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第2章「魔法都市ヴェル」

第11話「それでも僕は」

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 僕らは森を抜け、宿まで戻ってきた。
 サラがリンの足の状態を見ているが、かなり酷い傷だ。
 やはりポーションや中級治療魔術程度ではどうにもならない。
 
「専門の治療魔術師の人に見てもらおう」

「だ、大丈夫で……ッ!」

 大丈夫だと言って、歩いて見せようとしたリンだが、激痛で立ち上がる事すらままならない。
 それでも何度も立ち上がろうとするのを辞めさせるが、「大丈夫」だと言って聞かない。

「リンッ!」

 強い口調で名前を呼ばれ、リンは一瞬ビクンと震えて、俯いた。 
 このまま問答していても仕方ない。可哀想だけど強めに言わせてもらおう。

「リンは、パーティに迷惑かかると思って、大丈夫って言ってるんでしょ?」
 
「……はいです」

「それは違うよ。迷惑なんて誰も思っていない、だって仲間なんだから」

「……」

「もしこれで無理してリンが歩けなくなったら、そっちの方が迷惑するんだ。わかるかい?」

「うっ……グス」

 泣かしてしまった。アリアとサラの目線が痛い、けどこれもリンの為なんだ、心を鬼にしよう。
 何とか説得することに成功し、納得してくれたようで最後はコクンと頷いてくれた。

「それじゃあ、今から治療に行こうか。さぁ僕の背中に乗って」

「はいです」

 嗚咽交じりの返事をして、僕の背中におぶさって来てくれた。正直心が痛い。
 さて、問題は専門の治療魔術師がどこにいるかわからない。
 宿の人にでも聞いてみようか。魔法大会の闘技場がある位なんだ、きっと治療施設だって沢山あるはずだ。
 ドアを開けて部屋を出ようとしたところで、スクール君と鉢合わせた。

「やあエルク君、キミがリンちゃんを背負って歩いている姿が見えたから心配になってね。もし治療魔術師に診てもらうつもりなら、案内しようか?」

「スクール君、お願いしていいかな?」

「あぁ、ついてきてくれ」

「ありがとう」


 ☆ ☆ ☆


 わりと近場に治療魔術院はあった。
 中に入るとスクール君は受付を通り過ぎて、そのまま治療魔術師の先生を呼んできてくれた。
 白衣を着てメガネをかけた、若い女性だ。短く切りそろえた髪は清潔感を感じさせる。

「スクールの頼みなら仕方ない。すぐに見てあげよう」

「ありがとうございます」

「スクール、これで貸し一つね」

 治療魔術氏は、凄く悪い笑顔をしていた。

「おぉ、キミは獣人か。ちょっと尻尾触っても良いかい?」

 無遠慮な態度だが、獣人と分かっても変な態度を取らないでちゃんと見てくれている。相変わらず悪い笑顔のままで。
 高額な治療費請求されたりしないか、ちょっと不安だ。

「おお、可愛いパンツ穿いてるな」

 足のケガを見ていたと思ったら、そのままリンのスカートをガバっと開きだす。本当に大丈夫かこの人?
 チラっとリンのパンツが見えてしまい、見ないように目をそらすが、逸らした先にはサラが居た。こっちも悪い笑顔だ。

「リンは私が見てるから、あんたらはギルドに報告でもしてきなさい」

 僕とスクールは追い出されるように外に出た。何故かアリアも一緒だ。
 そうだな、とりあえずギルドに報告してこよう。「今回の依頼は失敗しました、ごめんなさい」と。
 違約金が発生するが、それも仕方がない。
 例えリンがケガをしていなかったとしても、僕は続けることに反対しただろう。

 ギルドに向かう途中に、見知った顔がこちらに息を切らせながら走ってきた。
 先ほどの依頼で、キラーベアを見て腰を抜かして半狂乱になっていた男子生徒だ。
 こんな所まで追いかけてきて、まだ言い足りないのか?
 これ以上やるって言うなら、僕も冷静でいられる自信はない。
 だが様子が変だ、明らかに何かに怯えている。目にいっぱい涙を溜めて、必死にこちらまで走ってきた。

「た、助けてほしい! お願いだ!」

 走って来た彼が僕の肩を掴み、縋るように助けを求めてくる。

「落ち着けピーター。いったい何があったんだ?」

 スクール君にピーターと呼ばれた男子生徒は、息を整えようとして、ゲホゲホと咽ている。
 僕はとにかく嫌そうな顔をしながら水筒を彼に渡した。正直さっきの事があるからそのまま咽させたいが、緊急事態の様子でもあるし。
 僕の表情を見る余裕もないのか、水筒をすぐさま受け取り、中の水をゴクゴク飲んでいる。
 アリア、ステイステイ。まだ殴っちゃだめだ。

「キラーヘッドに襲われたんだ。頼む、皆を助けてくれ」

「キラーヘッド、ですか?」

 どうやら僕らと別れた後に、彼らはそのまま散策を続けたそうだ。
 そこで一匹にキラーファングを見つけて、倒そうと追いかけた所。キラーファング、キラーウルフ、キラーフォックの群れに囲まれたそうだ。
 
 基本キラーファングもキラーウルフもキラーフォックも群れる事は無く、1、2匹で行動している。
 一度に遭遇する数が少ないために、危険度は低いとされるが、キラーと名前の付くモンスターを統率出来るキラーヘッドが居る場合は別だ。
 
