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連載
204話 要塞 2(2021.08.27改)
しおりを挟む要塞――厚い城壁に囲まれた重要拠点を守るための建物、籠城するための建物で扉も少なく攻略が厄介……僕の要塞の知識なんてこの程度だ。
問題は、ナゼこんなものがダンジョンの中にあるのか。
もっともな理由として考えられるのは『ダンジョンさんの趣味!』だよね、要塞の周りには敵の侵入を防ぐための落とし穴や水を入れた堀があるって聞くけど……こればかりは、もう少し近くで調べてみないと分からない。
罠が無かったとしても、あれだけ多くの弓兵がいる時点で脅威だ。僕は城壁の上で弓を構えて並ぶ魔物を見上げた。
魔物が巨人やそれに近い大型の生物でなかったのは嬉しい。あの大きな門は単なる飾りだったんだろう、僕のドキドキワクワクを返せ。
遠い城壁の上には、弓を持ち構える沢山の魔物たちの姿が見える。種族は何だろう……初めて見る魔物だ。大きく分類するならゴブリンやコボルトたちと同じ亜人種なんだろうけど、上半身が魚で二足歩行の人に似た腕を持つ魔物。
魔物図鑑に載っている魔物の中では、上半身が魚で下半身が人、胸鰭からは鰭の代わりに手が生えたサハギンと呼ばれる魔物に近い。でも顔がサハギンとは違うんだよね……知り合いってわけじゃないけど、見慣れた顔だ。
あれか……フナだ。フナに似ているんだ。
川、沼、湖に暮らす、海の無いリレイアスト王国で最も市場に並ぶ魚。泥臭いイメージがあるから買ったことはないけど、味はフナの暮らす環境によって大きく左右されるようで、泥臭くないフナはなかなかに美味しいと聞いたことがある。
初見の魔物なのに、一番最初に考えるのが食べ物というのも、どうなんだろう。
城壁に並ぶ魔物は、僕らに気付いているのに距離が離れているためか動こうともしない。相手がどう攻撃してくるのかも含めて、探りを入れたいよね。あれだけ多くの弓兵が並ぶ城壁に突っ込むんだ。矢に当たっても怪我をしない従魔を選ぼう、そんな僕の要望に、他薦、自薦も含めてちらほらと手が上がった。
真っ直ぐ右手を上に伸ばすローズ、ローズは、当たっても平気というか飛んでくる矢を全部武器で叩き落とすつもりでいるよね、〝ローズはダメだよ〟と僕が声を掛けると、口を尖らせながら〝ローズは平気ですのに……〟と残念そうに手を下ろした。
今回は、あくまで矢に当たっても平気な従魔に先陣を切ってほしい。全身鎧が必衰である。
メンバーが決まった。ブランデルホルストとレッサースパルトイ……デスアーマー四匹、不死の魔物だから頭に矢が刺さっても問題ないと言われたのだが、見ている僕の心が痛むのでデスアーマーたちにも兜を身に着けてもらった。〝危なそうならすぐに戻って来てね〟と一人一人に声を掛ける。
矢が刺さることは無くとも、当たれば大人にゲンコツをされる程度の痛みは感じるらしい、彼らにとって大人のゲンコツなど蚊に刺されるのと変わらないんだろうけど、まずは様子見、無理をせずに、ほどほどのところで戻って来てほしい。
大小背の高さに違いはあるモノの総勢三十匹の鎧を着た従魔たちが行進をはじめる。
自分の従魔ながら、なかなかの迫力である。
要塞まで目算百メートル、初めてフナっぽい魚人たちが矢を射った。まだ距離があるためか命中率は決して良くはない。矢の雨が降り注ぐ中をブランデルホルストたちは平然と進む……要塞まで目算五十メートル、流石に矢の命中率も上がってきた。
当たったところで矢は鎧に弾かれるばかり、ブランデルホルストたちからしてみれば、多少雨脚が強くなったと感じる程度なのかもしれない。
僕らが遠くで見守る中、ブランデルホルストたちは城壁に迫った。
要塞の周りに落とし穴は無かったが、城壁の上から一斉に石が落とされはじめた。大きい物は人の頭ほどある。流石に痛いんだろう、従魔たちは盾を上に向けたまま後退りをはじめる。レッサースパルトイたちの中には石の直撃を受けたのか鎧がへこんだ者も出はじめた。大きなへこみだと自己修復に一、二週間はかかりそうだ。
