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第4章「ヴェル魔法大会」

第19話「最後の学園生活」

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 いつもの朝、ちょっとだけ気怠い体を無理やり起こしてテンションを上げる。

「朝だよ。皆起きて」

 毛布の上から揺さぶって起こす。普段は変な所を触ってしまうという事故が怖くてこんな事はしないけど、今日は特別だ。
 まずはリン。眠たげに目を擦りながら「はいです」と言って起き上がったが、ベットの上にペタンと座りこみ、そのまま二度寝。
 人間寝起きと言うのは得てして不機嫌なものだ。ここでもう一度揺さぶれば機嫌を損ねたリンに何をされるか分からない。寝起き故に加減もないだろう。

「アリアがリンにキスしようとしてるよ」

 耳元でボソっと呟く。
 半分夢の中に居た彼女がくわっと目を見開き、即座に起き上がる。その拍子に僕の顎に彼女のヘッドバットが炸裂。
 涙目で痛みに悶えながら顎を抑える僕と、頭部を抑えるリン。

「ア、アリアはどこにいるです?」

 ぶつけた頭部を擦りながらキョロキョロするリン。思った以上に効果的だった。

「おはよう」

「おはようです」

 いまだに布団の中ですーすーと寝息を立てているアリアを確認し、落ち着きを取り戻したようだ。
 挨拶をすると眉毛をヘの字にしながら返事をくれた。
 サラは寝起きが良い方なので、揺さぶって起こすとあくびをしてまだ寝足りないと言った感じだが、素直に起きてくれた。
 そして問題児のアリアだ。いまだにすーすーと寝息を立てている。
 寝ている彼女を起こすと抱き着いて来ることがあるのだ。そのまま両腕両足でホールドして、また寝てしまう。
 サラもリンもその事は知っている。そして昨日のキス事件があるから、二人はちょっと離れた所で見ているだけだ。目で「お前が起こせ」と訴えてくる。

「う、う~ん」

 いまだに寝息を立てる彼女の前で、腕を組んで仁王立ちしながら思考してみる。
 どうやったら安全に起こせるだろうか?
 『混沌』を使えば彼女のハグを回避する事は出来るかもしれないけど、そもそも掌から精気を吸っちゃうから朝から気怠い気分にさせてしまうだろう。
 仕方ない。捕まった場合は彼女達に後をお願いするか。

「もし僕がアリアに捕まったら、その後にアリアを起こすのをお願いします」

「嫌よ!」
「嫌です!」

 即答だった。まぁそうだよね、標的が変わった場合を考えるとそうなるか。
 今までと違い、キスをしてくる可能性もあるし。

「別に女の子同士なんだから、キス位良いんじゃないの?」

 二人が一瞬で鬼のような形相に変わる。ごめん、今の失言だったかも。

「じゃあ、アンタはあのバカとキスしろって言われたら出来るの?」

 あのバカ、スクール君の事か。
 スクール君とキス出来るかって? 決まってるさ、そんなの出来ない。
 想像しただけで気分が悪くなった。

「ごめん。本当にごめん」

 さて、そうは言ったものの事態は何も変わってはいない。
 いっそキスしてしまおうか?
 王子様のキスで目覚めるお姫様のお話のように。まぁ僕にそんな勇気はないけどね!

「サラ。ちょっとお願いがあるんだけど」

「嫌よ」

 即答だった。
 聞く耳を持っていないようだ。説得するのは難しいし勝手に話を進めよう。納得する内容なはずだし。

「料理を手伝ってほしいんだ。サラにしかお願いできないんだ」

「わかったわ」

 これまた即答だった。料理が好きな彼女らしい。
 早速1階に降りて台所を借りる。料理と言ってもパンを焼くだけだ。
 パンを焼くだけで料理と言えるのかって? 彼女はパンの耳を切るだけでも喜んで料理と言い張るから大丈夫だろう。
 家庭用魔法で火を起こしてもらい、適当に焦げ目がつく程度に焼く。最近は彼女も焼く事に慣れたのか焦げ目がついてもオロオロしなくなってきた。

