと思える。
積み上げるというのは、壊す事よりも遥かに難しい。
だが、今の仕事にはやりがいを感じている。
やっている仕事の一つ一つが、より良い国を作るという、レジスタンス時代に描いていた夢だったのだから。
「マルク。君に折り入って相談があるんだ」
人が真剣に仕事をしている横で、リカルドが泣き言のようにしがみついて来る。
「王よ。今は仕事中です。公私混同はおやめください」
そう言って、書類に目を落とす。
ロクでもない相談なのは分かり切っている。なので極力無視だ。
「はぁ……そうか。わかった」
リカルドはため息をつき、俺から書類を奪い取った。
「ザガロ大臣補佐。マルク大臣の代わりに、この仕事を頼む」
「分かりました」
リカルドがそう叫ぶと、執務室に急ぎ足で入ってきた顔色の良い恰幅の良い男。ザガロ大臣補佐。
彼は元々は、ヴェラの宰相だった男だ。
本来は旧体制の人間を政治に関わらせる事は反対だが、レジスタンスのメンバーは政治に関してはほぼ素人ばかりだ。
俺も多少の知識はあるが、専門の知識と経験を持った人物と比べればどうしても拙い部分が出てしまう。
せっかく革命が成功し、新体制になったのに、知識や経験不足から悪政を敷いてしまい、また革命が起きましたとなってはシャレにならない。
なので旧体制の政治家の一部は、死神の鎌の監視下の元、補佐と言う形で残ってもらう形になった。
今の所この男に怪しい動きは無く、仕事も丁寧にやってくれている。
現に、今もリカルドに仕事を押し付けられたというのに、嫌な顔一つせず書類を受け取ると部屋を出て行った。
「はい。お仕事終わり!」
「王よ。公私混同です」
正直、私のリカルドに対して敬意の欠片もない態度は、十分に公私混同だが、まぁ良い。
こんなふざけた事をやっているリカルドだが、他の役人と比べ物にならない量の仕事を効率よくこなしているので、誰も強くは言えない。
だから、余計にイラっとするわけだが。
「はぁ……。リカルド王、私に何か」
「あー、そういう堅苦しいの無し、今は仕事中じゃないだろ?」
「はいはい。それで相談ってなに?」
ぶっきらぼうに聞いてみるが、内容は予想付いている。
「実は、最近パオラが私を避けてるみたいなんだ」
「はぁ……」
思った通りの恋の相談だ。
「目が合うと顔を逸らされるし、近づこうとすると、急用を思い出したと言ってどこかに行ってしまうんだ」
「そうですか」
「私は、どうしたらパオラと仲直り出来るだろうか?」
仲直りというか、それは完全にパオラがお前を意識しているだけだ。
全く。なんで気づかないのか。自己に対する評価が低すぎる。
まぁこの自己評価の低さのおかげで、兄に対して劣等感を感じているリカルドを利用し、各国と協力関係を結び、革命後の疲弊したこの国を、外国からの侵略を防げるようになったのは感謝している。
だが、今はどうだろうか?
イラっとするという感想しか出て来ない。
「いっそ結婚を申し込んで来い。お前も王なんだ。周りを安心させるために妃が必要だろ?」
「し、しかし。パオラにもし振られでもしたら……」
「いまやパオラ様は聖女と持て囃される存在だ。そんな事言ってる間に、他の人間に取られるぞ」
「だ、だけど」
「あーもう、男だろ! うじうじしてないでビシっと決めて来い!」
俺はリカルドの背中を押し、執務室から追い出す。
「今の時間なら、王宮の庭園を見てるはずだ。さっさと決めて来い」
ドア越しに、か細い声で「分かった」と返事が聞こえてきた。
自分の机に座り直し、新たに書類を取り出す。
だが、仕事を再開しようとしても手に着かない。
コンコンとノックのあと、ドアをガチャリと開き、ザガロ大臣補佐が入ってきた。
「あの、マルク大臣。一つ宜しいでしょうか?」
「どうした?」
ザガロは真剣な顔をしていた。
人が居ないとはいえ、本来は職務中。
リカルド……王への態度が咎められるかと思ったが、違った。
「マルク大臣。貴方も男でしたらビシっと決めるべきです!」
「……何の話だ?」
「パオラ様へ、恋心を抱いてらっしゃるのでしょう?」
「……」
何も言えなかった。
うまく隠していたつもりだが……。
どうごまかそうか考えてみたが、ザガロの問いに対し、沈黙をしてしまった時点で肯定したようなものだ。
仕方がない。
