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第5章「エルフの里」

第10話「森の中での戦闘」

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 生い茂った森は、背の高い木々が日の光を遮ってやや薄暗い。
 ピーピさん達の関所から、ダンディさんのエルフの里まではまだ踏み固められたような道があったけど、ダンディさんのエルフの里を出てからフレイヤさんのエルフの里に向かう時はしばらく歩くとすぐに道が無くなった。
 完全な獣道で、道幅が明らかに僕らが通るには狭く、1列になって歩かねばならない程だ。
 ダンディさん、フレイヤさん、僕、アリア、サラ、リンの順番で歩いている。

「エルフの人達はこんな道を歩いているんですか?」

 ダンディさん達なら平気だとは思うけど、フレイヤさん達もこんな道を使っているのだろうか。

「違いますわ。わたくしやダンディは基本木の上を移動しますわ。今はあなたたちに合わせて下を歩いているのですわ」

 こちらを振り向こうともせずに、前を向いたままフレイヤさんが答えた。
 木の上を移動って、それはそれで凄いんだけど。

「ところでダンディさんの所のエルフの里周辺は、何度か踏み固めたような道がありましたが、ここら辺はそういう風にはしないのですか?」

「あぁ。私達はここら辺に住むモンスターや動物を狩っていたから自然と道が出来たが。ひょろがり達はあまり肉を食わないから、狩りをそんなにしないんだ」

「ダンディ、あなたそれを知っているのでしたら、毎回わたくしの皿にお肉をてんこ盛りにするのはやめてくださる?」

「そうだな、でも肉を食え。強くなれないぞ」

「もう良いですわ」

 無駄を悟り、がっくりとうな垂れた様子でトボトボと歩くフレイヤさん。
 ダンディさんとフレイヤさんの軽口がその後も続いているのを見る限り、二人は仲の良い友達同士なのだろう。丁度今後ろでサラが金切り声をあげてアリアに何か言ってるのに似ている。
 ははっ、何があったか分からないけどアリアは僕を盾にしようとするのはやめてね。サラもそこで「何よ!」って八つ当たりするのは止めてくれないかな。そろそろ置いていかれるよ?
 案の定遅れだした僕らは、少し速歩きでダンディさん達を追いかけていった。

 しかし前を歩く二人を見ると、本当に同じエルフ族なのかと疑問に思ってしまう。
 先頭を歩くダンディさんは、僕らよりも身長も体格も二回り以上大きく。先頭を歩いてくその姿は、この上なく頼りになる戦士のようだ。
 実際に戦闘になるとその剛腕から放たれる打撃はかなりの物で、下手な当たり方をすれば鈍器で殴られるよりも危険だ。受けた事があるから身に染みてよくわかる。
 その後ろを歩くフレイヤさんは、身長こそ僕と変わらないものの、やや痩せ気味に思えるスタイルが線の細い印象を受ける。
 ダンディさんが言うには「キラーファング程度なら、フレイヤが一人でも狩れる」と言っているので、見た目に反してある程度の戦闘力はあるようだけど。本当に大丈夫なのかイマイチピンと来ない。
 この二人の共通点と言えばピンと張った長耳くらいで、他は全くの正反対だ。
 
「止まるです!」

 そんな風に考えながら歩いていると、リンが切羽詰まったような声でストップをかけた。

「どうし」
「シッ!」

 僕が「どうしたの?」と言うのを、リンが僕の口の前に指をやり「静かに」とジェスチャーしながら止める。
 真剣な表情のリンを見て、皆黙ってリンの言葉を待った。 多分『気配察知』でモンスターの存在に気付いたんだろう。でもいつもと違い余裕がなさそうに見える。

「あっちの方向からモンスターが向かって来てるです。速度を考えるとキラーファングですが、8体もいるです」

 キラーファングが8体?
 キラーファングは基本群れを作らない。多くて『つがい』となる2体だ。
 それが8体も居るという事は。

「キラーヘッドだな」

 ダンディさんの言葉に僕は頷き、荷物を降ろした。
 同じくアリアもすぐさま荷物を降ろし、盾を構えて準備をしているが、サラは「えっ?」といった表情でキョロキョロしている。
 そういえばサラとリンは、キラーヘッドと戦った時に居なかったからキラーヘッドがどんなモンスターか僕らから聞いた話以上には知らないか。