ここまでかな、僕はニュトンたちに作ってもらった小さな笛を銜えて吹く。僕たち人間には聞こえない、犬笛のように体に魔石を持つ魔物にしか聞こえない音が鳴る笛。……一斉に全ての魔物が動きを止めて僕を見る。ここには魔物しかいないから、こうなるよね。
あのフナ魚人……サハギンモドキ(仮称)の方が分かりやすいか、サハギンモドキに気が付かれたからと言って彼らが要塞から出て来ることはないし、ブランデルホルストたちに笛の音が届けばそれでいい。
笛の音はあらかじめ決めておいた撤退の合図だ。
笛の音を聞いてブランデルホルストたちが撤退をはじめる。
要塞に出入りするための門はひとつ。門をブランデルホルストにハンマーで叩いてもらったけどビクともしないし、城壁同様、門の破壊も現実的ではない。
そうなると、まずはサハギンモドキの強さを知っておきたい。
戻って来たばかりで申し訳ないけど。
「ブランデルホルストごめん、あのサハギンモドキを一匹捕まえられないかな?」
僕のお願いに、ブランデルホルストは分かったと首を縦に振る。
要塞に向かって歩きはじめたブランデルホルストを、ホワイトさんが止めた。そして、僕の方を見ながら体の中から愛用の黒板を取り出して僕に見せる。
『捕まえるのは生きた状態がお望みでしょうか?』と……。
「捕まえてくれるのならどっちでもいいよ?でも、『鑑定』魔法を使いたいから死んでいた方がいいかもしれないね」
僕の言葉を聞いて、ブランデルホルストがもう一度歩きはじめた。
要塞から約百メートル、矢が飛んでくるのを気にする素振りもなくブランデルホルストは鎧から立ち昇る黒炎のオーラを使い一本の投げ槍を創り出す。そのまま城壁を見上げて一気に投げた。投げ槍にはブランデルホルストの体と繋がった髪の毛のように細い黒い糸が繋がっている。
目にも止まらぬ速度で槍は飛び、寸分違わぬ正確さでサハギンモドキの胸を貫いた。槍は体に刺さると形を変え、返し付の釣り針へと変化する。ブランデルホルストが持つ糸に引かれてサハギンモドキは空を飛んだ。
ほんの数秒の出来事――魚の表情は分からないけど、この光景を前に、他のサハギンモドキたちも弓を引く手を止めて〝いま何が起きたの?〟と理解出来ずにポカンとしているように見える。
目の前に運ばれてきたサハギンモドキの死体を観察する。
上半身は魚で下半身は鱗のある人、急いで『鑑定』魔法を使った。
■フナールアーチャーの死体 魔物ランクD- 死後間近……サハギンの近縁種で水陸共に活動可能。サハギンが海水を好むのに対してフナールは淡水を好む。火全般に弱く食用可能。
食べられるんだ……でも人型の魔物は食べるのに抵抗がある。『鑑定』魔法のLVが少し上がったせいか、以前より得られる情報も少しだけ増えた気がする。これなら、ムボたちも戦いに参加出来そうだ。
フナールの装備は、魔物の物にしては質が良く。弓も十分売り物になりそう、腰に吊るされたナタに似たナイフもよく出来ているし、宝箱が出なくても装備を回収するだけで十分お金になりそうだ。
鎧は魚の鱗を編んだものだ。これこそ本物のスケールメイルだよね。よほど大きな魚の鱗を使っているんだろう、鱗一枚一枚の大きさが大人の手の平程の大きさがある。フナールの体に合わせて作られたものだから売りに出すのに手直しは必要だけど、革鎧よりも丈夫で軽いし冒険者に売ったら人気が出そう。
魔石と装備は回収して死体は放置かな。人型の魔物を食べるのはよほど食料に困った時だけにしたい。
それにしてもフナールなんて魔物は初めて聞く、ダンジョンさんが生み出したオリジナル種族だったりするのかな?フナに似ているからフナールだったりして、ネーミングセンスが残念というか、他人の気がしない。
その後もブランデルホルストたちに、要塞への接近を試してもらったが、門に近付くことは出来ても開けることは出来なかった。
相手はちょっとした軍隊のような規模で、こっちは従魔が多いといっても一個人に過ぎないわけだから当然かもしれない。結局この日は、要塞攻略のヒントすら掴めないまま攻撃を諦めた。このダンジョンも夜になると暗くなるのか、暗いとはいえ魔物は暗視能力を持つ者が多い、用心には用心をとレモンの『サンドストーム』を目くらましに、僕らは従魔の住処に移動した。
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