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181話 第三都市エドックスへ3(2021.08.23改)
しおりを挟む草原にいる牛はこれで全部かな?僕らに怯えながら固まる牛の数はだいたい百頭くらい。
動物は、どう足掻いても勝てない相手を前にした時、みんなで固まり僅かでも生存率が上がる様に動くらしい、大勢で固まれば、狩る側は途中で殺すのに飽きるか満腹になって止まるからってことらしい。
僕らは、輪になって広がりながら怯える牛を取り囲む様に近付いていく。
(主、あまり前に出ては、牛殿の精神が持たぬかもしれませんぞ)
フローラルが念話で話し掛けてきた。確かに目の前の牛たちは、僕らが近付く度に全身を小刻みに震わせて、今にもショック死してしもおかしくない表情で怯えている。
牛からすれば、僕たちは悪役だ。モーソンなんて時折り僕に顔を向けては、目で牛たちの命ごいをするし、殺すつもりは微塵もないんだけど……怯える牛は可哀想だが、それでも牛乳は諦めたくない。
ホワイトさんが輪を抜けて僕の側にやって来た。黒板を取り出して文字を書く『私が牛さんたちと話してみるというのはどうでしょう?』と、ホワイトさんはスライムの変異種のせいか、不思議とどんな生き物とも話ができる。その能力のお陰でアリツィオ大樹海中域では、ストーンゴーレムたちの女王様みたいなことにもなっている。
適材適所だろう、僕は牛たちとの交渉をホワイトさんに任せることにした。
体の形を何度も変えながら牛たちの説得を続けるホワイトさん。正直、話が上手く進んでいるのかどうかすら分からない。
テリアとボロニーズがただ待っていることに飽きて、二人で遊びはじめたころホワイトさんは戻って来た。
牛たちもさっきまでに比べれば、だいぶ落ち着いたんじゃないだろうか?ホワイトさんが黒板を見せる『主、牛たちからのリクエストです。従魔の住処の草と水の味見をしてみたいそうで、出来れば主だけ来てもらえないでしょうか?みんなが怖いみたいで……』。
やはり怖かったのか……ウソをついても仕方がない、僕はアジサイの間(旧:ラガンの部屋(仮))で育った、無限箒草とオニハコベの二種類の牧草と泉の水を桶に汲み牛たちの前に置いた。牛は、スミレの間ではなくアジサイの間で飼うつもりだから、フェアリーウエルの水で釣るのは違う気がした。
数が数だ……足りなくなる度に、何度も従魔の住処に戻り牧草と水を運んでくる。
クタクタになりながらもやっとの思いで、全ての牛たちに牧草と水を配り終えた。少しして、一頭の牛がホワイトさんの前へと歩いてくる。何やら〝モーモー〟とホワイトさんに訴える牛、疲れ切って草原にへたり込む僕の前にホワイトさんがやってきた『話が終わりました。主、ここにいる牛たち全員が従魔の住処に移住希望だそうです』え……思わず固まってしまう。全員って……何頭いるんだ。僕の心を読んだのかホワイトさんが黒板の文字を書き直す『八七匹です』と、従魔の上限が分からない状況で牛乳を飲みたいからという理由だけで、八七匹もの牛を従魔にしてもいいんだろうか?そのうち子供も出来て数も増えそうだし、それに、草原から牛を全部持ち出してしまったら、村人からも恨まれるんじゃ。
「流石に草原の牛を僕が独り占めにするのは、まずいと思うんだ」
ホワイトさんが僕の言葉を牛に通訳する様に身振り手振りする。牛が〝モーモ、モーモーモーー〟と鳴いた。牛の話を聞いてホワイトさんが書き直す『ここにいる八七匹は、幾つかある牛のグループの一つなので平気みたいです!従魔の数が心配なら誰かの従者にするというのはどうでしょう?』でも、牛の鳴き声に対して文字数多過ぎないか……。
『従魔の従者』は、僕が新しく手に入れたスキルの一つだ、従魔は自分より弱い魔物を従者にすることができる。もちろん、従者になる魔物の承諾も必要だ。
問題は、従者の数にも上限があるのかどうか……だよな。
牛たちを従者にしたいと手を挙げたのは、ブルーさん、グリーンさん、レッドさんのスライム三匹、料理人として従魔の住処の台所を預かるスライム四匹のうちの三匹だ。
スライムたちは、僕と一緒で牛乳の重要性を感じているんだろう。うん、牛乳は正義だ。
僕は『従魔の従者』を発動する。複数の光の鎖が宙を舞い、そしてバラバラに砕けて浮かぶ。
鎖になる環状の部品一つ一つが従魔の従者になるための証になる。スライムたちは体を伸ばし、環状の部品一つを掴んでは、並ぶ牛一頭一頭と契約を結んでいった。
分かったことがある。『従魔の従者』の発動は思っていた以上に疲れる。八七匹の全ての牛が三匹のスライムの従者になる頃には、僕は荒い息をしながら膝をついていた。牧草と水運びの往復だけでも疲れたのに。
他の人間たちに知られる前に姿を隠そう……従魔の住処の入口を開きアジサイの間に牛たちを移動する。
真っ暗な草原に残ったのは、僕とモーソン、ドングリとフローラルとホワイトさんに二匹の牛だけだ。