「戦闘を回避は出来ないの?」

「こっちにまっすぐ向かって来てるから、気づかれてるです」

「私とフレイヤなら逃げ切れなくはないが、お前達と一緒では無理だな。どの道キラーヘッドを放置していれば、いずれ里にも被害が出かねない。やるぞ」

 ダンディさんの言葉を聞いて、サラはため息をつきながら「大丈夫?」と言って荷物を降ろしていく。
 多くて2体としか戦った事が無いのに、いきなり8体。しかもこんな森の中でだ。サラが不安がるのも仕方がない。

「リンさん、モンスターが来るのがわかったのは『気配察知』ですか?」

「そうです」

「そうですか。では、キラーファングの中に移動速度が違う個体は混じっておりませんか?」

「えっと、他より遅いのが2体です」

 遅いのが2体いると聞いて、一瞬フレイヤさんの眉がピクリと動いた。

「オホホホ、ダンディ、キラーベアが2体ですわ。あなた一人でいけます?」

 軽口を叩く所を見ると、キラーベア2体くらいならダンディさん一人でいけるのかな?
 勿論そんなわけがない。フレイヤさんの表情は青ざめ、声も少々震えているのがわかる。

「1体ならいけるが。2体となると厳しいな」

 一人で1体でも十分すごいけど。
 もう1体はどうしよう、アリアとリンで1体を相手してもらい、僕がサラとフレイヤさんの護衛として残るか。

「それならもう1体をアリアとリンにお願いすれば」
「だめだ。それよりキラーヘッドを早めに倒さないと、次々に仲間を増やされる」

 僕の提案はダンディさんにすぐさま却下された。
 そういえばキラーヘッドは、ほっとくと遠吠えで次々と仲間を呼び出すんだっけ。

「……ッ、来たです!」

 どうしようか悩む時間は与えてくれないようだ。
 リンが叫ぶと同時に茂みから茶色い影が5つ飛び出してきた。キラーファングだ。
 僕らの対面に立ち「グルルルルル」と唸り声をあげている。
 その少し後ろにキラーファングの黒色の個体、キラーヘッドが見える。
 
「左右からそれぞれ1体来ます」

 僕らがキラーファングを警戒している隙に、キラーベアが襲い掛かるつもりだったのだろうが、こちらには『気配察知』を持つリンが居るから、不意打ちは通用しない。
 こちらに襲いかかろうとするキラーベアに、アリアとダンディさんが左右へそれぞれ飛び出した。
 アリアは盾を構え、爪を振り下ろすキラーベアを上手くいなしていく。しかし中々攻勢には出れないようで、防戦一方になっている。
 ダンディさんは肉弾戦だった。キラーベアの攻撃をその巨体に似合わない敏捷性でふわりふわりと、まるで風に舞う木の葉のように避け。時折カウンターを決めている。本当に一人でやるつもりなのか。

「アオオオオオオオオン」

 キラーヘッドの雄たけびが響き渡る。
 
「このままですとキラーヘッドが仲間を呼びますわ」

「わかった。それならさっさと倒せば良いんでしょ!」

 サラは即座に無詠唱でコールドボルトをキラーヘッドに向けて放つが、まるで飛んでくる事をわかっているかのような動きで避けられる。
 
「サラさん。キラーヘッドは『魔力感知』があるので魔法は当たらないですわ」

「何よそれ!」

 サラの気が一瞬それたのを感じ取ったのか、キラーファングがサラの叫び声と同時に5体一気にこちらに向かってかけてくる。
 先頭を走る1体が飛びかかり、リンが剣を構えて前に出た。
 リンの構えた剣が飛びかかってきたキラーファングの喉元を捕らえ、着地の勢いで剣が深く突き刺さる。
 すぐさま刺さった引き抜こうとするけど、喉に剣が刺さってもまだ絶命しておらず、もがき暴れるキラーファングに近づけない。
 そんなリンをターゲットに残り4体のキラーファングが飛びかかろうとしていた。