「パオラはリカルドに恋しているのは、傍から見て分かるだろう? それに、俺がリカルドに勝てると思うか?」
少し声が震えた。
言葉にすると、余計惨めになった。
そんな風に自嘲気味な俺に対し、ザガロは真っ直ぐに俺を見据えたままだ。
「勝てる勝てないの問題ではないはずですよ。そんな打算で動けるなら、貴方はレジスタンスなんて作っていないでしょう」
勝てる勝てないの問題じゃない、か。
リカルドに出会う前の俺が持っていた物で、今の俺に欠けた物だな。
「……ザガロ大臣補佐。済まないが、もう少しだけ休憩に行ってくる」
「はい。ご武運を」
扉を開けて、頭を下げるザガロの横を抜け、俺は走り出した。
中庭まで走ると、庭園で花を愛でているパオラの姿が見えた。
その少し離れた物陰から、見守る、と言うよりは不審者のようにパオラを見ているリカルドの姿が見えた。
間に合ったようだ。俺はパオラの元まで走って行った。
「あら、マルク様ごきげんよう」
「あぁごきげんよう。済まない、少しだけ待っててもらって良いか?」
「はい……?」
小首をかしげるパオラを背に、俺は叫んだ。
「リカルド! そこに居るのは分かっている! 俺と決闘しろ!」
「マ、マルク様? 急に何を言っているのですか?」
驚く様子のパオラ。リカルドはまだ出て来ない。
なので更に叫ぶ。
「出て来なければ、俺の不戦勝でパオラは頂いて行くぞ! それでも良いのか!?」
「マルク。先に確認するが、悪い冗談か?」
「うおっ!」
叫ぶと同時に、目の前にリカルドが現れた。
普段、俺に見せない敵意を露わにしながら。
こんなのと決闘? 冗談じゃない。皇帝竜を倒せる相手だぞ?
俺じゃ、やっぱ無理だ。
「俺は本気だ! パオラをかけて勝負しろ!」
でも、俺の口は止まらなかった。
「……良いだろう」
「負けても恨みっ……」
口上を上げながら構えた瞬間に、俺は宙を舞った。
しばらくの浮遊感の後に、全身に衝撃が伝わった。
痛い。骨の一本や二本折れたのではないかと思えるほどの痛みに、顔を歪める。
見上げると、冷たい目でリカルドが俺を見ていた。
「もう終わりか?」
「ッ! まだだ!」
軋む体に力を入れ、必死に立ち上がった所で、再度浮遊感に襲われる。
パオラの小さい悲鳴が聞こえた。
くっそ。リカルドの動きが速すぎて、そもそも何されたかさえ分からない。
「なん、の、この、程度……」
立ち上がるたびに、浮遊感が俺を襲う。
いまだに気絶も死にもしない辺り、リカルドは手加減してくれているのだろう。
「も、もうやめてください」
俺とリカルドの間にパオラが割って入ってきた。
両手を広げ、目の端には涙を溜めて……。
……もう、これ以上続けることは出来ないな。
勝敗は決した。
「リカルド。お前の勝ちだ」
「マルク……」
「パオラ……悪かったな……」
立ち上がり、いつもリカルドがしているように、パオラの頭を撫でようと手を伸ばそうとして、辞めた。
俺は敗者だ。そんな権利は無い。それに、彼女が求める相手は俺じゃない。
2人に背を向け、執務室へ向かい歩き出した。
「マルク大臣。素晴らしかったですよ」
「無様の間違いじゃないか?」
部屋に戻るなり、ザガロが俺の手当てを始めた。
断る理由は無い。素直に治療を受け入れる。
「いえいえ。もし私が若い女性でしたら、マルク大臣に惚れていましたよ」
「ははっ、それは惜しい事をしたな」
軽口に、軽口で返したつもりだった。
「惜しいですか、そうですかそうですか。そういえば、丁度私の娘が良いお年頃だったのを思い出しました。私以上に気立ての良い娘でしてね」
……全く、そういう事か。
この男がどうやって宰相まで上り詰めたのか、何となくわかった気がした。
「宜しければ今度、うちの娘とお見合いなんていかがでしょうか?」
「このタヌキめ」
「良く聞こえませんでしたな」
とぼけたような顔で、てきぱきと手当てを済ませていくザガロ。
結局、この男の掌の上で踊らされていただけか。
とはいえ、悪い気分ではない。むしろ胸のモヤモヤを解消されたまである。
「そうだな。それなら、まずはこの仕事を片付けてから考えるか」
「分かりました。それでは早速仕事を片付けましょう!」
わざとらしくため息をついて、俺たちは仕事を始めた。
大臣に抜擢され、何日か経過した。
執務室で書類に目を通しながら、仕事を一つ一つこなしていく日々。