その後、残った牛にお願いして草原にある泉の場所へと案内してもらった。
草原には本当に小さな泉があった。それが五つも……どの泉も草原の奥地にある。空が曇っていたせいか、この日は泉の魔物を見ることは叶わなかった。
朝起きて、みんなで牛の乳搾りをする。搾りたての牛乳は甘くて濃厚で美味しい。この牛乳でバターやチーズを作ったらどれだけ美味しいんだろう。一度ケーキって食べ物も食べてみたい。話でしか聞いたことが無いけど、甘くてふわふわした幸せを運ぶ食べ物なんだとイリスさんが話していたのを思い出す。イリスさんとセラさんの顔が思い浮かんだ。イリスさんたちは元気かな……。
次の日、暗くなるのを待ってから従魔の住処を出た。今日はキレイな月夜だ。僕に続いてナナホシとハナホシを背中に乗せた石の体をした豹の魔物ビセンテと、ムボとシザとミダを背中に乗せたシルバーウルフのドングリの順で外に出る。
周囲に気を配るも近くに怪しい気配はない。虫の声くらいは聞こえるけど……静かなものだ。草原の中の小さな泉を月明かりを頼りに順に巡る。
泉に到着するも、魔物の姿は見えなかった。宿屋の一人息子の話は嘘だったんだろうか……。
そんなことを考えながら、四つ目の泉に向かった時だ。遠くに浮かぶ光が見えた。光ながら宙を舞う魔物、泉の魔物はみんなの予想通りウイルオーウイスプだった。
「本当にいるんだ。凄いな」
そんな僕の感想に反応したのは、何故か自慢げな顔をするナナホシだ。
「ふふーん、俺の予想通りだったろ!」
「ナナホシくん、予想通りって……みんなで一緒に考えたんじゃないか」
「ハナホシばらすなよー」
ナナホシとハナホシが両腕をブンブン振りながら、ビセンテの背中に乗り言い争いをはじめる。ビセンテが困った顔で僕を見た。
「ねールフト様、ウイルオーなんとかって魔物は従魔にしないんですか?」
「お前何も知らねーんだな、ウイルオーウイスプは従魔に出来ないんだよ」
「お前ってなによ、私はシザよ!それに私はルフト様に聞いているんだからテントウムシなんかに聞いてないわ」
「テントウムシと一緒にするな!それに俺だってナナホシて名前があるんだい!」
シザとナナホシが睨み合うも、体が小さいせいか二人でじゃれている様にしか見えない。微笑ましい。
「二人共ウイルオーウイスプが逃げちゃうから静かにしようね」
二人を注意した後、小人たちにナゼ?ウイルオーウイスプを従魔に出来ないのかを説明した。
「ウイルオーウイスプは妖精界と霊界の間、異界に住む魔物でね、彼らとの意思疎通は不可能なんだ。三人はテイマーがどうやって従魔と契約を結ぶのか覚えている?」
ムボが元気よく手を挙げる。
「お互いが納得して繋がるか、力で抑え付けるかだったよな。ルフト様」
「よく覚えていたね偉いぞムボ!ウイルオーウイスプは意思疎通が出来ないから納得して契約を結ぶことは出来ないんだ。かといって強制契約を結ぼうとすれば自爆して死んじゃうしね」
ムボの頭を撫でながら三人に話しを続ける。
「ルフト様、質問があります」
「なんだい?ミダ」
「ルフト様のお部屋の本棚に、ウイルオーウイスプは魔法使いが最も多く使う魔物だと書いてあったと思うんですが……?」
「うん書いてあったね、魔法使いの中でウイルオーウイスプを使役するのは、召喚術師なんだ。彼らの魔法は召喚術、異界から魔物を無理矢理呼び出す魔法で、その中でもウイルオーウイスプは扱い易い魔物だといわれている」
召喚術師たちは、人間界とは違う別世界から魔物を呼び出して武器とする。彼らも僕らテイマーと同じで力の弱い魔物しか使うことが出来ない、それでも召喚術師たちは僕らとは違って魔法使いとしてキチンと評価されている。
弱い魔物しか召喚出来ないのにナゼ?って話になるんだけど、彼らは魔物そのものを武器として使う。ウイルオーウイスプを自爆させれば相手を失明させることも出来るし、彼らがよく呼び出すもう一つの魔物、火の魔物【燐火】。燃えている小さなハエの魔物なんだけど、魔物としては弱い燐火も散り際には強い炎をあげて爆発する。
僕らテイマーが魔物をパートナーとして共にいるのとは違い、彼ら召喚術師は魔物を道具として使い捨てにする。
しばらくその場で観察を続けた。
ウイルオーウイスプは、蛍の様には点滅しないで光続けている。蛍と違い尾の先が光るわけではなく全身が光っている。そして、彼らの見た目は蛍というよりはフンコロガシだ。
「なールフト様、今日はウイルオーウイスプを見るためだけに来たのか?」
「それもあるけど試したいこともあるんだ。ウイルオーウイスプは僕らの世界にいること自体が稀なんだよ、彼らは異界の住人だからね」
「なるほど……あの泉が異界とこの世界を繋ぐ道になっているってことか」
「そうムボの言う通り、準備があるから待っててね」
僕はみんなを残して従魔の住処に入った。
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