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194話 強制転移(2021.08.25改)
しおりを挟む小さな岩山の頂上に現れた宝箱を目指し、モーソンが四本の手足を器用に使いながら駆け上がっていく。宝箱に化けた魔物のそばにダンジョンコングの死体を置いて、僕が本物かどうか確かめていたのをモーソンも見ていたんだろう、モーソンの口には斬りたてのダンジョンコングの腕が銜えられていた。
どんどん人からかけ離れていくような……幼馴染の可愛らしく左右に揺れる尻尾を見上げながら僕は溜め息をついた。見た目愛嬌たっぷりのカワウソ人間に、人間らしくというのも無理があるのかな。
ナゼ?モーソンがあんなに急いでいるのか、それは、宝箱は男の夢でありロマンだからである。
大穴ダンジョンでは、みんなにも宝箱を見つけたら開けていいからね、と話してあった……メルフィルさんから貰ったガイドブックを見るかぎり、この大穴ダンジョンに出現する宝箱には罠は無く、注意すべきは宝箱に化けた魔物である。と書いてあったからだ。実際、大穴ダンジョンに入ってから出現した宝箱は五個目になるが、まだ一度も罠はない。
魔物を全て倒したことで湧いて出た宝箱だ、魔物が化けている可能性は低いだろう。それでも、念には念を入れてか、モーソンは口に銜えていたダンジョンコングの腕を置くと、離れたところから木の棒で宝箱を突く。
「ねールフト、本当に僕が開けちゃっていいの?」
「いいよ、ただ……大丈夫だとは思うけど罠には注意してよね」
お互い離れた場所から叫び合う。
血の滴る肉の塊を前にしても宝箱に変化はなかったし、本物で間違いないだろう、モーソンは扉をノックするように引けた腰で何度も宝箱を叩く、そして、意を決して一気に開けた。
「あーハズレだ……何も入ってないやー」
残念そうに唸るモーソンの声が聞こえてきた。何度も開けられている宝箱なんだろう、五個目もハズレだった。先の四個も錆びた武器や石ころや何も入っていない等、すべてハズレだった。
〝ちぇー期待したのに〟とモーソンは口を尖らせて文句を言う。
ダンジョンコングの体から魔石を取り出そうと目を離した隙に――モーソンが消えた!!
何が起きたんだ?僕は思わず固まってしまう。
岩山の頂上にいたモーソンが突如として消えたのだ。我に返り、下に岩が崩れるのも気にせずに宝箱目指し駆け上がる。そして、モーソンが開けた宝箱に手を伸ばした。
(主様待つのじゃ、何らかの罠の可能性が高い。モーソンは心配だが焦って主様まで消えてしまっては大変じゃ)
フローラルの念話が、宝箱に手を伸ばそうとする僕の頭に響く。
「ありがとう。フローラル」
一度手を止めて考える。ダメだ……焦ってなかなか考えが浮かばない。冷静に……冷静にならないと。
モーソンは一瞬で消えた。宝箱の周囲には落とし穴はなく、考えられるのは宝箱に転移系の罠が仕掛けられていた可能性だ。もしそうなら、無闇やたらと宝箱に触れるのは危険だろう。残ったダンジョンコングの死体を放置したままみんなを呼んで、一度従魔の住処に入れた。一人になるのは不安だけど、これなら、転移先ですぐにみんなを呼ぶことが出来る。
宝箱に触ってみた……特に宝箱に触ったからといって何かが起こる気配はない。
(主様、どうじゃ?罠は発動したかの)
従魔の住処の中からフローラルの念話が聞こえる。
(今のところ何も起こらないよ、罠が発動する条件でもあるのかな?)
念話で中のみんなに応えながらも、念入りに宝箱を調べた。宝箱の外側には何も無さそうだ。続いて中を見る。ん?……宝箱の底に小さな札のようなものが貼ってあった。これはなんだろう?