正直言うと、レジスタンス時代のリーダーの方が楽だったなと思える。
積み上げるというのは、壊す事よりも遥かに難しい。
だが、今の仕事にはやりがいを感じている。
やっている仕事の一つ一つが、より良い国を作るという、レジスタンス時代に描いていた夢だったのだから。
「マルク。君に折り入って相談があるんだ」
人が真剣に仕事をしている横で、リカルドが泣き言のようにしがみついて来る。
「王よ。今は仕事中です。公私混同はおやめください」
そう言って、書類に目を落とす。
ロクでもない相談なのは分かり切っている。なので極力無視だ。
「はぁ……そうか。わかった」
リカルドはため息をつき、俺から書類を奪い取った。
「ザガロ大臣補佐。マルク大臣の代わりに、この仕事を頼む」
「分かりました」
リカルドがそう叫ぶと、執務室に急ぎ足で入ってきた顔色の良い恰幅の良い男。ザガロ大臣補佐。
彼は元々は、ヴェラの宰相だった男だ。
本来は旧体制の人間を政治に関わらせる事は反対だが、レジスタンスのメンバーは政治に関してはほぼ素人ばかりだ。
俺も多少の知識はあるが、専門の知識と経験を持った人物と比べればどうしても拙い部分が出てしまう。
せっかく革命が成功し、新体制になったのに、知識や経験不足から悪政を敷いてしまい、また革命が起きましたとなってはシャレにならない。
なので旧体制の政治家の一部は、死神の鎌の監視下の元、補佐と言う形で残ってもらう形になった。
今の所この男に怪しい動きは無く、仕事も丁寧にやってくれている。
現に、今もリカルドに仕事を押し付けられたというのに、嫌な顔一つせず書類を受け取ると部屋を出て行った。
「はい。お仕事終わり!」
「王よ。公私混同です」
正直、私のリカルドに対して敬意の欠片もない態度は、十分に公私混同だが、まぁ良い。
こんなふざけた事をやっているリカルドだが、他の役人と比べ物にならない量の仕事を効率よくこなしているので、誰も強くは言えない。
だから、余計にイラっとするわけだが。
「はぁ……。リカルド王、私に何か」
「あー、そういう堅苦しいの無し、今は仕事中じゃないだろ?」
「はいはい。それで相談ってなに?」
ぶっきらぼうに聞いてみるが、内容は予想付いている。
「実は、最近パオラが私を避けてるみたいなんだ」
「はぁ……」
思った通りの恋の相談だ。
「目が合うと顔を逸らされるし、近づこうとすると、急用を思い出したと言ってどこかに行ってしまうんだ」
「そうですか」
「私は、どうしたらパオラと仲直り出来るだろうか?」
仲直りというか、それは完全にパオラがお前を意識しているだけだ。
全く。なんで気づかないのか。自己に対する評価が低すぎる。
まぁこの自己評価の低さのおかげで、兄に対して劣等感を感じているリカルドを利用し、各国と協力関係を結び、革命後の疲弊したこの国を、外国からの侵略を防げるようになったのは感謝している。
だが、今はどうだろうか?
イラっとするという感想しか出て来ない。
「いっそ結婚を申し込んで来い。お前も王なんだ。周りを安心させるために妃が必要だろ?」
「し、しかし。パオラにもし振られでもしたら……」
「いまやパオラ様は聖女と持て囃される存在だ。そんな事言ってる間に、他の人間に取られるぞ」
「だ、だけど」
「あーもう、男だろ! うじうじしてないでビシっと決めて来い!」
俺はリカルドの背中を押し、執務室から追い出す。
「今の時間なら、王宮の庭園を見てるはずだ。さっさと決めて来い」
ドア越しに、か細い声で「分かった」と返事が聞こえてきた。
自分の机に座り直し、新たに書類を取り出す。
だが、仕事を再開しようとしても手に着かない。
コンコンとノックのあと、ドアをガチャリと開き、ザガロ大臣補佐が入ってきた。
「あの、マルク大臣。一つ宜しいでしょうか?」
「どうした?」
ザガロは真剣な顔をしていた。
人が居ないとはいえ、本来は職務中。
リカルド……王への態度が咎められるかと思ったが、違った。
「マルク大臣。貴方も男でしたらビシっと決めるべきです!」
「……何の話だ?」
「パオラ様へ、恋心を抱いてらっしゃるのでしょう?」
「……」
何も言えなかった。
うまく隠していたつもりだが……。
どうごまかそうか考えてみたが、ザガロの問いに対し、沈黙をしてしまった時点で肯定したようなものだ。
