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第7章「旅の終わり」

第5話「孤児院」

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 朝、いつも通り早くに目が覚めた。
 隣で寝ているアリア達を起こさないように、ゆっくり起き上がり、音が出ないようにドアノブを回してそっと部屋を出る。
 まだ寝ていたいところだけど、パーティの朝食を準備するのも勇者の仕事の一つ。
 さて、今日は何を作ろうか。そんなことを考えながらリビングまで行くと、そこにはレッドさんが居た。僕よりも早く起きて居たようだ。

「おはよう。よく眠れたいかい?」

「はい、おかげさまで」

 床で雑魚寝の割には快適だった。
 床には柔らかい敷物が敷かれているおかげで、下手な安物のベッドよりも快適だ。
 そのことでお礼を言おうとして、ギョッとした。
 丈の短いシャツ、ショートパンツ。アリアよりも確実に大きい胸が、シャツからこぼれ落ちそうになっている。
 それでいて、ハーフだからかドワーフなのにお腹周りはほっそりとしている。リンよりも身長が低いのに色気が溢れている。

「どうしたの? ボクの顔に何かついてる?」

 目を半眼にして、眠たそうな顔で僕を見上げてくる。寝起きで適当に結んだのであろう赤髪のツインテールは長さ形不揃いだ。
 
「いえ、その。あぁ、そうそう、そろそろ朝食を作ろうかなと思って」
 
「そうなんだ。ちょうどボクも朝食を作ろうと思って起きたところなんだ」

 そう言って彼女はエプロンを取り出して着けた。

「良かったら一緒に作ろうよ」

「はい」

 朝食はパン、煮込んだ豆のスープ、サラダを作った。
 レッドさんの格好については、しばらくしてから起きてきたキバさんに注意されていた。当の本人は「えー。動きやすくて良いじゃん」と言って聞き入れる様子はなさそうだ。

「あっ、もしかしてキバ、ボクの事イヤラシイ目で見ていたとか?」

「ちがっ、そんなわけないだろ!」

 続々と他の子達も起きてきたが、そんな2人のやりとりを気にする様子がないところを見ると、これがいつもの光景なのだろう。

「え~、ほんとにぃ?」

「バカ! 当たり前だろ。兄弟なんだぞ!」

 これは僕の勘が言っている。「巻き込まれる」と。
 この後の展開としては「エルクはボクのからだ見てどう思った?」とか聞かれて、どう答えても弄られるパターンだ。
 そして何故か良いタイミングでアリア達に聞かれていて、サラとリンには冷めた目で見られ、アリアとフレイヤは「私は?」なんて言ってくるのがオチだ。
 よし、絡まれる前に部屋に戻ってアリア達を起こしに行こう。

「エルクはボクの……って居ないし!」

 思った通りだった。
 気づかれないようにリビングを抜けて正解だったようだ。
 そのまま僕は部屋の前まで来た。

「朝食の準備が出来、あっ……」

 勢いよくドアを開けると、下着姿のアリア達が目に映った。
 どうやら着替えている最中のようだ。
 
「何か言い残すことはある?」

 サラの問いに、僕は笑顔で首を振った。
 刹那、雷を思わせるようなゲンコツが僕の頭に炸裂した。


 ☆ ☆ ☆


 朝食を終えた僕らは観光する事にした。
 呑気だと言われそうだけど仕方がない。だって仕事が無いのだから。
 そして帰ろうにも次の船が来るまで何日かかかる。
 物価が高いから、僕としては節約の為に孤児院に引きこもって起きたいところなんだけど、異国の地にテンションが上がってる彼女達を見るとそう強くは言えない。
 正直、サラは今回のことで凹んでいるんじゃないかと思ったけど。

「噂話なんてそんなもんよ」

 と言ってケロッとして居た。
 リンも特に落ち込んだ様子はない。
 2人とも、そこまで期待はしていなかったのかもしれないな。本当にあったら良いな程度にしか受け取っていなかったのかもね。

 しかし、昨日のレッドさんの話を聞く限り、アインにはドワーフやホビット以外の種族はほぼ住んでいない。
 「アルヴならどんな種族も平等に暮らせる」と言う噂に対しても「それはないんじゃないかな」と苦笑していた。
 どうせ「街の人たちが優しくしてくれる。出来ればここに住みたい」が人伝で伝わる間に内容が変わってしまったのだろうな。

「兄ちゃんたち街を見て回るんだろ?」

「良かったら私達が案内してあげる」

 観光しようと決めたものの、行き先が決まらず居た僕らにビアード君とチョロちゃんが話しかけて来た。
 2人の後ろにアクアちゃんが腕を組んでため息をついている。レッドさんとキバさんは今日は勉強のために出かけているので、彼女がこの2人のお目付け役にされたのだろう。
 特に行き先も決まっていない。お願いすることにした。


