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205話 要塞 3(2021.08.27改)

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「結局……要塞の中には入れなかったかー」

 弱音を吐きながら夕食の並ぶテーブルの上に突っ伏す。そんな僕をみんなが心配気に見つめた。テリア、ボロニーズ、モーソンの三人は、夕食に夢中だが……。

(お父様、私がアルジェントに乗って要塞に突入して、あの門を中から開けてみせますわ)

 僕を気遣って、ローズが両手をテーブルに付きながら勢いよく立ち上がり力説する。
 そんなローズの頭に僕は〝えいっ〟と掛け声と同時に手を握り軽く落とした。

(痛いです……痛いですわ、お父様)

 普段頭を撫でるのと変わらない威力のゲンコツにも、ローズは〝ぐすん〟鼻を鳴らしながら涙目になる。痛い痛くないというより、僕に叩かれたことがショックだったんだろう。思わず慰めそうになるが今は心を鬼にする。

「無茶をするのは禁止だよ、今回は出来るだけ怪我人を出さない方法を選びたいんだ」

 ワイバーンとの戦いで、左腕を失ったテリアの痛みに歪んだ表情が今も忘れられない。従魔たちは、僕の願いを叶えるためなら喜んでその命を投げ出すだろう。それじゃあダメなんだ。
 今日だって……ブランデルホルストとナファローネたちデスアーマーたちは無傷だったが、レッサースパルトイたちの中には、城壁から落とされた石に当り、大きく鎧がへこんでしまった者もいる。
 怪我人はすでに出てしまった。それでも、これ以上は増やしたくはない。
 みんなには、もっと自分の命と体を大切にしてほしい。

 差し当たっての問題は――攻城戦について、あまりにも知らないことが多いことかな。兵士ならいざ知らず冒険者が攻城戦に詳しいってのも変だけど、せめて要塞の門の構造くらいは勉強しておくんだった。冒険者ギルドに要塞の本が置いてあるかは謎だけど。
 木のカゴいっぱいに盛られた、迷宮胡桃パンに手を伸ばすと、食べやすい大きさに千切りながら口に放り込む。
 良い考えが浮かばないや。
 ふと、僕の斜め前で、夢中になって骨付き肉に喰らい付く見た目カワウソな幼馴染のモーソンに目が止まった。そう……この愛くるしさ爆発の喋るカワウソは、こう見えて元軍人さんなのだ。

「モーソンって、一応軍人だったよね」
「むほおほほむ……ゴホッ、いひおうってだいごへいだだのもとえすにむかふて(一応って第五兵団の元エースに向かって)」

 咽せながらもモゴモゴと喋る。
 喋るのは口の中の物を飲み込んでからでいいのに、モーソンも口に物が入ったままでは喋れないと思ったのか、両頬が大きく膨らむほど詰め込まれた肉を大急ぎで呑み込むと。一気に水を飲み、やっとの思いで顔を上げた。

「ごめんね、おいしそうに食べてたのに邪魔しちゃって」
「大丈夫、肉は逃げないしね。でルフトは何を聞きたいの?」

 食事の邪魔をしたわりには、モーソンは機嫌がイイ。
 時折椅子からはみ出した尻尾が左右に揺れている。モーソンは嬉しいことがあるとこうして尻尾を左右に大きく揺らすのだ。自分を犬かなにかだと勘違いしてないか、カワウソとしての生活にもだいぶ馴染んだようだ。魔物に成り立ての頃は、口の周りの毛に食べ物が貼り付くだけで気持ち悪いと騒いでいたのに、今では口の周りがソースだらけになろうが……生焼けの肉に齧り付いて血まみれになろうが、気にする素振りを一切見せない。
 あまり野生化してほしくはないんだけど……。
 それにしても、どうしたんだろう?今日のモーソンは本当に機嫌が良い。