「ウンディーネよ、我が腕を弓にせん。コールドボルト」

 フレイヤさんのコールドボルトが、飛びかかろうとするキラーファング放たれた。サラの出すコールドボルトよりも倍近いサイズだ。
 そんな僕の顔と同じくらいのサイズのコールドボルトがキラーファングに放たれ、貫通し体に大穴を空けていく。

「ざっと、こんなものですわ」

 そう言ってフレイヤさんは誇らしげに胸を張っている。胸は無いけど。
 とにかく、これで後はキラーヘッドを倒してダンディさんとアリアの手伝いに行こう。

「えっと……こっちにいっぱい来るです」 

「いっぱい?」

「いっぱいです」

 キラーヘッドの雄たけびで呼び寄せられたか。
 どうするか考えろ。このままではジリ貧だ。
 キラーヘッドを倒したいけど、サラやフレイヤさんの魔法では『魔力感知』で避けられてしまう。
 避けられないように誘導する手もあるけど、そんな事やっている間に次々とモンスターは寄ってくるし、アリアやダンディさんがいつまで持つかもわからない。
 じゃあリンにお願いして僕が二人の護衛をするか? いや、リンじゃ厳しいかもしれない。
 キラーヘッド1体ならまだ何とかいけるかもしれない、でも途中で呼んだモンスターが次々と襲い掛かってきたら対処しきれないだろう。
 それにリンの腕力では倒すのにも時間がかかってしまう。
 それなら、僕が『混沌』で倒しに行こう。もし他のモンスターが僕に横やりを入れても、素手だからすぐに対応できる。
 リンにはここに残って、サラとフレイヤさんの護衛を頼もう。遠くから打ち漏らして接近してきたモンスターに専念してもらい、少しでもサラとフレイヤさんに余裕を持ってもらえれば、その分ダンディさんやアリアの支援が出来るはず。

「リン。僕がキラーヘッドを倒してくるから、サラとフレイヤさんをお願いして良い?」

「わかったです」

 力強く頷くリンに、僕は父から貰った剣を渡して頷き返す。

「グルルルルルルゥ」

 茂みからはキラーウルフとキラーフォックが何匹か姿を見せる。まだキラーファングは来ていないようだ。追加が来る前にさっさと終わらせよう。
 僕は『混沌』を使い、一瞬だけアリアとダンディさんをちらりと見て、二人がまだ無事なのを確認してからキラーヘッドの元へ駆けだした。

 駆けだすと同時に勢いあまり木にぶつかり、そのまま木が折れて倒れる。
 狭い森の中で『瞬歩』が使えないのは勿論の事だけど、『混沌』もいくらか力を抑えないと厳しい。
 せめてここがもうちょっとひらけた場所ならそれなりに上手くできるかもしれないけど。そんな愚痴を心の中でこぼしながら、キラーヘッドを見ると僕が近づいた分だけ離れて行っている。
 そりゃそうか。他のモンスターを動かせるんだから、わざわざ自分が危険な場所に行く必要はないんだし。
 キラーヘッドと追いかけっこをしながら、次々と木にぶつかっては、木が倒れていく。
 あまり他のモンスターと離れないようにしているのか、ぐるりと一周する感じで元の位置に戻ってきた。

 そうだ、良い事を思いついた。僕がもう一度一足飛びで近づくと、今度は木にぶつからずに止まれた。というか最初にぶつかった場所なので木は既に倒れている。
 キラーヘッドは勿論近づいた分だけ逃げていく。同じ道をたどるように。
 そしてそこには僕が倒した木が倒れている。倒れた木を飛び越えようとした瞬間に、僕は足元にある倒れた木をキラーヘッド目がけて蹴とばした。
 周りの枝とぶつかりながらズサーと音を立ててキラーヘッド目がけて飛んでいく。そのままキラーヘッドに直接当たってくれれば良いけど、そこまで上手くはいかないか。
 しかし枝の部分が当たり、そのまま下敷きになってくれた。するりと抜け出そうとするがもう遅い。一瞬で近づいた僕はキラーヘッドの首を両腕で抱きしめるように掴み、力を入れる。
 鈍い音が聞こえ。そしてキラーヘッドは動かなくなった。