 アリアと手を繋いだピアード君と、リンと手を繋いだチョロちゃんを先導に街を歩く。
 その後ろをアクアちゃんが歩き、僕の両隣でサラとフレイヤが歩いている。
 街の人たちがアリア達を微笑ましいものを見た後に、僕を見てまた違った笑みを浮かべて来る
 今朝、着替えを覗いてしまった事をまだ根に持ってるサラに僕が拝み倒してる様子が他の人には痴話喧嘩をしたカップルのように見えているのだろう。
 もしかしたらフレイヤも入ったドロドロの三角関係に見えてるのかもしれないな。どっちにしろ誤解だけど。


 ピアード君たちに街の施設をアレコレと教えてもらったけど、ある程度は他の国と同じような感じだった。
 ただ『科学』のおかげで利便性は大きく違っていた。
 特別な才能が無くても火や水がいくらでも出せるから、料理店では食材を洗うのに水をジャブジャブと使っているし、火を起こすための種火を用意したりする必要もない。
 温める事も簡単に出来るからわざわざ浴場に行かなくても、どの家庭にもお風呂があると聞いた時にはサラの目が光っていた。その後ぶつぶつと「やっぱりこの街に住めればな」と今更ガッカリしていた。

「所で一つ聞いて良いかな?」

「うん。いいよ」

「あの煙突みたいなのから出てる煙って何かな?」

「煙突? 排気口の事かな?」

 排気口というのか。

「あれは、鉱石を使うと発生する煙やガスを出してるって言ってた」

「鉱石?」

「鉱石ってのは、えっと……」

 困ったような顔をしたビアード君とチョロちゃんの視線がアクアちゃんに向けられる。

「私達が『科学』と呼んでいる物を使うには、トルネシウムっていう鉱石が必要なの」

 魔道具で術者が魔力を使う代わりに、媒体を使うようなものかな。
 ちなみに少量でも多くのエネルギーが生み出されるから、雷神トールが鉱物に変わった物として伝えられてるそうだ。

「アインにある鉱山ならどこでも大体手に入るけど、鉱石をトルネシウムかどうか判別する事が出来る能力を持つドワーフの一部しかいないわ」

 20歳までにどんな才能を持ってるか調べ、素質がある人はそれぞれ素質にあった職場を紹介してもらえるそうだ。
 だけど素質があるけどやりたくないなら他の仕事をしても良いらしい。
 20歳までに勉強をして、好きな仕事を選べる。国が豊かな証拠なのだろう。
 日が沈むまで街の案内をしてもらった。


 2日目。
 ヴェルの領主に頼まれていた「エルフがヴェルに居る」という宣伝を触れこもうとしたけど、効果はイマイチ。
 彼らにとっては人も獣人もエルフも同じレベルの珍しさなのだから仕方がない。

 次の船の予定を調べた。
 予定通りなら一週間後との事で乗船券を先に買っておいた。
 船に乗るという事で、船酔いの薬も先に買った。
 サラがこの世の終わりのような顔をしていた。

「よく考えたら、帰るのにも船に乗らないといけないんだったわ」

 空がダメなら海のルートはないか調べたら、あるにはあるらしいけど相当危険らしい。それに揺れも空より海の方が酷いのだとか。

 3日目。
 正直、観光に飽きた感が出てきた。
 確かに便利で真新しいものはあるけど、慣れてくると特に何も感じない。
 アインを出る際に何か持ち出せないか調べたけど、科学に関するものは殆どが外国への持ち出しが禁じられており、見つかったら重罪だった。たとえ持ち出せたとしても、トルネシウムが無ければ動かないのだから意味が無い。

 4日目。
 今日はレッドさん以外が勉強のため出かけている。
 毎日出歩いていたから少し疲れたので、今日はゆっくり休む事にした。

 子供達を見送った後、僕らは椅子に腰掛け、食後の紅茶を飲んでいた。

「キミ達もファミリーネームを作ったんだ」

「うん。ファーミリアって名前をエルク君が考えてくれたんだよ」

「これで、家族」

 アリアとフレイヤが家族と言うのを、レッドさんは目を細めて見ていた。
 僕たちやレッドさん達が今までどんな生活をしていたのか、お互い笑いながら話し合っていた時だった。

「何か来るです!」

 突然リンが立ち上がった。
 リンが反応してると言うことは、モンスターでも街中に紛れ込んだのだろうか?

「街中にモンスターでも現れたとか?」

「この街でモンスターが現れるなんて聞いたことないよ。この辺り一帯にモンスターはいないはずだから」

「リン『気配察知』はどの辺りを示してるかわかる?」

「結構遠いです。街の中からいくつも反応があるです」

 街の中からいくつも反応が?
 僕らは扉を開け外に出た。
 街を見渡すが、平和そのものだ。とてもモンスターが出ているようには見えない。
 きっとリンの思い過ごしだろう。そう言おうとした時だった。

 街のあちこちからドーンと爆発音が鳴り響き、黒煙と炎が上がり始めた。
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