「これぐらいで良いわね」

「うん。サラも大分上達したね」

 ちょっと前までは「チマチマしてないで、一気に火力を上げて焼けば良いじゃない」と脳筋のような発言をしていたサラが、ゆっくりと焼く大切さを覚えた。
 僕に褒められて「この程度楽勝よ」と言いながらも、耳は真っ赤で口元がにやけている。
 焼いたパンを皿に乗せ、ハチミツを適当にかけてもらって完成だ。

 2階に戻り、いまだにシーツを被って寝息をたてる彼女の横で、皿を持って立つ。
 手を振って匂いを彼女まで届くように。
 焦げ目が出来る程にアツアツになったパンに乗ったハチミツが、その香りを一層強めていく。そしてその匂いに釣られるように、シーツから腕が伸びてくる。
 匂いの元を探ろうと手がプラプラと宙を彷徨い、少しづつ確実に僕の方へ向かってくる。
 彼女の手の範囲から逃れるように、ゆっくりと後ろに下がるとシーツから伸ばしていた腕から上半身が這いよるように出てくる。
 そのまま下がって、テーブルの上にそっと皿を置き離れる。するとまるでおびき寄せられるように目を閉じたままのアリアがフラフラと歩き出し、パンを掴み食べ始めた。
 
「おかわり」

 食べ終わった辺りで目が覚めたのだろう。皿を僕に差し出しおかわりを要求してくる。

「おはよう」

「うん。おはよう」

 僕の挨拶で頭も覚醒したようだ。
 起きて学園に行くための準備をするが、尚も「おかわりは?」と聞いてくるアリア。もうすぐ朝食だから我慢してね。
 普段より少しだけ早い時間に準備が終わった。
 いつもならシオンさん達が朝僕らの部屋に迎えに来るが、今日は僕らが迎えに行こう。そう思って少しだけ彼女達にも早起きをしてもらったのだ。
 シオンさんが今日からまた一緒に登校すると言う事で、ウキウキしてテンションが上がり、僕が早く起きちゃっただけなんだけどね。

 コンコン。
 ノックをすると既に準備を済ませたシオンさんが出てくる。

「そろそろお前達の部屋に行こうとしていたが、今日は早いな」 

「はい。待ちきれなくて来ちゃいました」

「あ、あぁ、そうか。俺達ももう準備が出来ている。朝食にしよう」

 イルナちゃん達と挨拶をかわして僕らは1階まで向かう。
 後ろからリンが僕の刃が無い剣を持って、無言で僕の頭を叩き続けている。さっきの嘘の仕返しのようだ。
 ふふふ、リン痛いからそろそろやめてくれるかな? いや、本気で痛いから。
 そのまま朝食を取り、皆で登校した。


 ☆ ☆ ☆


 学園の校門を抜けた辺りでシオンさんに気付いた生徒が声をあげ、学園が一気に騒がしくなった。
 シオンさん達とは教室が違うので、教室の前で別れた。教室に入るといつもよりも人が少ない。シオンさんが登校したからそっちの教室を見に行ったのだろう。

「やぁ、おはよう」

「おはよう」

 いつもと同じ席で、スクール君と朝の挨拶。そして適当な雑談。
 と言っても彼の口から出る話題は大抵女の子の話ばかりだ。「誰々が告白して振られた」「新しく出来たお店の売り子が可愛くてさ」「この前凄く胸の大きい女の子が居て、可愛いから声かけたら男だったんだけど」そんな感じの話が彼の口からポンポンと出てくる。

「ところでさ、この状況でキミは何とも思わないのかい?」

 ちょっと困ったようにスクール君は笑っている。座ったまま下半身が氷漬けになった状態で。
 朝からサラのフロストダイバーで腰から下を氷漬けにされているのだ。理由は昨日彼がアリアに変な事を吹き込んだことだ。
 彼はバカではない。だから悪気があって言ったわけじゃないのだろうけど、それが甚大な被害をもたらしたのだから仕方ない。
 