 キラーヘッドは茶色の毛皮のキラーファングの色違いで黒色の毛皮をしている。
 固体としての能力はキラーファングとは大差は無いが、統率能力があるため、遭遇した場合は取り巻きを何匹もつれて襲い掛かって来る危険度の高いモンスターだ。
 キラーベア同様に、森を抜けた山の方に生息していると聞いていたのだけど。

「それで、状況は?」

「俺は何とか走って逃げれたけど、先生達がそのまま。アイスウォールで四方に壁を作って時間を稼いでいるけど、魔力が切れたら終わりだ」

「おい、エルク君。もしかして助けに行くつもりなのか?」

「頼む、皆を助けてください。お願いします」

 その場で土下座を始めるピーター、道行く人は怪訝な顔で見ている。
 まるで僕らがイジメてるようにも見えなくもない。

「エルク、助けに行くつもり?」

「うん、僕は助けに行こうと思う」

「やめるんだ! こいつらのさっきの話を聞いたけど、そんなの自業自得だろ!」

 自業自得か、前にも聞いた気がする。
 そうだ、ジーンさん達の時だ。あの時は復讐しようとしているアルフさんが言ってたっけ。
 幼稚な正義感だって。

「それでも僕は、助けたい」

 確かにあいつらがやった事は許さないし、許す気もない。
 でも、だからって見捨てて良いとも思わない。

「エルクならそう言うと思ってた。急ごう」

 いつも無表情のアリアが、笑った気がした。
 走り出す僕らの後ろでスクール君が叫んでいる。「やめろ、あんな奴ら生きる価値が無いんだ」と。
 彼の言葉を振り切り、走っていく。


 ☆ ☆ ☆


 先ほどのひらけた場所まで来た。ここを行った先の場所で襲われたと言ってたな。
 実際ここまで来ると、キラーファングやキラーウルフの「ウオオオオオオオン」と言う事が聞こえてくる。まだ戦っているのだろう。

 声のする方向へ急いでいくと、スーツ姿で片眼鏡をかけた、白髪交じりのオールバックの初老の男性。スクール君達の時に引率をしていたジャイルズ先生が。
 自慢のスーツはボロボロに引き裂かれ、所々血が流れ出ているのが痛ましい。
 何故ジャイルズ先生がここに?

「やぁ。キミもピーター君に頼まれて、助けに来たのかい?」

 穏やかな顔で、まるで世間話でもするようにこちらに話しかけてくる。
 先生もピーターに頼まれて、彼らを助けに来たのか?
 だが、その彼らはアイスウォールの中で見守っているだけだ。

 先生に向かって、後ろからキラーファングよりも一回り小さなキラーウルフが飛びかかって来たが、一瞬で地面から「ゴオオオオオオオオオオ」と音を立てて現れた、無詠唱のファイヤピラーに吹き飛ばされ、キラーウルフは丸コゲになった。

「いやはや、昔はブイブイ言わせたものなのだけどね。どうやら私も歳のようだ。申し訳ないが、彼らを助けるために手伝ってもらえないだろうか?」

「なんで、そんなになってまで彼らを助けようとするのですか?」

「はっはっは、可愛い生徒を助けるのに、理由は必要かな?」

 愉快そうに笑いながらも、次々とキラーファング、キラーウルフを仕留めていく。
 だが、全部を捌ききれるわけではない、急いでジャイルズ先生の元まで走る。捌ききれなかったモンスターをジャイルズ先生に近づけないために。

「いいかい? あいつらは目線が外れた瞬間に襲い掛かって来る。逆を言えば目を合わせておけばこちらのタイミングで飛びかからせる事が出来るのだよ」

 まるで授業を行うように、僕らにアドバイスをくれる。
 先生の魔法は強力だが、モンスターの数が多すぎる。奥に居る黒色のキラーファングがキラーヘッドだろうか? が遠吠えをするたびに次々に沸いてきて、これではキリがない。

「キャアアアアアアアアアアア」

「ギャアアアアアアアアアアア」

 突如、バキンと何かが砕けるような音がした。
 四方を固めたアイスウォールが破られたのだ、キラーベアによって。

「キラーヘッドはキラーベアも支配下に置けるらしいからね」

 口調は明るいが、見るとジャイルズ先生の顔から余裕の色消えている。
 
「うわっ」

 キラーベアに気を取られた一瞬の隙をついて、キラーファングに押し倒された。
 キラーファングのツメがわき腹に食い込んでくる、だが問題はそっちじゃない。このままでは喉をかみちぎられるだろう。
 そうだ、目線を逸らすな、逸らした瞬間に襲い掛かって来る。下手に動いても多分アウトだ。
 僕は右手の剣を逆手に握りなおし、噛みつこうとしてきたキラーファングの口めがけて突き入れた。
 そのまま噛みつこうとした勢いで、剣はキラーファングの喉を突き破り、そのまま痙攣して、バタンと倒れた。

「エルク、大丈夫?」

 心配そうに声をかけてくれるが、アリアも手一杯でこちらを見る余裕もない。

「僕は大丈夫、それより」

 そう、それよりもキラーベアだ。
 キラーヘッドに、キラーベアに、キラーファングとキラーウルフとキラーフォックが大量の状況だ。
 生徒たちと引率の教員が僕らの元まで走って来る。
 キラーベアは、動かない? もしかして、統率されているから下手に動いてこないのか? それでも状況が最悪な事からは変わりないが。
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