「元軍人の僕に何でも聞いてよ!従魔としては新入りで力も弱いけど、こう見えて僕は意外と頼りになるんだから」

 なるほど、頼られたことが嬉しいのか……従魔になってからのモーソンは、どちらかというと誰かに頼られるというよりはみんなに頼ってばかり、弟的な立ち位置だった。こうして僕から頼られるのが嬉しいんだろう。昔のことは覚えてないけど、モーソンは人に頼られるのが好きなのかもしれない。
 瞬きを繰り返して期待に満ちた表情をするモーソン。
 何だろうこの愛らしさは、僕の口元も思わず緩んでしまいそうだ。いつか人間に戻る方法を見つけて、モーソンには、プリョードルさんたちに〝ただいま〟と言ってほしいんだけど……こういう表情を見ると人間に戻すのが惜しいって気持ちにもなる。今のところ人間に戻る方法があるのかどうかすら怪しいんだけど。

「要塞の門ついてなんだけど、構造とか、開ける方法を知らないかな?」

 モーソンは、唸りながら右手で自分の顎の毛を撫でるように触り目を閉じる。時間にして三十秒弱。思い付いたように手を叩くと顔を上げた。

「知ってるよ!あの要塞の門に似たものを見たことがあるんだ。今日見た要塞の周りには堀は無かったけど、あの門は橋を兼ねているんだと思う。門が妙に縦に長かったでしょう、門の開閉には滑車と丈夫なロープを使っていて、門の内側からロープを切るか滑車を回せば開くはずだよ」

 確かに門が妙に縦に長いのは気になっていた……でも堀も無いのに橋って?ダンジョンさんが人間が作った要塞を気に入り、ダンジョンの中に同じモノを再現したって感じなら、意味のない橋があるのも十分頷ける

「外から門を開ける方法とかは無いの?」
「無理だと思うよ。要塞の門を開けるためには、一度侵入して中から開ける必要があるってダンブロージオさんが話していたんだ。それが難しいから、要塞攻略は門が開いたタイミングを狙うのが一番良いって……それと滑車は重くて大人四、五人がかりじゃないと回らないものが多いんだって」

 ダンブロージオさんは、モーソンの義理の親とも呼べる第五兵団兵士長プリョードルさんの古くからの友人であり片腕だ。モーソンの最も親しい大人の一人でもある。

「滑車が重いのか……中に侵入したからといって開けるのは難しそうだね」

 ローズに、怪我人を出さない方法を選ぶってカッコをつけたばかりなのに、早くも打つ手がなくなってしまった。大人四~五人……力のある従魔なら二匹か、ばれずに要塞の中に侵入するのは難しいよね。

(主ドン、主ドン、わしが忍び込んで要塞の門を開けてくるゲコ)

 トンボに似た羽根を羽ばたかせながら、頭上を漂うウオルル蛙の妖精のゲコタが話に混じる。

「ゲコタが?」
(そうゲコ、わしなら姿も消せるゲコ!あれだけ重い門を支えているロープゲコよ『溶ける泡』をちょいちょい何個か貼りつけてしまえば、ロープが溶けて重さに耐えきれなくなって勝手に落ちるゲコ、スーパー名案ゲコ)

 ゲコタにしては、理にかなった意見だ。

「でもさ、姿が消せると言っても、泡魔法を使う時は『背景同化』の効果も切れるんじゃない」
(ちっちっち甘いゲコ、主ドンは甘々ゲコ。魚だって夜は寝くなるゲコよ、それに目はあまりよくないゲコ、夜中に忍び込んでしまえばこっちのもんゲコよ)

 よほど自分の意見に自信があるのか、ゲコタは物凄く悪い顔をする。怪我人を出さずに門を開けたいという僕の意図にもあっている作戦だ。
 それにしても、日々サボることを第一に考えているゲコタが自分が頑張らなきゃいけない作戦を提案してくるとは……何か裏があったりしないよね。いやゲコタを信じなきゃ、明らかに怪しいけど。

「ゲコタ、無理だと思ったら諦めてもいいからね」
(任せてくれゲコ、わしはみんなと違って痛いのも疲れるのも大っ嫌いゲコ。危なそうならダッシュで逃げてくるから安心してほしいゲコ)

 そんなことをドヤ顔で言われても、と思ったが、今日のゲコタは本当に頼もしかった。
 
 
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