「もしかして、ケルベロス――3つの口を持つ魔術師――の通り名を、ヒュドラ――5つの口を持つ魔術師――に変えて宣伝した事を怒っているのかな?」

 前言撤回しよう。彼はバカだ。
 追加のフロストダイバーで、今度は首から下まで氷漬けにされたていた。


 ☆ ☆ ☆


 午前の授業が終わった。午後の授業は無いから各自適当に帰るなり自習していくなりの自由時間だ。
 いつも通り皆と一緒に食堂で昼食をとるために、シオンさん達を呼びに行こうかな。そう思い席を立った時だった。

「で、アンタはこの後どうするの?」

 サラがスクール君に話しかけていた。極力挨拶すら交わそうとしないのに。
 スクール君も前に色々あった後ろめたさがあり、自分からは極力話しかけないようにしていた。それが珍しくサラから「この後どうするの?」と話しかけられ、「えっ、あ、うん」とどう反応するべきか考えあぐねている様子だ。

「お昼ご飯を食べようかなと思っている所だよ」

「そう。ならまだどこで食べるか決まってないんでしょ、アンタも来なさいよ」

 サラがスクール君をお昼に誘った。凄く意外な展開だった。
 リンも少し驚いたような顔をしている。卒業試験の事件があってから、彼女は何かと彼が関わると嫌そうな顔をして、彼もそれを察して一緒に食事に行ったりするのを出来るだけ遠慮していた。一体なんの風の吹き回しだろうか?
 もしかしてアリアとキスした事が、本当は内心嬉しかったとか。無いな。

「良いのかい?」

「アンタが居ない話題になると、いつもコイツがウジウジした顔になるのよ。それに卒業まであと4日だしそれくらいはアンタの顔見る位は我慢できるわ」

「うん。ありがとう」

 そっぽを向いて、「さっさと行くわよ」と前を歩く彼女が小声で「リンが許してるのに私だけがいつまでも怒っててバカみたいじゃない」と呟いたのは聞こえなかったことにしておこう。


 ☆ ☆ ☆


「それにしても、あと4日か」

 誰彼ともなく出た言葉。そう、卒業まであと4日だ。
 僕らは2ヵ月くらいしか居なかったけど、短かい間だけど色々な事があって長く感じるようで、それでもやっぱり短く感じた2ヵ月だ。
 少ししんみりとした空気になり、皆の会話が途切れてしまう。

「そうだ。卒業式の後に皆でドーンと打ち上げとかしない?」

 スクール君は空気を変えようと、必死にあれこれとあえてくだらない提案をしては周りから突っこまれ笑いを取っている。それだけで少し空気が和らぐ、正直ありがたい。
 結局、打ち上げで飲みに行く位しかまともな提案が出ないままだった。

「あれは、ジャイルズ。もしかして例の物を完成させたのか!?」

 こちらに向かって歩いて来るジャイルズ先生に気付き、イルナちゃんが目を輝かした。
 彼女はジャイルズ先生が手に持っている物を、新しいおもちゃを買ってもらい、今か今かと待ちわびる子供のようになっている。
 ジャイルズ先生はぶよんぶよんした長さ1m程の棒状の物と、同じくぶよんぶよんした20センチ程の丸いボールのような物を持っている。

「イルナさん。ついに完成しましたよ」

「おお! ついに完成したのか!」

 二人は興奮した様子だが、僕らにはそれが何の道具か分からず反応出来ない。
 イルナちゃんが棒状の物の持ち手を掴む、それは左右にぶよんぶよんと揺れる。やわらかい素材で出来ているが、それなりにしなっているようだ。
 そしてそれでボールのような物を叩くと、割れた。そして満足そうな顔をしているがやはり何が凄いのかわからない。
 割れたボールを触ると、しばらくしてまた同じ大きさに戻る。多分魔力を込めたのだろう。それでもやっぱり何が凄いのかわからない。
 イルナちゃんとジャイルズ先生は、うんうんと頷いてとても満足そうな笑みを浮かべているけど。
 シオンさんとフルフルさんも腕を組んで一緒に頷いているけど、多分二人はイルナちゃんが満足そうにしてるのを見て頷いてるだけで、これが何かわかっていない可能性が高い。
 サラもリンも頭に「?」を浮かべ首を傾げている。その隙にアリアは彼女達の料理をひょいひょいと盗み食いしている。後でサラに叱ってもらおう。