迷わず触る。
一瞬、体が宙に浮くおかしな感覚に襲われた。すると次の瞬間、岩山は消えて明らかに今までとは違う場所に僕はいた。
(お父様、大丈夫ですか?)
心配そうなローズの声が頭に響く。〝罠が発動して飛ばされたみたい。魔物はいないから安心して〟と返すと、急いでみんなを従魔の住処から呼び出した。
「モーソーン、どこなの」
(モーソン出て来なさいよー)
「ガウガウ」
僕に続きレモンとドングリ、そしてみんながモーソンの名前を叫んだ。
暫くその場で叫び続けたが返事は無い。また、他の場所に飛ばされたら大変だ。ここからは人数を絞った方がいいのかもしれない。
「ローズ、ブランデルホルスト、ドングリとレモンとフローラルは残って。他のみんなは従魔の住処で待機で、ドングリはモーソンの匂いを探してほしい」
僕の言葉にみんなが従う。ドングリは地面の匂いを必死に嗅ぐとモーソンに匂いを見つけたんだろう。〝ガウガウ〟と僕の服を引っ張る。
モーソンが同じ場所に飛ばされたことが分かり少しだけホッとした。
匂いを追い進むドングリの後をみんなで追いかけた。
どの辺りにいるんだろう?飛ばされてしまったことで、大穴ダンジョンのどの辺りにいるのかも分からない。今のところ魔物も出て来ない……天井、床、壁に埋まった鉱石が薄っすらと光っているし、ここも大穴ダンジョンだとは思うんだけど……植物は生えていない、入口の近くの虫の魔物がいた所と雰囲気は似てるかも。
ん……?今、魔力の幕をすり抜けたような、不可思議な魔力が体を通過した。
また、どこかに移動したのか、でも……今度はみんなも離れずにそばにいる、モーソンの姿は無い。
(お父様……何か来ます)
ローズの表情が引き締まる。足音が徐々に近付いて来た。相手は気配を隠す気すらないらしい……一匹ではなく複数の足音。
明かりでその全身が浮かび上がる。人の形をしているが狼の顔、裸で全身は毛むくじゃらで筋肉質、胸板も厚い。僕たちから距離をおいてそれらは立ち止まった。
今まで魔物が居なかったはずなのに、魔力の幕を抜けた途端に姿を見せた。ワーウルフと呼ばれる魔物。コボルトとの違いはその面構えと体格か、テリアとボロニーズに怒られるかもしれないけど、コボルトはワーウルフに比べてどことなく可愛らしいというか、愛嬌がある顔と体型をしているのだ。
どうやら、彼らの爪は自由に伸び縮みするみたいだ。ワーウルフたちの爪が三十センチ近くまで伸びる。体勢を一度低くすると一気に僕らの方へ走り出した。
(お父様、ドングリ、フローラル、レモンは下がってください。狼モドキは私とブランデルで片付けますわ)
ワーウルフは強い魔物だ。強い魔物のはずなんだけど……ローズとブランデルホルストがたった二匹で、十匹近くいるワーウルフたちを次から次へと蹴散らしていく。
強い魔物だから魔石を抜き取りたいんだけど、今はモーソンを探すことを優先しないと。ワーウルフの死体をそのままにして先を急ぐ。
そこから何度かワーウルフの一団に襲われたが、ローズとブランデルホルストが二匹で全部退けた。
(主様、思ったのじゃが……何度か魔力の幕のようなものを抜けているじゃろ)
「うん?」
(この魔力の幕は魔物のいる場所と、いない場所を分けているんじゃないだろうかの)
フローラルは前を行くドングリの背の上で、振り返りながらそう言った。
確かに……魔物を倒した後魔力の幕を抜けると、次の魔力の幕を抜けるまで魔物が出てこなくなるんだよね。
宝箱の罠で飛ばされてから、魔物の湧き方も変化した気がする。僕らは本当に大穴ダンジョンの中にいるんだろうか。
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