94 / 149
連載
159話 砂漠シマガツオ(2021.08.21改)
しおりを挟む流れが緩やか過ぎて止まっているのかと錯覚する。川というよりは湖の上にいる感覚だ。流れがどれだけ遅いのかというと、ボートの上から従魔の住処に入ってリンゴを一つ食べて戻っても、ボートはまだ手の届く場所にある。
この流れの早さならスピードは出ないものの、櫂を漕いで進むことも可能だ。
ボートの上からみんなでノンビリ釣り糸を垂らす。砂漠という過酷な環境下では、じっとしているだけでも汗が流れて体力が消耗する。
この強い日差しだけでもなんとかならないかと、ニュトンたちに相談したところ、彼らはボートの四隅に木の棒を立てて布を張り、簡易的なサンシェードを作ってくれた。日が直接当たらないだけで、こんなにも体感温度が変わることに驚いた。強い日差しから解放されたこともあり、ボートの上は思った以上に快適だ。
その後も、櫂は使わず砂の流れに身を任せながら釣り糸を垂らし続けた。砂の上でじっとしているのにも関わらず、魔物たちは襲ってこない。
砂漠の魔物たちは目や鼻ではなく、砂に伝わる振動で、獲物の位置を感じ取っているのかもしれない。
歩き続けるのに比べるとかなり楽だ。船を牽く魔物が見つかるまではこうしてノンビリ過ごすのも悪くない。
何度か従魔の住処に入って水分補給をしたが、それ以外はボートの上からひたすら釣り糸を垂らしていた。半日近く続けているのに、いまだにアタリは一度もこない。モーソンは飽きてしまったんだろう、ボートの上に横になりながらスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
日除けのありがたさを感じる。昼寝でもしようかと釣竿を引き上げた瞬間、レッドさんの釣竿が大きくしなった。
急にアタリが来たことで、ボートが大きく傾きモーソンが跳び起きる。
「えっ、な……なに?なにが起きたの?」
ヨダレを拭きながらきょろきょろと辺りを見回すモーソン、元兵士がこれでいいのかと思いながらも、微笑ましくも思えた。
魚の群れに当たったようで、レッドさんに続き、ブルーさんとホワイトさん、グリーンさんの竿も同様に大きくしなる。僕は急いでサンシェードを外すと、モーソンと置いてあった網を拾う。
レッドさんが勢いよく竿を振り上げると、銀色の魚が砂から飛び出して太陽の光を浴びてキラキラと光る。力加減を間違えたんだろう魚はそのまま宙を舞い、ボートの上へと降ってくる。それをモーソンが見事キャッチした。
五十センチはあるだろうか、砂の中で生活しているせいか魚に目は無く、その代わりに鼻穴に似たものが四つあった。
その後も同じ魚が面白いように釣れ続けた。途中返しの無い針に変えて、スライムたちが釣り上げては放り投げる魚を、僕とモーソンが網でキャッチ。急いで魚の頭をハンマーで殴って止めを刺すとそのまま従魔の住処へと投げ入れていく。
面白いように次から次へと釣れる魚を前に、普段は感情をあまり見せないスライムたちも、体のあちこちを伸ばし嬉しそうに踊る。魚をキャツチする僕とモーソンは大慌てだけど。
従魔の住処に入れた魚は、血抜きをした後、冷凍庫に運ぶようにお願いした。ゴブリン王ラガンをはじめとしたゴブリンたちの死体を入れたままだったことを思い出したが、今はスライムたちが次々に釣り上げる魚の処理に集中する。砂の中には釣針を呑み込めない小さな魚もいる様で、時折、大きな魚に追い立てられるように砂の外へと小魚が飛び跳ねた。
結局、この入れ食いタイムは一時間近く続いた。満足そうにハイタッチを交わしてはしゃぐスライムたち、それとは対照的に、僕とモーソンは疲れ切ってボートの床へとへたりこむ。
もっと釣りをしたいと珍しく我が儘を言うスライムたちを必死に説得して、なんとか一旦ボートを引き上げて従魔の住処へと戻った。
釣り上げた魚は、砂の中で育った影響なのか、生臭い嫌な臭いがしなかった。
『鑑定』魔法を使ったところ、この魚は【砂漠シマガツオ】という魔石を持たない普通の魚だった。
アリツィオ大樹海の、しかも中域に魔物でない生き物が生息していることにも驚いたけど、魚の身が肉の様に赤い色をしているのことにも驚いた。