仕方がない。
「パオラはリカルドに恋しているのは、傍から見て分かるだろう? それに、俺がリカルドに勝てると思うか?」
少し声が震えた。
言葉にすると、余計惨めになった。
そんな風に自嘲気味な俺に対し、ザガロは真っ直ぐに俺を見据えたままだ。
「勝てる勝てないの問題ではないはずですよ。そんな打算で動けるなら、貴方はレジスタンスなんて作っていないでしょう」
勝てる勝てないの問題じゃない、か。
リカルドに出会う前の俺が持っていた物で、今の俺に欠けた物だな。
「……ザガロ大臣補佐。済まないが、もう少しだけ休憩に行ってくる」
「はい。ご武運を」
扉を開けて、頭を下げるザガロの横を抜け、俺は走り出した。
中庭まで走ると、庭園で花を愛でているパオラの姿が見えた。
その少し離れた物陰から、見守る、と言うよりは不審者のようにパオラを見ているリカルドの姿が見えた。
間に合ったようだ。俺はパオラの元まで走って行った。
「あら、マルク様ごきげんよう」
「あぁごきげんよう。済まない、少しだけ待っててもらって良いか?」
「はい……?」
小首をかしげるパオラを背に、俺は叫んだ。
「リカルド! そこに居るのは分かっている! 俺と決闘しろ!」
「マ、マルク様? 急に何を言っているのですか?」
驚く様子のパオラ。リカルドはまだ出て来ない。
なので更に叫ぶ。
「出て来なければ、俺の不戦勝でパオラは頂いて行くぞ! それでも良いのか!?」
「マルク。先に確認するが、悪い冗談か?」
「うおっ!」
叫ぶと同時に、目の前にリカルドが現れた。
普段、俺に見せない敵意を露わにしながら。
こんなのと決闘? 冗談じゃない。皇帝竜を倒せる相手だぞ?
俺じゃ、やっぱ無理だ。
「俺は本気だ! パオラをかけて勝負しろ!」
でも、俺の口は止まらなかった。
「……良いだろう」
「負けても恨みっ……」
口上を上げながら構えた瞬間に、俺は宙を舞った。
しばらくの浮遊感の後に、全身に衝撃が伝わった。
痛い。骨の一本や二本折れたのではないかと思えるほどの痛みに、顔を歪める。
見上げると、冷たい目でリカルドが俺を見ていた。
「もう終わりか?」
「ッ! まだだ!」
軋む体に力を入れ、必死に立ち上がった所で、再度浮遊感に襲われる。
パオラの小さい悲鳴が聞こえた。
くっそ。リカルドの動きが速すぎて、そもそも何されたかさえ分からない。
「なん、の、この、程度……」
立ち上がるたびに、浮遊感が俺を襲う。
いまだに気絶も死にもしない辺り、リカルドは手加減してくれているのだろう。
「も、もうやめてください」
俺とリカルドの間にパオラが割って入ってきた。
両手を広げ、目の端には涙を溜めて……。
……もう、これ以上続けることは出来ないな。
勝敗は決した。
「リカルド。お前の勝ちだ」
「マルク……」
「パオラ……悪かったな……」
立ち上がり、いつもリカルドがしているように、パオラの頭を撫でようと手を伸ばそうとして、辞めた。
俺は敗者だ。そんな権利は無い。それに、彼女が求める相手は俺じゃない。
2人に背を向け、執務室へ向かい歩き出した。
「マルク大臣。素晴らしかったですよ」
「無様の間違いじゃないか?」
部屋に戻るなり、ザガロが俺の手当てを始めた。
断る理由は無い。素直に治療を受け入れる。
「いえいえ。もし私が若い女性でしたら、マルク大臣に惚れていましたよ」
「ははっ、それは惜しい事をしたな」
軽口に、軽口で返したつもりだった。
「惜しいですか、そうですかそうですか。そういえば、丁度私の娘が良いお年頃だったのを思い出しました。私以上に気立ての良い娘でしてね」
……全く、そういう事か。
この男がどうやって宰相まで上り詰めたのか、何となくわかった気がした。
「宜しければ今度、うちの娘とお見合いなんていかがでしょうか?」
「このタヌキめ」
「良く聞こえませんでしたな」
とぼけたような顔で、てきぱきと手当てを済ませていくザガロ。
結局、この男の掌の上で踊らされていただけか。
とはいえ、悪い気分ではない。むしろ胸のモヤモヤを解消されたまである。
「そうだな。それなら、まずはこの仕事を片付けてから考えるか」
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