「えっと、それは何をする道具ですか?」

 気になったので聞いてみた。

「うむ。これは勇者ごっこをするための新しい道具じゃ」 

 腕を組み、胸を張り、誇らしげにイルナちゃんが答えたが、勇者ごっこのための道具って。
 あぁ、勇者ごっこをする時に棒で叩いたりしたらケガするから、お子様に配慮した道具か。
 でもそのために学園で開発って、彼女らしいと言えば彼女らしいけど。

「ふっふっふ。エルク君、これはそれだけの道具じゃないんだよ」

 他にも意図があるのか。確かに子供たちのおもちゃの為に開発するわけないよね。
 でも何に使うんだろう?

「近年では魔法大会もレベルが上がってきたせいで、どうしても参加するのに二の足を踏んでしまう人が多くてね」

 そう言って、イルナちゃんから棒状の物を受け取り素振りをし始めるジャイルズ先生。
 なるほど、素振りをしているといくら補助魔法で身体強化して早く振ってみても棒状の物はぶよんぶよん動くせいで思ったように動いてはくれない。これなら『瞬戟』を使ったとしても普通の人でも見切れる速度になるだろう。
 試しにアリアに『瞬戟』をやってもらってみた。棒状の物は、しなる勢いでアリアの頭を強く打ちつけてから、ぼよんと前に振り出された。

「痛い」

 棒状の物が柔らかいとはいえ、『瞬戟』の速度でしなり頭に跳ね返って来たそれは痛かったようだ。
 むしろ『瞬戟』でも痛いですむ程度だから、ケガをする事はないか。しかも自分に当たるなら『瞬戟』は使っても意味ないな。

「このボールを帽子に固定して。相手のボールを割るというルールでやろうと思っている。この街の魔法大会に次ぐ新たな名物として」

 司会者の人も大会参加する人を呼び込もうとしてたけど、やはり実力差を感じて中々出られないだろうからね。
 でもこれならある程度技量が離れた相手とも戦える。流行るかどうかわからないけど。

「それで今度、デモンストレーションで使ってみたいのだが。何かアテはないかね?」

「それなら卒業後の打ち上げとして、皆で一緒に勇者ごっこはどうじゃ?」

 胸を張って高らかに提案するイルナちゃん。
 遠巻きに僕らを見ていた生徒たちは、少し苦い顔で笑っている。やはりこの歳で勇者ごっこと言うのは恥ずかしいのだろう。流石に無理かな。

「面白そうだ。俺は参加しよう」

 シオンさんの言葉に、一部の生徒が「えっ?」と騒めく。

「良いじゃない、私達も参加するわ。アンタも来るんでしょ?」

 サラ達の参加宣言で「おぉ」とさらに食堂が騒めきだす。

「それじゃあ、女の子達誘って参加しようかな」

 スクール君も参加表明すると、その言葉に周りに居た生徒達は「どうする?」「勇者ごっこって流石に恥ずかしくないか?」「でもシオンさんとか参加するっていうし、せっかくの卒業後の打ち上げだよ?」
 ざわざわとどうするか相談する生徒達。そんな生徒達を見渡し、「オホン」と一つ大きな咳ばらいをしてジャイルズ先生が注目を集めた。

「数に限りがあり、先着順になっているから希望者は早めにお願いします」

 ジャイルズ先生の言葉を聞いて「俺、ちょっとクラスの奴に教えてくる」と一人の生徒が走り出したのを皮切りに、他の生徒も同じように走り出した。友達やクラスメイトを誘う為だ。

「ほっほっほ。数に限りがあると言っても、学園の生徒全員に配っても余る程度はもう準備してあるのですがね」

 年の功と言うべきか、タヌキと言うべきか。
 これで成功すれば良いけど。

 次の日、学園はその話題で持ち切りになり。参加希望者は軽く100人を超えた。
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