流れの早い海で生活をする魚の中には、赤身の魚がいるって話は聞いたことはあったけど、実際見るのは初めてだ。赤身の魚は生で食べられるって本に書いてあった気が……生食は流石に怖い。
結局、生食用は念のため二~三日冷凍してから食べることにした。
とはいっても、初めて見る赤身の魚を前に、食欲が抑えられるはずもなく、ニュトンたちが鍛えた包丁で砂漠シマガツオを捌いていく、僕の横にはお揃いのコック帽を被ったスライムたちも並び、それぞれが役割を分担して調理をはじめた。
体が大きくなったせいだろう、グリーンさんだけコック帽が妙に小さく見えて可愛かった。
僕は畑から抜いてきたばかりのニンニクの土を落として洗うと、熱したフライパンに油をひいてニンニクを刻んで放り込んだ。ニンニクの匂いには好き嫌いがあるが、僕や従魔たちは、ニンニクの匂いが好きだ。
砂漠シマガツオの身を薄めに切りニンニクたっぷりのフライパンに入れる。身に軽く火が通ると、最後は醤油に砂糖を加えた甘めのたれを落として、さっと煮立たせたら【砂漠シマガツオのニンニク醤油焼】の完成だ。
早速、試しに一切れ口に入れてみたが、獣の肉に比べてさっぱりしていて、少しもさもさしてはいるけど、これはこれで美味い。
僕の横でスライムたちも料理をはじめていた、ブルーさんが包丁で砂漠シマガツオを一口大に切り、レッドさんが木のボウルに入った醤油と酒と擦ったしょうがを合わせた浸けダレに、ブルーさんが切った砂漠シマガツオを入れてもみ込む。グリーンさんがそれを小麦粉に潜らせて皿の代わりに敷いた大きな葉っぱの上に並べると、最後はホワイトさんがそれを熱した油の中に入れてからっと揚げる。【砂漠シマガツオの唐揚げ】の完成だ。
卵を切らしているからみんな大好きマヨネーズは作れないけど、塩とレモンでも十分に美味しいはずだ。
もう一品【オニレタス】を使ったサラダを作る。オニレタスはカスターニャの町に来た行商人から買った種から育てた珍しい野菜で、普通のレタスの四~五倍は玉が大きく、みずみずしくて甘みもある。サラダと言えばオニレタスといってもいいくらいに僕らの中では定番化している野菜だ。
これもマヨネーズがあれば最高だったんだけど……今回は砂漠シマガツオのニンニク醤油焼で余ったタレにレモンを絞りドレッシング代わりにした。
僕らが使っている醤油は、小人たちが豆から作っているモノなんだけど、魚からも醤油は作れるって聞くし、この機会に挑戦してみるのもいいかもしれない。
完成した料理の香りに、みんなが次々とお腹を鳴らす。
最後はパン作りだ。従魔の住処産のリンゴで作った天然酵母もだいぶ使い慣れてきた。生地は前もって捏ねて休ませてある。大きく生地を広げて、乾燥させた野イチゴを酒に浸して戻すと、同じく乾燥した迷宮胡桃の実と一緒に生地に挟んで折り返して層を作る。
あとは丁度良い大きさに切り分けてと……ちなみにパン作りは最近のマイブームで分割用のはかりは天秤タイプでニュトンたちの最高傑作だ。片側に石を置き、そこに切った生地を乗せることで均等の大きさのパンを切り分けることが出来る。
最後は木で作った大きな箱に入れて発酵させて、オーブンで焼けば【野イチゴと迷宮胡桃のリュスティック】の出来上がり!これは僕の大好物で、作り始めた頃は手に生地がはり付いて上手く作れなかったんだけど、最近では慣れて味だけじゃなく見た目もキレイに作れるようになった。
野イチゴとクルミの代わりに、チーズとほうれん草を入れても美味しいんだよね。
チーズが無いから出来ないけど、牛かヤギの従魔が仲間になったらチーズ作りにも挑戦したいな。
テーブルにはレモンが置いた、花を生けた花瓶が並ぶ。〝花は切られても痛くないのかな?〟と以前聞いたことがあるんだけど、植物を成長させるために花を切ることもあるんだそうだ。テーブルの上に花があるだけでも豊かな気持ちになるしね。
でも……どうして急にあんなにも魚が釣れ始めたんだろう。気にはなるけど、今は、目の前の食事に集中した。
11
お気に入りに追加
4,127
あなたにおすすめの小説
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。