 よし、後は残りの殲滅だ。
 サラとフレイヤさんの所はキラーファングが居ないからか、数は多いが問題ないといった様子だ。二人の魔術による弾幕でモンスターは近づけず、上手く近づいた所をリンに仕留められている。
 アリアも防戦に徹しているようで攻撃は出来ないが、余裕はありますといった感じだ。
 アリアと目が合った、顎でダンディさんを指している。まずはそっちを助けてあげてと言う事だな。

「ダンディさん、助けに来ました」

「別に1体なら私だけでも倒せるから、大丈夫だ」

 実際強がりじゃなくて本当に倒せるっぽいな、見ると疲弊しているのはキラーベアの方だ。
 上手く腕が上がらないのか、2足立ちで右手はだらんとしている。

「それなら二人で早く倒して、他の人の手伝いに来ましょう」

「わかった。それならエルク、一瞬で良いからあいつの左手の注意を引き付けてくれるか? 右手はもう動かないから左手だけで良い」

「わかりました」

 返事と同時にキラーベアの左側へ駆け、殴りかかる。
 器用に体を曲げ僕のパンチを避けると同時に左手の爪を振り下ろすのをバックステップで躱すが、木の根に足を取られ、尻もちをついてしまった。
 あ、やばい。そう思った時には既にキラーベアは僕の目の前に立って居た。2足歩行でも結構な速度で歩けるのかコイツ。
 そして、そのまま前のめりにバタンと倒れてきた。見るとダンディさんが足払いをして転ばしていた。
 転ばせたキラーベアの両足をダンディさんはすぐさま脇に抱え、グルグルと回し、遠心力で空へポーンと投げ出す。
 何をやっているんだと思う僕に目もくれず、そのままジャンプ。落ちてくるキラーベアに組みつき、両足で首をホールドし、両手はキラーベアの両腕を掴み”気を付け”の姿勢にしながら、落下する勢いのままキラーベアの頭から落ちていく。 
 地面に衝突すると同時にゴキッと言う鈍い音が響き、キラーベアはぐったりとして動かなくなった。

 アリア達の方を見ると、そっちも無事キラーベアが片付いたようだ。背中には、サイズが違うがどちらも大きなコールドボルトが2本、羽のように突き刺さっている。
 胸を張るフレイヤさんと悔しそうな顔をしているサラ。多分先ほどのフレイヤさんに対抗するように大きいサイズのコールドボルトを出したが、それをさらに上回るサイズのコールドボルトで対抗されて悔しがっているのだろう。
 こんな時に何やってるんだか。気が抜けたついでに『混沌』を解除した。制限時間よりも長かったせいか、いつもの吐き気に襲われる。

「大丈夫か?」

 座り込んで、必死に口をおさえる僕を心配するように、ダンディさんが背中を擦ってくれている。

「まだです!」

 少し離れたところで、リンがこちらを指さし叫んでいる。

「ガアァァァッ!」

 茂みがカサカサと動いたかと思うと、2匹のキラーファングが左右から僕らめがけて飛び出してきた。
 そして「ボウッ」という音ともに火柱が立ち、片方はファイヤピラーの勢いで燃えながら上空へ吹き飛ばされ。もう片方は「キャン」と鳴き声を上げて吹き飛んでいた。こっちはよく見るとコールドボルトが腹部に突き刺さっている。 
 どちらもまだ息はあるが、致命傷で立ち上がる事すら出来ない感じだ。
 そして僕らの目の前でサラが杖を両手で構え、茂みを警戒するように睨んでいる。シアルフィで自己強化をして一瞬で僕らの前まで来てくれたようだ。

「リンッ! 他は?」

「もう居ないです」

「まったく、アンタはもうちょっと緊張感を持ちなさいよ」

 正直どの口が言うと思ったけど、あえて口にしない。助けてもらったのは事実だしね。素直にお礼を言った。
 アリアとリンがこちらに向かってくる後ろで、ポカーンと口を開けて驚いた様子でこちらを見ているフレイヤさんと目が合い、目をそらされた。
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